国内外で注目される写真家、川内倫子さん。
現在も意欲的に作品を発表し続けている彼女だが、
自身の作品を世に出すために苦しんだ時期のこと、
短大卒業後からずっと続けてきた作品作りへの思いなどを語ってくれた。
国際的に注目される写真家、川内倫子さん。作品のモチーフは、日常的に存在するものからダイナミックな自然まで幅広いが、淡い光を通し、一貫して「この世界や命は不思議なものなんだ」という静かな驚きを感じさせる。
開催中の個展では、2011年、世界5カ国で同時発表した写真集の一部と、阿蘇の野焼きなどを撮影した新作を公開している。「展示では、写真家として独立して15年が経った私の、作品が移り変わっていく転換期のような部分も出せればと思って構成しました」
川内さんが生まれたのは滋賀県。4歳から大阪で育ち、図書館が大好きな子供だった。
「たくさんの本に囲まれる感じが好きでした。本を開けばどんな時でも別の世界に行ける。本を開いて得られるトリップ感は、ある意味、幼少期の私を救ってくれました」
高校の修学旅行で海に行った時、コンパクトカメラで初めて意識的に風景を撮った。
「この時感じたことを残すには、友人たちが写ったスナップ写真だけでは表現できないと思い、友人にあげるアルバムの所々に海の写真を挟んで構成しました。この頃から、構成して一冊に編集するのが好きでしたね」
短大ではグラフィックデザインを専攻し、ここで写真のプリントの面白さにはまる。写真家になるという強い自覚はなかったが、作品作りのためのテクニックを学びたいと大阪の広告制作会社の写真部に就職した。
「技術的なことは全て分かっているような顔をして就職しました。でも、実際は何も分からなかったので、この会社がまるで学校のようでした。いい先輩に恵まれ、写真の奥深さも技術もここで学びましたね」
その後この会社の写真部が解散したことをきっかけに上京し、東京のスタジオに経験者として就職する。
「ところが、大阪では物撮りがメーンだったので、モデル撮影の流れがよく分かりませんでした。それでまた一から学び直し。でも、『自分は自分自身の作品を撮るためにスタジオで働いている』という軸はぶれなかったですね」
少ない給料でやりくりしながら、休日は自分の作品作り。撮りためた写真をまとめて課題を提出するという大学時代の習慣から、課題の代わりに公募の賞に何回か応募した。
そしてスタジオを辞めて半年経った頃、新人の登竜門「ひとつぼ展」(現「1_WALL」展)でついにグランプリを獲得。「それまでは自信作を出品して駄目でしたが、この時は恥ずかしいと思うぐらい自分らしい作品での受賞でした」
かわうち・りんこ 1972年滋賀県生まれ。成安女子短期大学卒業。2002年に写真集『うたたね』『花火』で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞。主な著作は『AILA』『Cui Cui』や昨年発売した『Illuminance(イルミナンス)』など多数。12年7月16日まで東京都写真美術館にて「川内倫子展 照度 あめつち 影を見る」が開催中。
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