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この企画は、Web業界で名を馳せる伊藤直也氏と注目企業のCTOが、

寿司を摘まみつつホンネで語り合う、かつて無かったインタビュー企画である。

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【前編】トレジャーデータCTOと紐解く。

日米で異なるCTOの役割とは?[ #naoya_sushi ]

Twitterでハッシュタグ「#naoya_sushi」が生まれてしまうほど、無類の寿司好きとして知られる伊藤直也氏(@naoya_ito)。そんな伊藤氏をホスト役とし、トップエンジニアをゲストに招いて、寿司をつまみつつホンネで語ってもらおうという、この企画。

第六回のゲストは、弱冠20歳にしてCTOとしてのキャリアをスタートさせ、現在はシリコンバレー発のベンチャー企業『トレジャーデータ株式会社』のCTOとして活躍中の太田一樹氏(@kzk_mover)が登場!日米両方でCTOを務めた経験から、そのギャップや空気感、そしてシリコンバレーから世界を相手に勝負するため起業した真意などをお聞かせいただきました。日米を股にかけるkzk氏だからこその視点で、議論していただきます。お楽しみに!

▲久しぶりの帰国というkzkさんをもてなすべく、日本でしか味わえないような新鮮なネタをたっぷりご用意。

20歳でCTOを経験?!

学生時代から怒涛の生活を送っていたkzkとの対談スタート!

— 伊藤直也(以下「naoya」):久しぶりですね。日本に戻ってくるタイミングだとやっぱり飲み会続きですか?

— 太田一樹(以下「kzk」):そうですねー。CTOの諸先輩方にいろいろと教えを乞いたいなぁーと思って。

— naoya:CTOの諸先輩方って言うけど、既に10年以上CTOやってますよね。

— kzk:20歳くらいの頃からやってるんで、そう言われてみればそうですね。

— naoya:だからCTOとしては太田さんの方が先輩ですね。とりあえず乾杯しますか。

— kzk:いやいや、naoya先輩、よろしくお願いします!

— naoya:でも20歳からCTOってすごいですよね。学生ベンチャーの時でしたっけ?

— kzk:そうですね。大学で、大阪から東京に上京してきて、最初はずーっとプログラマーのバイトをしてたんですよ。あの頃は、舐められるのが嫌だったので、スーツ着てネクタイ締めて、今よりキチンとした格好でやってました。で、3年生になった時に、未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトで出会った吉田さんが、『Preferred Infrastructure (PFI)』を手伝っていて…。『PFI』は、東京大学の情報科学科で4つ上の先輩の西川さんと岡野原さん達が立ち上げていた組織なんですけど…

— naoya:そうなんだ。てっきり、みんな同期なんだと思ってました。

— kzk:結構歳は離れてるんですよ。で、当時僕がかなりバイトにどっぷり浸かっていて、時間と労力の切り売りをやめて、もっとプロダクトの方向でやっていきたいという思いもあって。そんな時、吉田さんに連れられて、まずコードを見せてもらったことが『PFI』にジョインするきっかけになったんです。その時見せてもらったコードが「これ、ホントに売れるクオリティなの?」って感じだったんですよ。 「The・学生ベンチャー」みたいな。で、「これってもう少し直せるよね」って下から順に見直してって、ネットワークの通信ライブラリとかソケットとか、すんごい地味なとこからいじっていって、そうしていくうちに「ベンチャーって面白いなぁー」と思うようになり…。22時くらいに東大の情報科学科の教授が集まる会議室みたいなとこに行って、開発して、朝帰るみたいな、結構過激な生活だったんですけどねw

— naoya:それが『PFI』に参加するきっかけだったんですね。しかし、さらっと言うけど、太田さん、『PFI』ですしね。すごいですよね。

— kzk:いやいやいや…。ホント、バイトばかりやっていて、その後すぐ『PFI』を手伝っていただけですからね、たまたまといいますか。それで、社長の西川さんから「CTOになって」って言われて、20歳とかのタイミングだったと思いますけど、当時はCTOと言われても何をするのかもまったくわからないままCTOになっちゃったんですよね。

— naoya:『PFI』って当時、ACM-ICPC(国際大学対抗プログラミングコンテスト)に出た人しかいなかったですよね。出るだけでもすごい大会なのに、そこで世界大会まで行ったとか、切磋琢磨してきたメンバーだけが集まっている組織で。太田さんもACM-ICPCに出てましたよね?

