第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.10ミュージシャン 藤井フミヤ
クリエーターに憧れていた
Heroes File Vol.10
掲載日:2009/9/25
ロックバンド、チェッカーズのボーカルとしてデビューして26年、ソロで活動を開始して16年。浮き沈みの激しい世界で、常に第一線を走り続ける藤井フミヤさん。CGアートの個展でも成功を収め、クリエーターとしても精力的に活動してきた藤井さんに改めて音楽への思いをうかがった。
Profile
ふじい・ふみや 1962年福岡県生まれ。83年ロックバンド「チェッカーズ」のボーカリストとしてデビュー。数々のヒット曲を世に送り出し、92年に解散。93年初のソロシングル「TRUE LOVE」が200万枚を超えるセールスを記録。2008年デビュー25周年を迎え、ソロキャリアを集大成した記念アルバム「15/25」を発売。同年10月にリリースした「F's KITCHEN」の第2弾として今年9月30日に「F's シネマ」を発売。
何をやっても1番。いい気になっていた
のびやかな甘い声で、心に染みるラブソングを歌う藤井フミヤさん。デビュー当初は「たいがい何でも1位だった」と言う。
高校時代にチェッカーズを結成し、「記念のつもりで応募した」ヤマハのコンテストでグランプリを獲得。その2年後、上京。
デビューするとあっという間に人気に火がつき、トップアイドルの座についた。
「東京へ行きたいという気持ちだけで仲間と一緒に田舎から集団就職みたいに出てきて、いきなり人気者になってしまった。小規模な『ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!』って感じで、どこへ行っても女の子たちにキャーキャー言われて。でも、正直悪い気はしなかった。忙しかったけれど、楽しかったですからね」
それから10年でチェッカーズを解散。一人になり、何のビジョンもないまま、暇にまかせて製作したコンピューター・グラフィックス作品を集めて渋谷パルコで個展を開催したら、何万人もの人が来場。
さらに、ソロ初のシングルとして発表した「TRUE LOVE」が200万枚を超える大ヒット。「結婚しているのに、結婚したい男性ナンバーワンになったこともあります(笑い)。こんなに何でも1番だと、さすがにのぼせ上がるものなんですね。あの頃は本当に遊びまくっていたし、でたらめなことをやりたい放題でした。かなりいい気になっていたと思います」
冷静になってきたのは三十三、四歳の頃。気づいたら高慢な自分に愛想を尽かし、周りから仲間や友人が減っていた。
「このままではマズイと目が覚めて、そこから意識が随分変わりました。頭を冷やしてちゃんとやろうと。ただ、仕事の中身に関してはまだ模索している感じでした」
クリエーターになる夢をなかなか捨て切れなかった
ここまで有名になり、ヒット曲も生み出してきたにもかかわらず、仕事について悩んでいたのはクリエーターになる夢を捨て切れずにいたからだった。
「子どもの時、唯一成績が良かったのが美術だったのもあり、アートにかかわる仕事への憧(あこが)れがあった。だから、音楽活動を中心にしながらも、服やグッズのデザイン、コンピューター・グラフィックス、イベントの総合プロデュース、俳優業などにも挑戦してきたわけです」
それが、40歳を過ぎてから変わった。クリエーターの夢に見切りをつけ、音楽を機軸にミュージシャンとしての自分を確立していこうと思うようになった。
「いろいろやってみて、結局スペシャリストにはかなわないということがよく分かったんです。毎日デザインのことを考えている人とは同列にはなれない。いろいろやっても結局中途半端になってしまう」
では自分がそういったスペシャリストに対抗して、この道のプロだと胸を張って言えることは何か。そう考え、出てきた答えが「ずっと続けてきた音楽しかない。僕にできることは歌なんだ、と。これまでは音楽という柱を中心に置きつつも、あと3本くらい柱を加えて大きな宮殿を建てようとしていた。結局、音楽という自分の軸になる1本の柱を大きく太くしないと、宮殿は建たないということに気がついたんです」
音楽の力を知った今 改めて勉強を開始
ここにきて、音楽そのものが芸術作品としてとてもおもしろいと感じるようになったと藤井フミヤさんは語る。
「ある映画監督から、フミヤは4、5分で人を泣かせたり感動させることができるからすごい。俺(おれ)は2時間もかかるのにって言われた時、ああ、そうだなと。映画は一度観たらなかなか立て続けには観ない。小説もそうでしょ。でも音楽は今やポケットに入れて持ち歩くことができ、聴きたい曲は繰り返し聴いてもらえる。海の歌を聴けば10人が全員違う海の情景を思い浮かべる。聴いた瞬間に思い出のあの頃に戻れたりもする、一番タイムマシンに近い役割を持っている。何より大衆を動かすような大きな力を秘めているのも音楽なんです」
