第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.25女優 鈴木杏
苦言も、言われるうちが花
Heroes File Vol.25
掲載日:2010/4/30
9歳の時、ドラマ「金田一少年の事件簿」でデビューして以来、数々のテレビドラマ、映画、舞台、CMなどで目覚ましい活躍を見せている。「気づいたらこの世界にいたので、芝居はもう生活の一部」と言い切り、ストレス解消も「お酒を飲んで、俳優仲間と芝居について語ることかな」と笑う。今年23歳の鈴木杏さん。骨の髄まで女優であることをとことん楽しんでいる。
Profile
すずき・あん 1987年東京都生まれ。96年デビュー。主な舞台出演作に「ハムレット」「髑髏城の七人~アオドクロ」ほか。映画では『花とアリス』『監督・ばんざい!』ほか。2009年好評を博した蜷川幸雄演出の舞台「ムサシ」のロンドン・ニューヨークバージョン凱旋公演は5月15日から、彩の国さいたま芸術劇場にて。
演出家のダメ出しは愛情ゆえの厳しさ
「まるで学芸会だな」
昨年、舞台「ムサシ」のけいこ中、演出家の蜷川幸雄さんにそう言われた時は、さすがに落ち込んだという鈴木杏さん。どう気持ちを切り替えたのか尋ねた。「切り替えません。そのままズシンと言葉を受けとめて、『よかった』と言われるまで頑張るしかないですよ」
また、ある時は「鼻くそみたいなしゃべり方をするな」と。
「理解しづらい例え方で怒るのでどういう意味なのかを考えるのも大変。鼻くそみたいなって、ネチョっとした話し方ってことかな、とか(笑)」
蜷川さんのけいこの厳しさは有名だ。鈴木さんも何度怒鳴られたか分からない。
「悔しくて仕方がない時もあります。でも、蜷川さんの厳しさには愛がある。こいつはダメ出ししても大丈夫だと思うから、いろいろ言ってくれるわけだし。逆に何も言われなくなったら終わりだと思う」
9歳でこの世界へ入ったものの、学校や劇団で演技を専門的に学んだわけではない。だからこそ、自分の欠点を指摘してもらえるのはむしろありがたいという。
「『ムサシ』では特に発声のダメ出しをされ、共演の白石加代子さんに習いなさいと言われました。実は今まではテクニックで芝居したくないとか、感情から出てくるものを大事にしたいと思っていたのですが、感情を伝えるためには技術的なことも大事なのだと、蜷川さんと白石さんが気づかせてくれました」
怒鳴りながらも、教えてくれる大人がいてくれるお陰で、思い上がらず、高飛車にならずに前へ進めているという。
「だから私は、下手くそと言われているうちが花なんです、絶対に(笑)」
再演「ムサシ」でさらに成長したい
その「ムサシ」が今年ロンドンとニューヨークで上演されることになり、日本での再演も決まった。「再演って緊張します。役に慣れているがゆえに、流れに身を任せたまま芝居をする危険性もあるので怖い。ただ、蜷川さんも、前回とは違った香り、色に仕上げようとしているので、私も新たな気持ちで臨もうと心がけています」
芝居の話になると、大きな瞳をより一層輝かせる。女優という仕事が本当に好きなことが、全身から伝わってくる。
「芝居以外のことに興味が持てなくて。プライベートでお酒を飲んでいても、芝居の話をしていますからね、私」
演じていると、すっと自分が役と一体化し、自然に感情が高ぶる瞬間が時々ある。
「この奇跡の瞬間がたまらなく好きなんです。それがあるから役者の仕事はやめられないんですよね」
役者としての転機となった初舞台の経験
テレビに出てくるキャラクターなど、何かになりきる遊びが好きだった。また、週末は家族そろって映画館へよく出かけて行った。家ではトレンディードラマばかり観(み)ていた。幼少期をたどると、そんな記憶が浮かんでくる。
「自分から、ドラマに出たいと言い出したみたい。それで、両親が知り合いのツテで今の事務所を探してくれて。思えば本当に運がよかった」