— kzk:僕もチームメンバーに物凄く恵まれたお陰で、出させて頂きましたねw

— naoya:学生ベンチャーと言っても輝かしくて眩しい。そこのCTOを最初に経験しているから、バックグラウンドとかスタートが、僕も含めこれまでのCTOとは違い過ぎる感が否めない…

— kzk:そんな風に見ないでくださいw

— naoya:それで、僕と太田さんの最初の出会いというと、僕が『はてな』で『はてなブックマーク』を担当していた頃ですね。当時の『はてな』の課題は、それこそWebのことばっかりやってたからコンピュータサイエンス的な技術領域に対する取り組みとか投資とかやれていないっていうことで。どうにかしなきゃなぁと言ってたんだけど、自分たちだけじゃなかなか難しかったので、じゃあ、あの『PFI』に、「一緒になんかできませんか?」ってダメモトでいってみるかって声かけたら…

— kzk:意外と乗り気だったっていうw

— naoya:それで京都で一緒に合宿したんですよね。

— kzk:そうでしたね。当時僕たちは、既に製品は売ってたし、いろんなお客さんに導入してたんですけど、実際に自分たちでサービスを運営してたわけじゃないし、手元にリアルデータがなかったので、『はてな』さんが持っているリアルデータが非常に魅力的で、一緒に何かできないかなぁって思って。2日間くらい合宿したんですよね?

— naoya:そうそう。その時に、とりあえず初日だから懇親会かねて呑みにいこうってなったわけだけど、『PFI』の人たち、すごい呑むので驚いた。それなのに、オフィスに戻ったら、『PFI』の人たちが開発し始めちゃって、かなり酔っぱらった状態で。

— kzk:酩酊しながら、ペアプログラミングをやってましたねw

— naoya:「すごい人たちだなあ」って衝撃的でしたよ、本当に。でも、その合宿って、まぁまぁうまくいって、特に僕と太田さんが一緒にやったプロジェクトで、アウトプットもできて、ちゃんとユーザーに機能を提供できたり。それきっかけで仲良くなりましたね。その後も『PFI』の製品を使わせてもらったりして…

— kzk:あの頃の『PFI』は、岡野原さんが未踏プロジェクトで作った自然言語の検索インデクシングシステムをベースにしたエンタープライズ向けの検索用のエンジンをつくってましたからね。その機能と『はてな』さんに足りない部分が上手くマッチできたというか…

— naoya:そうでしたね。当時から『はてなブックマーク』はそれなりの量のデータを持っていたけど、それをあまり活かしきれてなかったから、URLをレコメンドしたり、エントリを検索できたりするように機能向上するのを手伝ってもらいました。

— kzk:そうでしたねー。なんだか懐かしいですね。その後しばらくnaoyaさんとはご無沙汰してた気がするんですけど、ちょうど僕が書いてた記事に関心を持ってくれてて、ブログのコメント上で会話したことがあったような気がします。

— naoya:そうそう。当時『Google』の MapReduce について関心があって調べていたら、どうもそれに詳しいのは前に一緒に仕事してた太田さんらしいということに気付いて…。確か MapReduce のプロトタイプみたいなものを C++ で実装するという太田さんのブログを読んだ気がします。

— kzk:あの頃、Hadoopというオープンソースの分散処理のミドルウェアが出てきて、最初、ラップトップとかじゃ動かなかったんで、自分で直したりとか、それに関する記事を書いたりとかしてたんですよ。それで、Hadoopが結構面白いなって思って、コミュニティみたいなのをつくっていったんですよ。そんな時に、『トレジャーデータ』を一緒に創った芳川が、もともとは『レッドハット』で働いていたんですけど、当時、『三井物産』に転職して、シリコンバレーでオープンソースのビジネスモデルをベースにしたソフトウェア企業の投資を担当してたんですね。当時、5~6人だった『Cloudera』っていうHadoopのエンタープライズ版を提供している会社のファウンダー(創業者)と僕を芳川が引き合わせてくれたんですね。僕は日本で、Hadoopのコミュニティをやっていたので。当時2008年とかかなぁ。それで、『Cloudera』のファウンダーを招いて「Hadoop Conference Japan」っていうのが開催されたんですが、そこには300~400人くらいの人が集まって、それをきっかけにコミュニティが爆発的な広がりを見せ、Hadoopの認知度が急激に上がり、大量データの分散処理という手法がいろんなところで使われる契機になったんじゃないかなと思います。

— naoya:そのあたりの Hadoop コミュニティがきっかけになって「ビックデータ」の流れを生み出したって感じですよね。バズワードでしかなかった「ビックデータ」が実質的なものになっていったのは Hadoop の躍進が大きかった。

— kzk:そうですね。


▲本日は、マグロのつみれ汁からスタート。旬である、生のトリガイは塩わさびでいただきます。

『PFI』のCTO時代に運命の出会いが!