そんな様々なパワーを持つ音楽というアートを生み出せるミュージシャンって、もしかしたらすごいんじゃないかと気づいたら、他のことをやっている場合ではないという感じになってきた。
「だから、楽器を学びたいし、もっともっといろんな音楽を数多く聴いて勉強しなければと思っています」。昔は興味の対象が外界にあって、人と会ったり体験することで何かを得ようとしていた。最近は知識を深めたいという思いが強く、外出しても長居するのはもっぱら本屋やCDショップ、美術館なのだそう。「明らかに好奇心の方向が変わった気がします」
9月30日発売の豪華ミュージシャンとのコラボレーションアルバム「F's シネマ」も、音楽の作り方の面で大きな刺激を受けたし、勉強になったと言う。
「それぞれのアルバムを聴かせてもらい、ライブにも足を運びました。単なる楽曲提供ではなくて、レコーディングでもコラボさせてもらったミュージシャンもいます。それだけに得たものは本当に大きい。一度自分をリセットし、原点であるボーカリストに立ち返った上で、ミュージシャンとしての可能性を切り拓きたいという思いが高まっている時期なんだと思います」
つらいことは、対処の仕方を学ぶ場だと思えばいい
曲への思いも40歳を過ぎてから随分変わった。以前は好き勝手に作り、「これが俺の音楽だ」と言ってカッコつけていたが、「今は、聴いてくれるその人のものになる音楽を作っていきたい。聴いてもらって、感動してもらえたらそれで十分」と思うようになった。30代まで尖(とが)っていた部分が、40代になったら自然に抜けた。もともとストレスが残らない性格でもある。
「自分がつらいと思うことって、意外にそれが自分の弱点だったりする。だから謙虚に受け止め、どう対処すればいいかを考えるようにしています。ここから何を学ぶべきかを考えることは勉強になるし、それによってストレスもなくなります」
それにしても、デビューからずっと第一線で活躍している。ひけつは何だろう。
「それは水面下の努力。人が思っている以上に働いているし、忙しいです(笑い)」
常に、「さらに新たな側面を見せてくれそう」と期待させる。そこが、四半世紀も人気者で在り続ける藤井フミヤさんの魅力だ。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
クリエーターでしょうね。デザイン事務所で商業デザインなどに携わっていたと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
「人生に影響を与えた」というわけではありませんが、最近読んで感銘を受け印象に残っている本は、村上春樹さんの小説です。「1Q84」を読んだのですが、村上春樹さんの作品を読むたびに、作家はここまで日本語と物事を知らなくてはいけないのかと思い知らされます。まるで人間インターネットですよね。そう考えると、松本清張さんもすごい。インターネットのない時代から、あそこまで緻密に調べて書かれているので。松本清張さんの推理小説はずっと好きで、今でも読んでいます。昭和な感じの殺人事件についつい引き込まれます。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
「勝負礼拝」。勝負に臨む前はとにかく拝みます。といっても、特定の神様じゃなくて、その時によって、氏神だったり、空海、キリスト、八百万神といろいろ。その時近くにある神様をとにかく拝むって感じでしょうか。
Infomation
New Album 「F’s シネマ」
2009年9月30日リリース!
昨年10月にリリースし、大反響を呼んだ初のコラボアルバム「F’s KITCHEN」から1年。奥田民生、斉藤和義、馬場俊英、SEAMO、YO-KING他、12組の豪華アーティストが参加したニューアルバム「F’s シネマ」。「個性の強いアーティストに参加してもらったせいか、12曲すべてシングルにしてもいいほど。どれも別々の映画の主題歌になりそうな印象があったので、『F’sシネマ』というタイトルにしました。ボーカルがそれぞれの主役の立場であり、出来上がった作品を順番に上映してもらって楽しむ立場でもある、といった意味もタイトルに込めています。まずは『このアーティストの楽曲を藤井フミヤが歌うとこうなるんだ』というのを楽しんでもらいたいですね」(藤井フミヤさん)
「F’s シネマ」
定価/初回生産限定盤[CD+DVD]¥3,500(税込)、通常盤[CD]¥3,059(税込)
発売元/ソニー・ミュージック アソシエイテッド・レコーズ