第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.41ミュージシャン スネオヘアー
すべて受け入れて生きる
Heroes File Vol.41
掲載日:2010/12/10
高校時代はバンド活動、大学では芝居に関心を持ち劇団にも所属。そんな経験を経て20代後半から本格的に音楽活動に取り組み、31歳で遅咲きのメジャーデビューを果たしたスネオヘアーさん。卓越したメロディーと熱いライブパフォーマンスでファンを魅了し、今や各界クリエイターからも注目を集める彼の魅力に迫った。
Profile
スネオヘアー 1971年新潟県生まれ。渡辺健二による一人プロジェクト。インディーズでの活動を経て2002年5月にリリースした曲「アイボリー」でメジャーデビュー。12月8日にはミニアルバム「赤いコート」を、9日にはサウンドトラック「ハレルヤ」をリリース。また、初主演映画『アブラクサスの祭』が12月25日から全国順次公開。
ワケありでもいい。主演なんて夢のよう
スネオヘアー。ちょっと不思議でインパクトのある名前だ。風呂上がり、鏡に映った自分の髪型が漫画「ドラえもん」のスネ夫に似ていたことから、こう名乗ることにしたそう。
そんなスネオヘアーさんに映画『アブラクサスの祭』への主演の話が舞い込んだ。ただし条件があった。演じる役は禅宗の僧侶。当然、髪を剃(そ)らなければならなかった。
「名前に『ヘアー』がつく僕が坊主頭に。これぞまさにワケあり物件的な感じで、なるほど単なる主演の依頼ではないと(笑)。でも、主演のお話などこれから先絶対にないと思うし、原作と脚本に魅力を感じたのでお受けしました。ちゃんと演技できるか、ミュージシャンとして今後ミディアムバラードが歌えなくならないかなど、いろいろ不安はあったのですが」
剃髪(ていはつ)式は都内の禅寺で行われた。この時、坊主頭にすることは俗念を断つ、自分を良く見せたいというエゴを断つことだと学んだという。
「坊主頭は毎日剃らなくてはならず、むしろ生活に手のかかることを取り入れ、一つ背負うことになるのだと教えられ、身が引き締まりました」
映画ではうつ病を抱える僧侶、浄念が音楽に向き合うことで懸命に生き抜こうとする姿と、そんな彼を温かく支える周囲の人々が描かれる。
「悩める浄念は、何にでも真正面から向き合い、真っすぐにしか生きられない。その不器用さ、純粋さは非常にパンクだなと思いましたね」
光だけでなく陰の部分も表現したい
ちなみにアブラクサスとは善も悪もあわせ持つ神のこと。それはあるがままに生きようとする浄念そのものであり、そこにとても共感したという。
「一日に昼と夜があり、人の気持ちや人生にも光と陰の両方がある。にもかかわらず、陰を排除して光だけ歌い上げるのはうそだろうとずっと思っていて。だからミュージシャンとして人の背中を押したりエールを送る曲も歌うのですが、自分の悩みや葛藤(かっとう)もすべてさらけ出す音楽をやっていきたいという僕の考えとすごく近いものを感じました」
デビューは31歳、遅咲きの人である。高校時代はバンドに夢中だったが、大学ではアングラ劇に惹(ひ)かれ、卒業後劇団に所属した。3年ほど続けたが、大勢での作業は自分に向いていないと分かった。そこで自由に自分の世界観を表現できるのは音楽しかないと機材を買い込み、自宅録音を開始。壁に架空のレコーディングスケジュールを書き込んで、一人で曲を作り続けた。すでに20代後半。しかしメジャーデビューへの道のりはまだ遠かった。
芽が出なくても腐らなかった
「まだ音楽をやっているのか」。アルバイトをしながら自宅録音を続けていたスネオヘアーさんに対し、周囲は冷ややかだった。
「僕もまた、就職して家庭を築いていく友人たちがうらやましいと思ったこともあります。でもインディーズで活動し始めた時、今度は『お前は自由でいいな』と言われ、その言葉には猛烈に反発しましたね。僕だって僕なりのリスクを背負っているわけだし、それぞれ自分が選びたい人生を選んで生きているということでは対等なんですから」
一度メジャーデビューの話が立ち消えになったことがある。「さすがにその時はへこんだ」ものの、31歳でようやく現実のものとなった。
「年齢がいっている割には気持ちが腐っていなかったのが良かった」と振り返る。
「好きな音楽をやっているから僕は今のままでいいんです」と悟ってしまっていたら、たぶんそこ止まりだった。「絶対売れたい」「モテたい」「もっと多くの人に自分の音楽を発信したい」という気持ちが常にあった。それが力になった。
「アホみたいにいつか必ずメジャーへ行けると自分の可能性を信じていました。当時はまだ高かった機材を借金して買って、週6日バイトをしていても、音楽と向き合っている時が本来の自分であり、バイトは生活の糧でしかないととらえていました」
音楽って楽しい。今なら素直にそう言える
デビューから10年。最近になって「より、自分の気持ちの中にあるものから音楽を創(つく)り出していきたい」と思うようになった。「1年でCDを何枚リリースしなきゃとか、あと何曲書かなければといったことも課題としてありますが、『音楽って楽しい』という根本をより大事にしていたい。そのグルーブ感は曲を通して絶対に伝わっていくものですから」。曲は日々書きためている。楽器や機材そのものも好きで、一心不乱に音作りをすることも多い。
「音楽から離れ、仲間と飲んだり街を歩いたりしていても、僕にとってのスイッチを探しているようなところがありますね」。
そのスイッチとは?
「なんかそわそわしてくる感じのスイッチ(笑)。いつも自分がそわそわできるものを探しているんです。それが見つかってもスイッチが入るかどうかは分からないけれど」
自分を刺激し、ときめかせてくれる「そわそわ」に出会いたい。それが曲につながっていくからと。もしかしたら、誰にでも「そわそわスイッチ」はあるのではないか。それこそが自分の「好きなこと」につながっている。スネオヘアーさんがそう気づかせてくれた。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
田舎へ帰って、生活のために田舎でできる何らかの仕事をして働いていたかなと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
中学浪人していた時、父親が渡してくれた「道をひらく」(PHP研究所)という松下幸之助さんの本。人としての生き方が書いてありました。響くものがあり、今でもたまに開いたりしています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ギターのピック。ミュージシャンならずっと持っていて当然だろうというのがどこかにあり、今でも財布に忍ばせています。
Infomation
映画「アブラクサスの祭」
2010年12月25日(土)から全国順次ロードショー
禅寺に勤めるうつ病の僧侶、浄念。何事にも「慣れない」不器用な彼は、法事や説法すら思い通りにいかない。そんな浄念の心にいつもひっかかっている、なくてはならないもの、それは音楽だった。そして、ついに浄念は「ライブをやりたい!」と言い出して……。現役住職で芥川賞受賞作家・玄侑宗久作品の初の映画化。純粋ゆえに悩み深き主人公・浄念を、映画初主演のスネオヘアーさんが演じる。本物のミュージシャンならではの渾身のライブシーンも必見。
「アブラクサスの祭」
キャスト/スネオヘアー、ともさかりえ、本上まなみ、村井良大、ほっしゃん。、小林薫 他
監督・脚本/加藤直輝
原作/玄侑宗久「アブラクサスの祭」(新潮文庫刊)
公式HP/http://www.aburakusasu.com