— naoya:ところで、これまでこの連載でご登場いただいたCTOのコンテキストって、マネジメントのスキルをベースにCTOになったって人が多かったと思うんですが、『PFI』のような技術集団の中でのCTOって、まずは彼らのようなトップレベルの技術者に認められなくちゃならない上に、コミュニケーションのスキルも求められますよね?僕には到底できないな。

— kzk:そういう風に言われると、やっぱり自分は特殊だったのかなぁって気はします。

— naoya:岡野原さんのようなアカデミックの分野で第一線で活躍している方もいれば、プログラミングコンテストで優勝してしまうようなメンバーもいる中でのCTOですからね。

— kzk:でも、なんか、20歳から26歳まで『PFI』に関わってたんですが、あんまり考えてなかったですね、CTOとはこうあるべきとかマネジメントはとか、みたいなことって。でも、MBAで使われるような教科書とか、「ザ・ゴール」とかは読みましたけどね。

— naoya:へえ、その手の本、読んでたんですね。

— kzk:読んでましたよ。でも、座学で知識は仕入れるんですけど、でも、結局自分の身にならないと意味がないというか…

— naoya:まぁ当時の『PFI』って、個性の強い人たちの集まりでそんなに組織ばってなかったですしね。だから、そんな『PFI』を外から見てて、「太田さんがいなくなっちゃったら、この会社どうなっちゃうんだろう?」って思ってたら辞めちゃったから驚いたんですけど。ちなみに、『PFI』のCTO時代で印象的なことって、どんなこと?

— kzk:そうですねー。今も自分が置かれている環境は変わってないですけど、みんなそれぞれハイパフォーマーで、いい意味でも悪い意味でも自分の芯がある人たちの集団の中で、彼らをみんな同じ方向に向かせる磁石のような存在になるにはどうしたらいいんだろうって、あの頃は常に考えてましたね。あと、CTOやって最初に気付いたのは、CTOの務めを果たしているときはコーディングは続けられないなってことですね。両立している人はもちろんいるでしょうけど、自分はそういうタイプじゃないなって思いました。と同時に、『トレジャーデータ』の起業の話にもつながるんですけど、古橋っていう学生が『PFI』にインターンに来たんですね。で、インターン生って2ヶ月くらいの間にちょっとしたプロジェクトでアウトプットを出していくんですけど、彼は本番のコードを端から端までいじり倒して、自分の作ったオープンソースをねじ込んで帰っちゃった。で、ものすごいことに完璧に動いたんですけどw

— naoya:あー、その古橋君っていうのがまた、日本の宝みたいなエンジニアですよね。筑波大でコンピュータサイエンスのど真ん中にいて、分散処理系とかやってた方で、大学入ってすぐくらいに作ったオープンソースで作ったミドルウェアがすごいと注目されて、エンジニア界隈で有名になってました。その彼と一緒に『トレジャーデータ』にいくわけですね。

— kzk:インターン時代にきた古橋のコードを一目見て、あ、コイツには勝てないなって思ったんですよ。

— naoya:ホントに?太田さんでも?

— kzk:この突破力は僕にはないなと。エンジニアにも、0から1にするエンジニアとか、6から8にする、8から10にするといった、いろんなタイプのエンジニアがいると思うんですけど、彼は0から6くらいにしちゃうんですよね、一人で。何もないところから、割とそれなりに使えるプロダクトをつくってくる。だいたいテストは無いんですが…ほとんどのケースでちゃんと動くんです。で、そのひとつに『MessagePack』っていうシリアライズのライブラリがあって、これが全世界で使われるようになり、最近だと『Pinterest』で、memcachedでオブジェクト入れるところに全部使ってたりとか、『Facebook』のMessengerの謝辞にも『MessagePack』って記述されてたりとか…それを筑波大の一学生が自宅のアパートで夜な夜な書いてたっていうw

— naoya:うーん、すごい…

— kzk:さっき言ったインターン時代の話でねじ込んでいったオープンソースっていうのが、この『MessagePack』なんですよ。コイツ、スゲェなって。俺がつくったものでないと使わないっていう、すごく尖がっていた青年でしたね、当時はw

— naoya:インターンでの古橋君との出会いが大きかったんですね。

— kzk:そうですね。それで、さっきの芳川の話とリンクしてくるんですけど、『PFI』時代に『Cloudera』と仕事上でもお付き合いする機会がちょっとあって、僕たちがお手伝いした時は6人くらいだった会社が、僕が『PFI』辞める頃には数百人にまで成長してたんです。一方、『PFI』を始めた頃は5人で、僕が辞める時は30名程度。このスピード感の差を目にして、「あ、これはシリコンバレーに行かないと」って思ったんですよね。ホントに6人から数百人に増える過程をつぶさに見てきましたからねぇ。シリコンバレーの投資家からお金が積み上げられていって、これはちょっと日本にはないものがあるなぁと。この大きな衝撃を受けたタイミングに、芳川から「一緒に会社でもやらない?」って声かけてもらったんですよ。2010年の年末だったかな。それでシリコンバレーに行くことに興味が出たんですよね。

— naoya:CTO辞める時って、話し合いが長引くのは必至だとして…悩んだりはしなかった?

