第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.117作家 和田 竜
信じ続けた己の可能性
Heroes File Vol.117
掲載日:2014/7/3
「のぼうの城」の大ヒットで一躍その名を世に知らしめた作家・和田竜さん。昨年出版した4年ぶりの新作も上下巻で約千ページにも及ぶ長編にもかかわらず大きな反響を呼んでいる。今、最も注目される作家の一人だが、不遇の時代も長かったという。そんな和田さんの素顔に迫った。
Profile
わだ・りょう 1969年大阪府生まれ、広島県育ち。早稲田大学政治経済学部卒業。小説「のぼうの城」で2007年に作家デビュー。同作は累計200万部超のベストセラーとなり、12年には映画も公開。他の作品に「忍びの国」「小太郎の左腕」など。小説第4作「村上海賊の娘」で第35回吉川英治文学新人賞、2014年本屋大賞を受賞。
4年半の月日を費やし痛快な戦国時代を描く
戦国時代、瀬戸内海に君臨した村上水軍。その娘・景を主人公に、毛利方と織田方による「木津川口の戦い」を痛快に描いた歴史小説「村上海賊の娘」がヒットしている。2014年本屋大賞を受賞以降、発行部数は上下巻合わせて100万部を突破。著者は新進気鋭の小説家・和田竜さんだ。
「史料の読み込みから始め、一度シナリオを書いて感触をつかみ、週刊誌に連載を執筆。その間約4年半。渾身(こんしん)の一作だけに多くの方に読んでもらえるのが本当にうれしいです」
高1の時に映画「ターミネーター」を観て「こんなアクションものを作りたい」と思い、映画監督を志した。大学時代、劇団に所属して脚本を書き、卒業後は番組制作会社へ就職。
「アシスタントディレクター(AD)の経験を積めば、いつか映画作りができると期待していましたが、現場で指示されても反射的に動けずADには向いていないなと。ただ、辞め癖をつけたくなくて3年は頑張りました。そんな自分が映画作りに関わるには、現場を仕切る監督ではなく脚本家だろう、だったら一生懸けて脚本の道を目指そうと決めました」
業界紙の記者とコンクール応募の日々
和田さんが次に選んだのは業界紙記者。正社員として入社した。「アルバイトをしながら脚本家を目指す人もいるのですが、それでは絶対にジリ貧になると思い、賞を獲得するまで何年もコンクールへ応募し続ける態勢を整えよう、それなら正社員がいいと冷静に判断しました。その会社を選んだ理由は、残業が少なくて執筆の時間が確保できるのと、文章を書く仕事だから脚本作りに役立つだろうと考えたからです」
夕方7時に帰宅し、3時間仮眠して夜10時に起床。朝方5時まで執筆してまた就寝し、朝8時に起きて出社するという日々を繰り返す。「でも正直、どん底でした。賞を取るまで一生応募し続けようと決意したものの、丸4年間、2次通過はあっても佳作入選など一度もなかった。自分がどんどん落ちていくのが分かるわけです。体もきつく、先も見えず、このままで一生が終わるのかという不安が常にありました」
それでも応募を続けた。絶対にやめようとはしなかった。「コンクールにただ送るだけのヤツなんだけど、それでも『脚本を書いてます』ということだけが唯一僕の背骨をピンと立たせてくれました。多分、脚本を書くことを取ったら自分には何も残らないし、胸を張って世間を歩けないと思ったからこそ踏ん張れた。それと、評価されないのは絶対におかしい、いつか必ず自分の作品の面白さを証明してやりたいという思いもありました」
やり続けたことで手にした脚本賞
オリジナル脚本「忍ぶの城」で脚本界の新人登竜門「城戸賞」を受賞。それは和田さんが業界紙記者へ転職してから5年目、33歳の時だった。
そして受賞を機に、あるプロデューサーから映画化の話が持ち込まれる。しかし製作は資金不足などもあって難航。「それで、その人がせっかくだからこの脚本を小説にしたらどうかと。そこで書いたのが『のぼうの城』でした」
小説は初めてだったが、史実が詳しく表記できて、登場人物の心理描写も丁寧に表現できる。「場面を演出して、より完璧に自分の考えに近づけていけるという面白さがあり、書き上げた時の満足度は高かった」
「のぼうの城」は大ベストセラーとなり、長年の夢だった映画化も実現する。「好きなものには粘着質な性格。それが功を奏し、小説家という道につながったのだと思います」
ただ、続けていれば、必ずいいことがあるなどと言う気はない。「好きなら『めげずに頑張ること』が大切ですが、つまらないと思う度合いが8割に達したらやめる決断をしてもいい。変に人生をドラマチックに考えず、そこは冷静に自分を見据えて決断した方が結果的に自分らしい道につながると、経験から実感しています」
誰もが面白いと思う作品を一生書き続ける
和田さんは、自然に戦国時代の合戦に関心が向かうという。「当時の武将は強ければ人をあやめることもよしとされ、何でもアリ。そんな時代に生きる者の奇妙さや痛快さを描きたいので、題材も面白い合戦を探すところから始めます」
今とは百八十度違う価値観を知ることが、現代を生きる人たちの心の支えになることも多いと和田さんは考える。「僕らが悩んでいることも時代が違えば、全く悩む必要のないことかもしれない。そんなことをこの時代の人たちの生き方を通して感じてほしいので、あえて戦国にこだわって書き続けたいと思っています」
人気作家の多くは複数の作品を掛け持ちして書いているが、和田さんは「性格的にそれは無理」なので一つの作品に集中するスタイルを貫く。
「たくさん出しても『面白くない』と一度でも思われたらもう次はない。『あの人は数年に1回しか出さないけれど、絶対に面白いから待ってでも読みたい』と思ってもらえる作家でありたい。そのためにも史実は徹底的に調べて、物語を練りに練るやり方は変えたくありません」
不器用だから人一倍の努力が必要だと肝に銘じている。手を抜かず、地道さを大切にして。和田さんは現在、充電期間中。気が済むまで休んだら次回作へと歩み始める予定だ。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
小学生の頃、医者か数学者になりたいと思っていました。頑張ってなれたかどうかは分からないですが(笑)。
人生に影響を与えた本は何ですか?
「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)です。自分の名前の由来ということで大学時代に読んだのですが、大いに魅せられ、歴史小説の面白さに目覚めました。また、中学時代に読んだ星新一さんの小説からは、物事を考えるセンスみたいな部分ですごく影響を受けています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
勝負腹筋。原稿を書く前、気を引き締めるために腹筋をしています。といっても50回くらいですが(笑)。
Infomation
2014年本屋大賞受賞!
和田竜さん著書「村上海賊の娘」100万部突破!
戦国時代、織田信長に兵糧攻めにされた大坂本願寺から援助を頼まれた毛利家は、海賊王と呼ばれる村上武吉に海路からの助けを求めた。それを機に起こった「木津川口の戦い」と呼ばれる村上水軍と泉州侍勢の難波海(大阪湾)でのバトルを描いた一大巨編。合戦に加わった武吉の娘・景(きょう)を中心に、戦国に生きた人間がみずみずしく描かれている。特に海賊たちが軽口をたたき合いながら、命を懸けて戦う合戦シーンは圧巻。読み終わるのが惜しいくらい面白さに満ちた歴史小説だ。
定価:1,600円(上下巻とも/税別)
版元:新潮社