ドラマ初出演は「金田一少年の事件簿」。それまでずっとテレビを通して見ていた、ともさかりえさんや堂本剛さんが一緒に遊んでくれる。最初は、ただそれだけでうれしくてしかたなかった。「あの頃の自分がどんな気持ちで演技していたのかは全然思い出せません」
役者として大きな転機になったのは、2003年に経験した初舞台「奇跡の人」だ。
「舞台では、性別や年齢に関係なくいろんな役ができる。また、新しい戯曲もあれば、シェークスピアのような300年以上前の作品にも挑戦できる。つまり、舞台というフィールドが一つ増えたお陰で、自分の可能性もさらに広がる気がしたんです。この初舞台が、役者って本当におもしろい仕事なのだと教えてくれたような気がします」
20代はもっと苦しんでもいいかも
すでにトップ女優としての風格を感じさせる鈴木杏さんだが、「まだまだですよ。現状に満足なんかしたくないんです」と言い放つ。
「先日ある映画を観たのですが、出演していた役者さんがあまりにもすばらしい演技で、かなわないなあと心底思いました。でも、この気持ちを私は大切にしたいなって思う。自分の演技に対して自信を持つことも大事かもしれない。でも、自分よりもうまい先輩や外国の俳優たちの演技を観ては『かなわないな』と思い、少しでもそこに近づくために努力していく方が、私は役者としても人間としても、もっと強くなれるような気がするんです」
上から下を見下ろして満足するのではなく、常に上に向かってはい上がっていく人でいたいという。そんな彼女が20代に経験しておきたいことは何なのか。
「つらいことをたくさん経験しておきたいですね。酸いも甘いも。いやどちらかと言えば、酸いをやや強めに(笑)。先輩たちを見ていると、20代の時の苦しみが、30代以降の人生を楽しくしてくれているようだから」
自分自身の勉強になることが多いからと、先輩役者や演出家から昔話を聞くのも大好きだという。人に学び、たくさんのことを吸収しながら、鈴木杏さんはどこまでも進化していく女優になるに違いない。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
保育士。子どもって変な生き物だなあと思うんです。あんなに小さいのに、我慢したりする瞬間なんかを見ると、本当に不思議だなあと。保育士になってそんな子どもたちを観察してみたいですね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
江國香織さんの「きらきらひかる」。彼女の作品を読み始めてから、小説がすごく好きになりました。ごく普通に生活している人たちがとてもロマンチックに、まるで映画を観ているように描かれている作品です。だから、もしかして自分の人生も案外ロマンチックなものになりうるんじゃないかと思わせてくれる。そこが江國さんの作品に惹かれる最大の理由です。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
その時によって「勝負発声練習」「勝負音楽」などいろいろです。発声練習としては、本番1時間前ぐらいに「外郎(ういろう)売」のセリフを言う。滑舌がよくなる気がするからです。テンションを上げるために音楽を聴くことも多いです。最近は東京事変の「スポーツ」がお気に入りです。
Infomation
ムサシ
ロンドン・ニューヨークバージョン 凱旋公演決定
2009年、井上ひさしの脚本書下ろしと蜷川幸雄の演出で日本演劇界の話題を集めた時代劇「ムサシ」。早くも今年、ロンドン、ニューヨークから正式招待を受け、世界2大都市での上演が決まった。併せて、日本でも凱旋公演が決定。
日程/2010年5月15日(土)~6月10日(木)
会場/彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
脚本/井上ひさし(吉川英治「宮本武蔵」より)
演出/蜷川幸雄
音楽/宮川彬良
出演/藤原竜也、勝地涼、鈴木杏、六平直政、吉田鋼太郎、白石加代子他
問合わせ/ホリプロチケットセンター(03-3490-4949)
公式ブログ/http://blog.livedoor.jp/musashi_2010/