— kzk:一応、社長の西川には伝えて、十分時間は取りますっていう話はしたんで…とはいえ、西川も、うすうす気づいてたんですよ。途中から僕が『Cloudera』の成長に惹かれているってことに。仕事にかこつけてわざわざシリコンバレーまで行ったりしてましたからねw

— naoya:わかってくれてたんですね。

— kzk:そうですね。西川の心は広いなぁって思ったのは、僕が「辞めます」って言った瞬間に、「それは応援するよ」って言ってくれたんです。その後、『PFI』を辞めてすぐに起業ってわけではなくて、2011年に14回、シリコンバレーに行きました。

— naoya:14回も!


▲メジマグロは、自家製の玉ねぎ醤油で。トコブシの酒蒸は夏野菜と一緒にいただきます。

シリコンバレーでの起業。

先達方の功績から、伝説の投資家と出会う――

— kzk:ここからはシリコンバレーでの起業の話になるんですけど、最初はやっぱシード・マネーって言って、エンジェル投資家、要は個人投資家からある程度、資金を集めてスタートするっていう通常の流れでスタートしました。シリコンバレーで起業するにはそのレールの上に乗らないとキツイんですけど、よかったのは、芳川がもともとVC(ベンチャーキャピタル)だったんで、その辺の進め方なんかは全部知っていて。だから最初はエンジェル投資家を見つけるところからですね。

— naoya:それで?

— kzk:最初の2、3ヶ月はまったく鳴かず飛ばずだったんっですよ。それこそ芳川の知り合いのレストランのオーナーとか、そういった方々にまでお願いしてましたけど見向きもされなかったというかw

— naoya:その段階だと、当然だけどプロダクトはなくて、ビジネスプランしかないんですよね?

— kzk:はい。スライド9枚しかなかったですw

— naoya:ww でもスライド9枚で億単位の出資を募るって、普通の感覚じゃないですよね?

— kzk:そうですよねw

— naoya:日本だとこの分野では、なかなかない話かもしれないですね。

— kzk:でも、ここで結構面白い話が出てきて、ウチの取締役やっている黒崎が10年前にシリコンバレーで投資した案件があって。吉川欣也さんと石黒邦宏さんっていう2人の日本人がつくったルーターの制御ソフトウェア…『Cisco』のIOSに相当するものをソフトウェアで提供する『IP Infusion』っていう会社で。その会社は日本人のファウンダーがシリコンバレーで作った会社で恐らく初めて成功した会社だったんですよ。後に、日本の『Access』っていう会社に買収されたんですけど。

— naoya:あ、なるほど。ここで『IP Infusion』の名前が。

— kzk:モデルがオープンソースなんですよ。で、そこに、ウチの取締役をやってもらってるビル・タイと、黒崎が投資していて、日本人ファウンダーで、オープンソースで、成功したという事例が10年前にあったんです。

— naoya:石黒さん、当時シリコンバレーに住んでて、GNU Zebra っていう オープンソースのルーティングソフトウェアを開発してそれをベースにしてベンチャーを立ち上げたんだよね、確か。

— kzk:そうですそうです。『Google』とかも使ってますよね。

— naoya:Vyatta っていうメジャーなルータソフトウェアがあって、最近ではクラウド環境上でのルーティングに使ったりしますけど、Zebra はそのベースを提供してたりもしますよね。これ、ネットワーク界隈ではものすごい有名なソフトなんですけど、あんまり知られてないかもですね。石黒さんの功績って。

— kzk:石黒さんホント、ハッカーですよね。ちょうと1ヶ月ほど前にもお会いしたんですが、自分の書いたコードを自慢されましたからw

— naoya:1日に何千行とか、何万行とか書いちゃうらしいですね。

— kzk:そうなんです。話は戻りますが、その黒崎とビルが、日本人が創業したシリコンバレーの会社で、オープンソースのモデルで…という流れで成功体験があったことから、今度、太田と芳川という日本人がシリコンバレーに来て、Hadoopというオープンソースのモデルでやりたいようだとなり、ビルが面白そうだと会ってくれたんです。ビルは、自分の投資先が19社、IPOを果たしてるという、伝説のVCなんですよ。最近だと『Tango.me』とか、『Wish.com』とか、それぞれ何千億スケールの会社に投資している投資家なんですけど。

— naoya:なるほどー。そういう出会いがあったんですね。

— kzk:そうなんです。この出会いが大きかったですね。それで、ビルへの最初のプレゼンでの感触が良かったんで、本格的に動き出すために、自分よりコードを書ける奴を連れて来ようと思ったんです。

— naoya:じゃあ、『トレジャーデータ』の時には自分では開発しなかったんですか?

