第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.81美術家 奈良美智
生きてきた時間を手本に描く
Heroes File Vol.81
掲載日:2012/8/17
今、世界中でもっとも愛される少女の絵といえば、この人の作品ではないだろうか。独特な表情や構図で人々を魅了し続けている美術家の奈良美智さん。自身初挑戦となる大型彫刻作品が展示されている開催中の展覧会のことをはじめ、奈良さんの感受性は一体どうやって育まれてきたのか、また制作において原点を見つめるに至るまでに思考してきたことなどを伺った。
Profile
なら・よしとも 1959年青森県生まれ。87年愛知県立芸術大学修士課程修了。88年渡独し、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーへ。2000年から海外で相次いで個展を開催。01年に横浜美術館で開催した国内初の大規模な個展以来、同館では11年ぶりとなる展覧会「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」が開催中。12年9月23日まで。
野心的でなかった大学時代、実は大切なものを鍛えてた
半月形の鋭い眼でにらむ子供たちのドローイング。瞳から光を放ち正対する少女の絵。心の声が聞こえてきそうなたたずまいを描き、世界中のファンを惹(ひ)き付けてやまない美術家、奈良美智さん。現在、横浜美術館で開催中の展覧会では、絵画作品のほか、初めて挑んだブロンズ彫刻作品も並ぶが、その瑞々(みずみず)しさには息をのむ。
「彫刻作品は、母校の愛知県立芸術大学に滞在して制作しました。ひたむきな学生たちを見ていたら、自分の大学時代を思い出しましたね。都会の学生に比べ野心的ではなかったけれど、競争が激しくなかったがゆえに純粋にトレーニングできたあの頃、実は一番大切なものを鍛えていたんだなと」
試合より練習が好きと笑う奈良さん。だがやみくもに技術を求めてきたわけではない。鍛錬の向こうに目指すべき自分の絵とは何か。それを自問し見定めたのは、20歳で初渡航したヨーロッパ旅行でのことだった。「絵画や建造物など、歴史ある本物の全てに感動してしまった。でも自分の日常や、ずっと過ごしてきた日本、青森での時間が貧しいものだったかというと決してそうではない。川で遊んだり隣家の羊に餌をやったりした楽しさは、僕の根底に蓄積されている。そう考えると自分は文化的に劣ってなどいない。ならば絵を描く上でも西洋の絵画ばかりを手本にするのではなく、自分が積み重ねてきた20年に技術をプラスしなくちゃいけないんじゃないかと感じたんです」
感性の基盤にある、一人の時間とマイナーな音楽
青森で過ごした幼少期は、共働きの両親ゆえ、一人遊びで「動物や木と会話できるような」感性を育んだ。小学校の同級生はそれをいち早く見抜いたのだろう、「奈良くんがいないと楽しくない」と誘いに来たり、作文に書いたりする。「中心にいるわけではないのに、いつも人から引っ張り出されていましたね」
中学、高校と進むにつれ、時代に忘れ去られたようなマイナーな音楽にのめり込んだ。解説書も歌詞カードもない輸入版のレコードは、奈良さんの感受性と想像力を更にたくましくした。「情報量が極端に少ない中、いかにイメージを伴ってその音楽を確信にしていくか。すごく重要な訓練となった」
だが再び、自分を見つめ直すきっかけがやってくる。それはヨーロッパ旅行後の愛知県立芸大在学中に始めた、美術系予備校の講師アルバイトだった。「教えているうち、自分が学んできたことが活(い)かせていないと気付いてしまった。一生絵を描いていく覚悟も生半可なのに、こんな風に教えていていいのかと」。もっと勉強しなければ。奈良さんは、ドイツへの留学を決意する。
アジアに向け、もっと作品を見せていく義務がある
28歳でドイツへ渡った奈良さん。現地の芸術大学で学ぶ一方、思考して絵を描く日々に没頭するうち、大学を訪れるギャラリーのオーナーの目に留まり、少しずつ世界中のギャラリーで個展を開催するようになった。
すでに盛況中の今回の展覧会はアジアを巡回予定だが、それには奈良さんの強い意志と思いが込められている。
