第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.76ダンサー/振付家 康本雅子
かりそめの自分との決別
Heroes File Vol.76
掲載日:2012/6/1
ポップでかわいらしいのに、異様さも漂わせる独特な振付。コンテンポラリー・ダンス界で唯一無二の存在感を発揮している康本雅子さん。舞台やミュージックビデオの振付・出演など、現在は多岐にわたって活躍しているが、世界を放浪した末にダンサーとして生きると決意した時のこと、その後、身の丈以上の仕事にどうやってぶつかっていったかなど、伺った。
Profile
やすもと・まさこ 1974年東京都生まれ。アジア諸国、セネガルなどを放浪したのち、99年からダンサーとして活動を始める。国内外で自作品を精力的に発表する一方、ミュージックビデオやCM、松尾スズキや白井晃の演劇作品への振り付けにも携わる。2012年6月28日(木)からシアタートラムにて単独公演「絶交わる子、ポンッ」を開催。
「ちょっと休憩」でバックパッカーの旅に出た
飾り気のない表情と、せわしなく動くスレンダーな手足。舞台やミュージックビデオの振り付けなどで幅広く活躍する康本雅子さん。今最も注目を集めるダンサーの一人だ。
「いつも持久走はビリ」なほど体力がなかったというから驚く。でも中学時代に部活でダンスを始め、高校時代も部活とディスコで踊り続けた。大学では映像を学ぶつもりも強い興味を見いだせず、中退してダンスカンパニーに入団する。
「ダンスを一から学ぼうと入ったものの、ここでも体力と根性が一番なくて」。ダンス以外に学ぶことも多く充実していたが、1年で燃え尽きた。そして「ちょっと休憩」のつもりでバックパッカーの旅に出る。
初めはタイだった。その後アジア諸国を回るうちに旅の魅力にのめり込む。しかし貯金が尽きて、旅費を稼ぐためにオーストラリアへ。そこで康本さんは見たこともないダンスと出会う。太鼓に合わせて全身でリズムを刻む、アフリカンダンスだった。クラブで知り合ったジャマイカ人と一緒に踊り、初めて「ダンスってこんなに気持ちいいんだ」と魅せられた。夢中になった康本さんは一時帰国後、アフリカンダンスの本場セネガルへ飛んでゆく。現地では、祭りがあるよと聞けば「連れていって!」と飛び付き、ダンスをむさぼり尽くすような4カ月だった。
いよいよ帰国という時、友人のいるニューヨーク(NY)に立ち寄った。そこは開放的でダンススタジオも多く、「ここに住みたい」と気持ちが高ぶった。ビザを取得してすぐ戻ろう、そう決めて東京へ向かった。
24歳、自分のダンスで初めてのお金をもらう
「でも、帰ってみたら貯金はないし、ビザもすぐに取れなくて、ガーンという感じでした」
久しぶりの東京はなじめなかったが、食いつなぐためにウエートレスのアルバイトを必死でやった。「ただ、心はまだNYを思っていて、ふっと悲しくなったりする。まるでかりそめの自分を生きているようでした。でも、だらだらしていても扉は開かない。その場しのぎではなく、仕事を見付けて居場所をつくらなきゃと気が付いたんです。ならば自分にはダンスしかない。ここでダンスが仕事にならなかったら、今までの時間は何だったのか。スキルがなくともとにかくやろうと心が決まりました」
自信はなかったものの、ダンス事務所のオーディションに何とか合格。初めての仕事はデパートのパレードダンサーだった。車の上で1時間、延々と同じ振り付けで踊った。「それでもすごくうれしかった。ああ、自分のダンスがお金になったんだって」。24歳、ダンサー人生のスタートだった。
結果を期待する前に自分で動いて安心を得る
ダンス事務所に所属し、康本雅子さんはダンサーの仕事を開始した。「でも仕事は少なく、もっとダンスの仕事がしたくて仕方がなかった。だから自分のダンスビデオとプロフィルをいろんな所に送ったりもしましたね」
その心意気が奏してか、サザンオールスターズのツアーダンサーなど次第に大舞台での仕事が増えていく。一番大きかったのは松尾スズキさんとの出会いだった。「松尾さんにはとにかく感謝しています。松尾さんの舞台『キレイ』で振り付けのお仕事をさせて頂いて以来、舞台振り付けド素人だった私は、ずっと松尾さんに引っ張られてきたという感じです」