— kzk:最初の方は書いてましたけど…今は全部書き換わってますねw そもそも自分よりコードを書ける奴を連れて来ようと思ったきっかけは、『PFI』のCTO時代の初期の頃の悩みとして課題を感じていた部分が大きくて。自分で開発もしてサポートもしてセールスもしてコーディングもしなくちゃいけない状況になった時期があって、自分がボトルネックになってた部分があったんですよ。

— naoya:なるほど。

— kzk:そこで、自分より書ける人を思い浮かべたら、古橋しかいなかったんです。

— naoya:そうかー。

— kzk:筑波に住んでる彼を本郷3丁目に住んでる自分のとこまで呼び出して、口説いたんですよね。当時、彼もあんまり行きたいと思う先がなかったようで、自分のポテンシャルを高められるのはどこだろうって悩んで迷ってた時期だったんすね。で、「シリコンバレーでどう?」って話をしてみたら「やります!」って乗ってくれたんです。

— naoya:タッグの誕生ですね。

— kzk:ビルにもう1回プレゼンする機会があったので、その時までにはもう少しプロダクトを詰めて構想を練らないといけないなという感覚があったので、古橋とビデオをつくったんです。結局、僕らがつくろうとしてるものができたら、こう動きます・こうなります、みたいな内容を。それをプレゼンで伝えて、ようやくOKをもらえたんですよね。

— naoya:なるほどね。それからどんどん話が進んでいきました?

— kzk:そうでしたね。ビルがその後、いろいろなファウンダーと引き合わせてくれて。シリコンバレーのローカルのテックコミュニティみたいなのを紹介してくれて、その中から10数人にプレゼンしにいって、そのほとんどが投資してくれることになったんです。僕らじゃ全然アクセスできなかった層の人たちに繋がったのが、なにより大きかったですね。これで最初のシード・マネーが手に入り、じゃあ、やりますか!って。


▲赤貝とつぶ貝は酢味噌で、子持ち昆布のわさびあえ、生姜醤油であぶっている白イカもいただきます。

問題をテクノロジーで解決する――

考え方の順序を間違えないことが成功の鍵

— naoya:色々な投資家にプレゼンする段階で、最初からこういうものができるはずっていうのが描けてるのがすごいですよね。そういうの普通、なかなかそのプレゼンした通りにはうまくいかないじゃないですか?でもそれが最終的にはできあがったんだよね?

— kzk:出来上がりました。

— naoya:それがすごいんですよね。

— kzk:『トレジャーデータ』って大きなピボットをしたことがないんですよ。

— naoya:今時のスタートアップにしては珍しい。

— kzk:結局、何をベースにしたかと言うと、僕がやってるHadoopユーザーグループで何百人というデータとインフラを支えている人たちの意見なんです。みんなが同じことを言うんですよ。時間がかかる、特殊な才能を持った人を雇わなければいけない、ハードウェアなど初期投資がかかる、って。この3つって、異口同音に何度も何度も聞かされてたんです。じゃあ、それを解決するデータ分析のインフラをクラウドで提供しましょう、と。自然なアイデアとして出てきて。実際にこれ作ったら、いくつか使ってくれそうな会社も目星がついていたので、そこは割とシンプルでしたね。

— naoya:それ、重要ですよね。コミュニティの人たちの痛みをテクノロジーで解決するっていう順番で考えていくって。実に当たり前のことなんだけど、多くのエンジニアに欠如してる感覚でもあります。自分が好きな技術とか自分が知ってる技術から出発して、それで解決できる問題を探すっていう流れになりがち。先に問題があって、それを解決するために最適な技術を使うんじゃなくって、自分はこういうことが得意だから、その方面だったら稼げるかなっていう考え方になってしまって。そこから出発してモノをつくっちゃうと、実はその問題を持ってる人なんていなかったとか、どこか途中で技術的に難しいからってサボった部分がネックになって、本質を解決できなかったとか…。そうではなくて、一番重要なのは、いかに現実の問題を解決するかっていうのにフォーカスできるかがポイントなんですよね。

