ITエンジニアコラム:きたみりゅうじのエンジニア転職百景

巻ノ九十二取ってきました大型案件!! それが破滅のはじまりでした

小さい会社。こぢんまりとした会社。
そんな会社に、ある日身の丈に余る仕事が降ってきたとしたらどうなるでしょうか。
M原さんの勤めていた会社は、総勢5名の零細企業。けれども社長は「ものすごい」と形容できるほどの営業手腕の持ち主でした。
そしてある日、ドカンと大きな仕事が降ってきた。果たしてクリアできるのか。
そんな、とある地方で起きた今回の体験談です。

部長はいずこ? ああ、いずこ?

身の丈に合わない今回の受注案件。それは2次請けではありますが、とある公立病院の財務会計システムを一手に引き受けるというものでした。

指揮は部長が執り、開発は2段階のフェーズに分けることに。そしてまずは1次開発を、1年間という納期に従って粛々(しゅくしゅく)と進行していくことになりました。

それまでは定時に帰れていたのですが、この開発が始まったことで、そんな暮らしはなくなりました。
休日も消えました。

せめて残業代が満額出ればなぐさめにもなったのでしょうがそれも叶わず。
「でもなんとか品質は悪いながらも、1次開発は無事乗り切ることができたんです」とM原さん。
そして納品後、さほど間をおかずに2次開発がスタート。あいかわらず「オラ限界へのチャレンジだ!」的な耐久レースは続きます。
2次開発に移って、3カ月ほど過ぎた頃、突然部長が会社に来なくなりました。
「その直前に、あまりに進捗(しんちょく)が悪いということでお客さんから叱責されたんです。ひょっとするとそれが原因なのかも……とは思いますが」
電話をしても出ない。自宅に行っても応答がない。
やがて部長の退職は確定事項となり、あとには不慣れなM原さんと、現状に絶望しきった同僚数名が残されたのでした。

孤軍奮闘。

「もうこの会社には見切りをつけたさ」
「社長に掛け合ったが話にならん。オレは辞める」

パタパタとドミノ倒しのように、部長に続けとばかりに皆会社を去っていきました。2次開発が始まって、まだ半年も経っていません。けれども、そのプロジェクトに残されたのは、M原さんただ1人となってしまったのです。
「正直自分も辞めたかったんですが、子どもが生まれたばかりで残るしかなくて……」
実はM原さん、財務会計の知識なんか全然ありませんでした。件(くだん)の部長は開発を全部頭の中で完結しちゃっていたので、仕様書なんかも残ってません。しかも現状あるコードだってバグだらけで、指針とできるレベルには到底達してないという体たらく。
どうにかなるとかいうレベルじゃないですよね?
必然的に、M原さんは恥を承知でお客さんにレクチャーをお願いすることになりました。当然怒号の嵐です。再三再四謝罪を繰り返し、社長の「オレ知らんもんねー」的な態度に頭の血管がプチンと切れそうになりながらも、ひたすらひたすら残業を繰り返しました。
やがて2次開発が終わり、バグ修正の嵐を迎え、相変わらず怒号が響き渡り監視されるなかを毎日午前9時から翌朝午前4時まで働く日々……。
結局M原さんは、そこからさらに1年あまりを「最低限の品質確保ができるまでは」と耐え続けたのだと言います。そして、自分のなかの品質基準を満たせたという確証が持てた直後、その足で社長のもとに行き、口頭で辞意を伝えたのだとか。

そんな彼の転職活動はというと。
「ちょうど辞めて次を探そうとした時期に、知り合いが会社を興すので来てくれないかという誘いがありまして。実は転職活動してないんです」
それは実にラッキーな、かと思えばさにあらず。この後の創業時期は、またドタンバタンといろいろあったようです。しかしそれも乗り越えて今は既に創業から7年目。
「本当言うとSEはもうやらないという約束で入社したんですが、あてにしていた仕事がぽしゃったせいでSEとして出向することを余儀なくされました。失敗したかなーと思った時期もありました。でも、そうして紆余曲折(うよきょくせつ)あったからこそ、『実は自分ってSEの仕事が好きだったんだ』と再認識できて今があります」
そう思えることのできたこの転職経験は、十分「満足です」と言うにふさわしい。そんな風に今、M原さんは語るのでした。

オチの一コマ
本日の一句

えらいなーと思ったのが、「自分のなかの品質基準を満たすまでは退職しない」と耐え続けたM原さんの態度でした。
退職というのは不思議なもので、なんらかの区切りや「やり尽くした」感がないと決断できないもののように思えます。それは、どこかに「これは逃げかな?」と自分を疑う気持ちがあるからかもしれません。
そこを目隠しせず、「ここまでやったんだから逃げじゃない」と、ちゃんと向き合って乗り越えての退職を選んだM原さん。だからこそその後の創業のつらさも乗り切れたんじゃないのかなと、そんな風に思うのでした。きたみアイコン

著者プロフィール

自画像きたみりゅうじ
もとは企業用システムの設計・開発、おまけに営業をなりわいとするなんでもありなプログラマ。あまりになんでもありでほとほと疲れ果てたので、他社に転職。その会社も半年であっさりつぶれ、移籍先でウィンドウズのパッケージソフト開発に従事するという流浪生活を送る。本業のかたわらウェブ上で連載していた4コマまんがをきっかけとして書籍のイラストや執筆を手がけることとなり、現在はフリーのライター&イラストレーターとして活動中。
遅筆ながらも自身のサイト上にて、4コマまんがは現在も連載中。
http://www.kitajirushi.jp/

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