「アメリカでのある巡回展初日に、アジア系の人がいっぱい来てくれた時があったんです。その中の一人の日系人でアートファンの方が、突然ぎこちない日本語で僕に話しかけてきた。彼の友人たちはそれを見て、彼が日本語を話すのを初めて見たとひどく驚いていたんです。つまり、彼は僕の絵に、よほど日本を感じ、誇りに思ったのではないかと。人は、僕を通して故郷やアジアを見て、それが力になることもあるんだとその時感じました。今までヨーロッパやアメリカでばかり展覧会をやってきたけれど、日本に生まれた自分は、アジアでもっと作品を見せていく義務があるんじゃないか」
ドイツから帰国した翌年の展覧会後、国内で急速に人気を獲得していった奈良さんは、以後の約10年間、苦しさを抱えながら制作を続けてきた。「今振り返ると、それは作品を作るために思考することを怠っていたからだと思います。ある程度自分の作風が固まった気がして、求められる作風を無意識に選んでいた気がする。だからその時伸ばせなかった部分を、今こそ追い付かせたい」
本当に大切なものはしなやかに体に蓄積する
奈良さんと同じくアジア、日本の美術を牽引(けんいん)する現代美術家、村上隆さんを、奈良さんは「戦友」と呼ぶ。村上さんの存在を知った時、奈良さんは「この人と同じことはやらないぞ」と心に決めたそうだ。「まず僕は競争が嫌い。勝つためにする努力、つまり欲に対して自分が嫌になる。それなら人と競争せず、自分と競争すればいいと。だからすごい人を見つけたら、その人と違う方法を探しどう自分を高めるかを考えます」
優等生になりかけると、ずっとそうならないようにしてきた。「人に好かれようとすることは、人が望む優等生になるということ。でも、世の中の進歩とかそういうものは、実はマイナーな、独自のことをやっている人たちによって支えられている。つまり重要なのは層の厚さであって、トップにいるとかいないとかということではない。見せかけではなく内側を鍛えないと。本当に大切なものって、もっとしなやかに体の中に蓄積していくものだと思うから」
「偉そうなこと言っちゃった」とソファに倒れ込む奈良さん。ここに瑞々しさの源がある。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
どんな仕事でも楽しくやっていたと思います。例えば中学や高校の美術の先生になっていたらと考えると、今と同じような気持ちで一生懸命やっていると思う。
人生に影響を与えた本は何ですか?
この本というのはどうしても絞れないですね。詩でも絵本でもドキュメンタリーでも、この本だったらここ、あの本だったらあそことか、いろんなものの集合体として影響を受けているから。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
考えたこともないなあ(笑)むしろそういう考えを捨てることで自由になれると思う。さきに話したけれど、やっぱり自分は勝ち負けのない世界にいたいから。
Infomation
「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」が9月23日(日)まで横浜美術館で開催中!
絵画やドローイングをはじめ、大規模なインスタレーションなど多様な作品を通じて広く世界中の人々を魅了してきた奈良美智さんだが、東日本大震災や身近な方々の死などを通し、今回の展覧会へ向けあらためて制作の原点を見つめ直した。展覧会では、初挑戦となる大型のブロンズ彫刻をはじめ、絵画やドローイングなど震災後に制作された新作が展示されている。
「震災後にしばらく絵が描けなかった時期を経て、今しかできないものにベストを尽くそうと決めて制作しました。展覧会っていうのは10点満点のものを見せる場所だけれど、そこに至るまでの思考過程や真剣な練習風景を今回は見ていただけるのではと思います」(奈良さん)
「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」
会期/2012年7月14日(土)~2012年9月23日(日)
会場/横浜美術館
問い合わせ/横浜美術館 045-221-0300
公式サイト/http://www.yaf.or.jp/yma/