— kzk:それを僕らは自然にできていたので、よかったですね。

— naoya:けれども、普通はできないことなんですよね。解決すべき問題をあんまりよくわかっていないままプロダクト化して1回販売してみて、売れないとか、お客さんからこれでは使えないと指摘されて、そこで初めて本当の解決すべき問題がわかって、プロダクトを作り直していく、みたいな。この流れってスタートアップ時のあるあるな話ですからね。最初に作った製品は大体失敗することが多くて、その後いかに柔軟に対応するかというのが、スタートアップのプロセスとして多い。それがプレゼンの段階から変わらない内容でプロダクト化して売れていくって、なかなかすごいことなんですけどね。

— kzk:あとでお見せしてもいいですけど、ほんと、最初から変わってないっすよw

— naoya:うわ、すごいドヤ顔w

— kzk:ww だって、みんなに言われるんですもん、ホントに変わってないねってw

— naoya:まぁいいけどw 最初から構想が変わっていないサービスって対外的にどんな説明してるんですか?

— kzk:僕らが提供している『Treasure Data Service』は、ビックデータの収集・保存・分析をワンストップで提供する、クラウド型のデータマネジメントサービス(DMS)ですよって伝えてますね。これまでの対談で登場してきた会社でも…例えば『クックパッド』さんや『グリー』さんなどで利用されているので、それくらい浸透しているサービスになってます。

— naoya:最近になって更に利用社数伸ばしていますよね。太田さんはエンジニアとしても秀でていた上に、ビジネスセンスも、ものすごくあると思いますね。

— kzk:そんなことないんですけど、ただ、やっぱり毎日のようにコミュニティのメンバーから同じような悩みや課題を聞かされていたら、こりゃなんかあるなって気付きますよ。だからHadoopのコミュニティをやっていたことはものすごくプラスでした。そこでアンケートとかとったら圧倒的にさっきの3つの課題に傾向があったんで。そういう情報は運営している人間しかしらないデータもあったので、その問題を肌で感じていたってのが大きかったと思いますよ。


▲前回「一番のヒット!」のお言葉をいただいたヒラメの金箔&トリュフのせ。
 今回も登場し、naoyaさんもご満悦なご様子でした。

海外のCTOは、マネジメントはしない?!

— naoya:今までこの連載にご登場いただいたCTOのみなさんって、後からCTOになった人が多いんですよね。みんな創業期からのCTOではない。でも本来的なCTOの役割のひとつに、太田さんみたいに会社の根幹や事業の根幹となる部分においてテクノロジー的な解決手段はこれだ、というものをつくる、提示するっていう、ものすごく重要な役割がありますよね。昨今、この界隈で話題になっているCTOって、その後の会社の組織づくりやマネジメントのことにフォーカスされすぎる嫌いはあると思います。本来CTOが一番やらなきゃならないことって、それじゃないんじゃないかなという。

— kzk:うーん、まぁ、それはフェーズの問題でもありますからね。

— naoya:僕がCTOはマネジメントをすごい頑張らなきゃいけないのかと思っていたら、宮川さん――シリコンバレーで働いている『クックパッド』のエンジニアなんですけど、その彼と話した時に、U.S.にはCTOとは別にもう一人マネージャーがいるんだってことを聞きました。「VP of Engineering」という肩書きが多いらしいんですけど、日本にはまだそういう役どころが定着してない。U.S. では VP of Engineeringが組織的なマネジメントを担っているって言ってて。だからCTOは会社が大きくなっても相変わらずプロダクトや技術にフォーカスしていたり、バリバリ開発していたりする人もいるって聞いて、僕らが最近議論しているCTOモデルっていうのは、ちょっとグローバルなモデルとは違うんじゃないかなーって思うようになったんですよね。で、今日はその話も聞きたかったんですよ。

— kzk:その話でいうと、確かに僕の部下にVP of Engineeringつまり、完全にマネジメントする役どころの人間がいますね。イタリア人です。

— naoya:採用とか給与を決める評価制度をつくったりとか?

— kzk:採用は実はいま僕がやってるんですけど、評価、給与決め、ワークフロー、QAプロセス、あとは個人面談とかなんだかんだというのを、全部そのイタリア人に任せちゃってますw

— naoya:そんな中で太田さんは何を?

— kzk:今は95%の時間は採用に費やしてますねー。昨年はファンドレイジング(資金調達)ばかりでしたけどね。やっぱり、資金調達と採用そして営業が主な仕事です。

— naoya:プロダクトとテクノロジーではなくて?