常に、自分の技量以上の依頼が舞い込んでくる。それでも康本さんは「ハッタリをかまし続けてきた」という。
「うそでも堂々とやり続けていれば、いつか行き着くところはあるはずだと。常に挑んでいくという気持ちがありましたね。ダンスの仕事がなくて自分でビデオを送っていた頃も、誰からも反応がなくてもいつでもやれるようにと、気持ちの準備はしていた。それに、自分で行動できていると、目標に向けて努力しているという安心感もある。結果を期待するんじゃなくて、その時々のベストで常にやっていく、それしかないですよね」
一方、2001年からは自身の振り付け作品の創作も始めた。横浜ダンスコレクションを始めコンクールでの受賞歴は多数。国内外を問わずダンスイベントにも積極的に参加してきた。「自分だけの発想より、人や場所の力を借りて作品を作るのが好きなんです。私だけの中から出てくるものなんて、高が知れているから」
イベントでのコラボレーションも、顔ぶれはミュージシャンや美術家など実に多彩だ。
「ジャンルは様々ですけど、人前でやることの恥ずかしさを知っている人たちというか、自分のダメなところを多かれ少なかれ隠すために舞台に立つ、だから舞台でしか見せない輝きがある、そういう人たちがやっぱり好きですね」
4年ぶりの単独公演はダンサーたちとの共同作業
12年6月、康本さんは4年ぶりとなる単独公演に挑む。「私にとっての振り付けって、動いたことで生じた自分の感情を見せているものなんですね。踊って感じる気持ちを自分自身が深く味わえなければ、見ている方には何も伝わりません。今回の舞台はダンサー7人との共同作業。自分の感情を表現するための振り付けではなく、その振り付けによって個々のダンサーがそれぞれに感情を生み出していける、そうなるといいなと思う。この公演で全てを出し切りたいです」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
実際なりたい時期があったんですけど、パン屋さん。生地をこねるのが好きなんですよ。でもお料理は好きじゃないです(笑)いい匂いのする生地をこねているのが好きなんです。
人生に影響を与えた本は何ですか?
パウロ・コエーリョが書いた『アルケミスト』。バックパッカーとして旅にでる直前に古本屋でたまたま見つけてこの一冊だけ持って行ったのですが、飛行機の中で読み、そのときの自分にこれ以上ない選書にびっくりして、「なんて私は自分にぴったりな本を選んじゃったんだろう!」と感動しました(笑)。読んでさらに「やっぱり正しいことをしてるんだ、自分の決断は間違ってない!」と、なんだか太鼓判を押されたような気持ちになりましたね。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
舞台の神様に手を合わせること。だいたい神棚があるので、そこでお祈りをしますが、ない場合でも必ず舞台に向かって手を合わせます。
Infomation
康本雅子さんの単独公演「絶交わる子、ポンッ」
6月28日(木)より4日間開催!
2008年に上演した「チビルダミチルダ」以来4年ぶりとなる康本雅子さんの単独公演が開催される。1年前のオーディション以来、7人のダンサーたちと共同作業に時間をかけてきたカンパニー作品だ。
「理由があって起こるうれしいとか悲しいとかの感情ではなく、感覚的なものや普段気付かない気持ちというのはふっと出てくるもの。また、ずっと引きずる感情もあるけれど、動くことで消えていったり、動くことで変わっていく感情などもある。そういった動きに伴う感情を深く味わい、作品として表現できたらいいなと思っています。カンパニー作品なので、どこまでダンサー一人一人と関わり、それぞれのダンサーの意外な面を引き出せるかが課題ですね」(康本さん)
「絶交わる子、ポンッ」
公演/2012年6月28日(木)~7月1日(日)
会場/シアタートラム
楽曲提供/オオルタイチ
振付・出演/康本雅子
出演/あらた真生、遠田誠、菊沢将憲、小山まさし、下司尚実、鈴木美奈子、泊麻衣子
問い合わせ/プリコグ 03-3423-8669
公式サイト/ http://yasumotomasako.net/