— kzk:プロダクトはプロダクトマネージャー(PM)がいますね。僕の下には、今、2人イタリア人がいて、マネジメントに近いVP of Engineeringと、プロダクトのロードマップを描いたり、お客さんのところに行ってヒアリングしたりとかやるPMとがいて、その二人の上で僕がチャチャを入れるっていう図式ですねw プロダクトで自分がやりたいこととかってのもあるんですけど、個々の機能とかっていうのは、完全にPMに切り分けてやってもらってますね。僕は取締役でもあるんで、もちろん会社の売上を上げるのが至上命題ですし、投資家からお金調達したり、そうやって得たお金で一流の人を雇ってチームを作っていくというのが仕事です。ビルに言われたのは「日本人がシリコンバレーにいるってことは、エストニアから日本に来て起業するのと同じだよ」って。つまり、誰も知らないような小さな国から誰も知らない2、3人で来て、起業するから出資してって言われるようなもんだよって。どうでしょう、naoyaさんなら出資しますか?

— naoya:なかなか難しいでしょうね。

— kzk:普通だったら出資しませんよね。そんなマインドセットでファンドレイジングと採用を進めなさいって言われて、結構心に響いたんですよね。リアルな例を言われて。で、それを肝に銘じ、設立準備段階である程度お金を集めて、それなりに事業も走り出して、お客さんもついてきて…。一番最初のフェーズでいうと、CTOとしての僕の役割ってPMとセールスエンジニアだったんですよね。お客さんと会話して、どういうプロダクトをつくったら良いかってのを古橋と議論して、実装は彼に任せて。で、芳川がお金とかファンドレイジングとかそういうところを全部回すっていう。そういうトライアングルでやってましたね。

— naoya:そうか。セールスエンジニア。お客さんのところ足で回ってたんですね。あれ、でも、そのあと自分がファンドレイジングやったって言ってませんでしたっけ?

— kzk:はい。そこは今2人でやってます。シリコンバレーの投資家って、年間約500社と会って、平均1~2件に投資するんです。ファンドのライフサイクルは、だいたい5~7年くらい。だから投資家は2件ずつ7年やると14社くらいの取締役になる計算ですよね。たくさん案件を抱えると投資先を見れなくなっていっちゃうから、とにかく絞る傾向にあります。その中でいろんなVCと25~30社くらいと会わせていただきましたけど、それぞれの思惑があるじゃないですか。当時、まだ売上も数億円くらいだったんですが、シリコンバレーのVCって企業価値が1000億以上の企業を当てないと、商売にならないんですよ。実は儲かるVCの方が少なくて、儲かってるVCって例えば『Facebook』みたいな巨大な案件をやったかどうかで、採算ラインがわかれてるんです。っていうものすごい比重のかかる状況の中、じゃあ自分たちの会社は1000億、2000億の企業になるんだ!っていうのを、説得して回らないといけなかった。まだ何もない状況で、多少のお客さんからのレビューはあったものの、そこからじゃあ100倍になるの?って言われた時に、自分たちでも自信がないんですよ。それを相手が信じて投資してくれるところまで説得しなくちゃいけなくて。いやぁ、3ヶ月くらいほぼ寝れなかったですね。毎日、睡眠2~3時間w

— naoya:それはなかなか大変ですね…。ファンドレイジングに携わっていく中での苦労かぁ…

— kzk:芳川と2人で一緒にVCに会うんですけど、日本のVCと決定的に違うのは、彼ら基本的に元起業家なんですよ。自分で会社を創った人っていう。だから見る目が違うし、逆に投資してくれるとすんごい親身なんですけどね。

— naoya:なるほどね、だからテクノロジーがわかる人が一緒についていって、プロダクトのことを語れる人がいないと、通用しないんですね。

— kzk:はい。

— naoya:ビジネスはわかったからプロダクトを話せる人間連れてこないと意味がないってことなんですね。それは日本と全然違いますね。

— kzk:全然違います。VCにこのコンピュータサイエンスの博士論文だとこう書いてあったけど?って突っ込まれるんですよ。マイケル・ストーンブレーカーの論文を引用してきて突っ込まれたりとかw

— naoya:マジ?w

— kzk:そういうレベル感なんです、U.S. では。その中で僕らは、芳川がビジネス側のメトリクスをプレゼンして、僕がプロダクトビジョンとどういう開発体制でやっていくかなどをプレゼンして…

— naoya:そこはそうなるだろうね。

— kzk:でもそれって、何の役にも立たないんですよ。会社にとっては。やってる間はいいんですけど、全部のオペレーションが止まるんです。

— naoya:しかも、話がまとまる相手だったら意味があるけど、結局断られたら、かけた時間や労力がゼロってこともあるわけだよね?

— kzk:結婚相手探しと似ていると思いますよ、運命の相手を見つけたいけれど見つけられるかどうかは確証が全くない…。まぁとにかくこの期間は僕も芳川も気が気でない状況で、寝れないし…。でもその間でも古橋はオフィスにいてコードを書き続けてて、ホントに頼もしかったです。

— naoya:それっていつぐらいの頃の話ですか?

— kzk:2013年の夏ごろですかねー。

— naoya:ええっ? 2013年夏ってワリと最近ですけど、それでもその状況だったんですか。僕、てっきりもうその当時は軌道に乗っていたのかと思ってましたよ。売上はあったんですよね?

— kzk:それなりにありました。HadoopのコミュニティとかCTOのネットワークも活用し、頼み込むカタチで使ってもらった先もありますからね。

— naoya:CEOと一緒にファンドレイジングのためにVCに会いに行くってのは、他のスタートアップの企業のCTOでもそういう役割なんですか?

— kzk:シリコンバレーでは、そうですね。東京のスタートアップはどうなのか経験が無くてわからないですけど。

— naoya:結構違うかもしれないですね。場合によってはCTOはビジネスにあまり興味がなくて、開発組織や環境をまとめる役割だと思われてるから。そもそもプロダクトデザインをCTOがやってるっていう会社も少ない気がします。

— kzk:これ言うとアレなんですけど、僕、人間よりコンピュータの方に興味があるんですw

— naoya:うん、知ってますw

— kzk:なんで、マネジメントの本とかも一応頑張って読むんですけど、最終的にはコンピュータの本の方を読みたいんで…

— naoya:ははっ。

— kzk:っていう中で、だから任せちゃえばいいかなってw

— naoya:それはそうなんですけどね、一方でファンドレイジングとかでVCを説得するために歩き回るって、それこそ人間的というか、要するに営業ですよね。エンジニアの文脈でいくと、みんな、そういうことはしたくないってなりますよね。それを率先してやっていたってことでしょう?

— kzk:そうですね。まぁ交渉は面白いですけどね。カードの切り合いっていうか…

— naoya:僕なんかは、それを面白いって思わないんですよ。しかもそれ、しくじったら会社がなくなっちゃうかもしれないくらいの重責ですよね?

— kzk:そうですね。胃が痛む経験もしましたからねw でもひとつ学んだのは、芳川はめちゃくちゃ交渉が好きなんですよ。交渉の場で笑ってたりしますw 楽しいんですよね、きっと。そのカードの抜き差しを横で見せられていると、意外とこっちも楽しくなってくるんですよ。

— naoya:あー、そういうタイプの人いますよね。普通だとプレッシャーしか感じないそういう場で、アドレナリンが出てくる人って。

— kzk:結構いい条件が通ったんだけど、交渉としては物足りないからイマイチだね、みたいなことを言う時があってw

— naoya:交渉が目的化してるだろってw

— kzk:そうしているうちに僕も結構、好きになっちゃったというかw だから採用でも一番好きなのは、最後の交渉だったりしますね。

— naoya:そこ、むしろ苦手なんですけど。それって最後の条件提示の交渉ですよね?

— kzk:口説き落とすことだったり、給料の額を決めたりとか…

— naoya:お金の話でしょ?いやぁ、苦手。

— kzk:結構楽しいですね、僕はw

— naoya:自分、給与の交渉になったら、基本的に相手の希望より上を出して丸く収めたいって思うタイプだから、それじゃ会社が許してくれないからどうしよう?ってなるものw


▲久しぶりの再会のようでしたが、すっかり和んできたご様子。後半にはいよいよ握りが登場します。

次回予告

学生時代から、怒涛の生活を送る中で、様々な出会いを経てシリコンバレーでの起業を果たしたkzk氏。シリコンバレー独特の起業の仕方や、ファンドレイジング中に寝られない日々を送るなど、赤裸々に語ってくれました。後編では、セールス主導の会社と決め様々な施策を行っているリアルな話や、日米のカルチャーギャップに悩まれている現状、そしてそもそもkzk氏のポジションは日本でいうCTOではない?など興味深い内容が明かされるのでした。一週間後の公開をお楽しみに!

⇒⇒⇒【後編】が公開されました!

太田さんがCTOを務めるトレジャーデータでは、エンジニアの採用を行っています。多くの企業に導入されているクラウド型のデータマネジメントサービス『Treasure Data Service』を手がけながら、スキルを磨きたいという方は、ぜひ求人情報もチェックしてみてください。

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取材協力

鮨心(すししん)
〒106-0047 東京都港区南麻布4-12-4 プラチナコート広尾 1F
TEL:03-3280-3454

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インタビュアー紹介

伊藤直也

ニフティ、はてな取締役CTO、グリー統括部長を経て2013年9月よりKaizen Platform, Inc. 技術顧問。ブログやソーシャルブックマークなど10年間、ソーシャルメディアの開発と運営に携わる。著書に『入門Chef Solo』(達人出版会)『サーバ/インフラを支える技術』『大規模サービス技術入門』『Chef実践入門』 (技術評論社) など多数。

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