第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.123シンガー・ソングライター 中村 中
答えが出ないという答え
Heroes File Vol.123
掲載日:2014/10/16
澄んだ歌声と力のある歌詞で聴く者を魅了してやまない中村中さん。シンガー・ソングライターとしてだけでなく、俳優として舞台でも活躍中だ。2014年の今年はデビュー8年目、しかも29歳という20代最後の年。創作活動はもちろん自身の生き方においてもさまざまな迷い、苦しみを繰り返した一年だったようだ。
Profile
なかむら・あたる 1985年東京都生まれ。2006年メジャーデビュー、07年「NHK紅白歌合戦」に出場。14年9月、初セルフプロデュースアルバム「世界のみかた」をリリース。出演予定:14年11月15日(土)から「中島みゆき 夜会VOL.18」、12月28日(日)・29日(月)「中村 中 LIVE 2014 敵か!?みかたか!?」、共に赤坂ACTシアターにて。
楽曲作りは感情を吐露する手段だった
透明感と情感あふれる歌声、湧き上がる感情や葛藤をつづった歌詞に魂を揺さぶられる人も多い。独自の感性、洞察力で人の心を刺激するシンガー・ソングライター中村中さん。
音楽は小さい頃から大好きで、小学校高学年の合唱コンクールで伴奏を経験して以来、ピアノを弾くのも好きだった。
初めて曲を書いたのは15歳の時。後にセカンドシングルで発表し、ヒットした「友達の詩」がその作品である。
「男の性で生まれてきたものの女でありたいというセクシュアリティーへのコンプレックスが既にあったのですが、人付き合いが下手で誰にも相談できなかった。いじめにも遭い、どこかで感情を吐き出さないと爆発しそうでした。それで始めたのが曲作り。単純に感情のはけ口で、誰にも聴かれなくていいと思っていました」
しかしやがて、バンド活動やストリートミュージシャンをするようになり、その中で才能が認められ21歳でメジャーデビューする。「友達の詩」をリリースし、性同一性障害をカミングアウトすると知名度が一気に上がり、曲もヒット。
でもそれによって「曲作りが感情を吐露する場所ではなくなった」という。どんな曲を作ってもセクシュアリティーをウリにしていると言われ、それがアレルギーとなり、いつしか自分が本当に歌いたいことを封印して、聴き手のことばかり意識して曲を作るようになってしまったからだ。
自問自答の末に生まれた新アルバム
そんな中村さんがデビュー8年目にして初めてセルフプロデュースに挑み、6枚目のアルバム「世界のみかた」を完成させた。しかし実は当初、全然曲作りが思うようにいかなかったという。周りは「素直に書けばいいんだよ」とアドバイスをしてくれたが、自分の素直がどこにあるのか分からず、正直かなりしんどかった。
「それで結構長い間、自問自答を続けていました。最初はなぜ書けないんだろうと悩んでいたのですが、途中でそもそも私はなぜ曲を書きたかったのかという根源的なところまで立ち戻ったんです。そこで、ああ、感情を吐き出すためだったんだなと思い出してきて」
自分との対話の中で、結局どんなに頑張っても自分の力ではどうにもならないこともあるから、それを受け入れ、諦めることで前へ進んでいくしかないと考えるようになった。
「でも、やっぱり諦め切れないことはあって、常に心って揺らぐんです。だったら答えが出ないという答えを受け入れ、その迷いすらも歌っていこうと。そこで思いを新たにしてこのアルバムの制作を進めたという感じでした」
混沌とした20代を駆け抜けて
2014年の今年29歳の中村さん。ニューアルバム「世界のみかた」の制作にあたり、死ぬほど悩み苦しんだのは年齢的なことも大きかったと感じている。
「30歳って節目なのかも。周りの同世代にも転職や結婚に真剣に悩んでいる人が多いし。大人たちは、誰でも経験する悩みだよとか、30を過ぎたら楽になるよと言いますが、とりあえず私たちはこの30年間で見聞きしたことでしか物事を判断できないので、結局自問自答するしかない。でもそれでいいんだなって今は思います」
20代は混沌(こんとん)としていた。表現者として何でもやりたいと思い、歌だけでなく舞台やラジオにも果敢に挑戦してきた。
「決して素直な若者ではありませんでした(笑)。無駄なこともたくさんしたし、遠回りもした。でもそれが許されるのが20代なんでしょうね。実際、周囲の大人にはいつも『しょうがないなあ』と許してもらっていました。アドバイスを聞き入れず、変に頑(かたく)なで我を張るところがあっても。でも、実は片方の耳でちゃんと聞いていたりするんですよね。そういうことが30代になってどう生きてくるのかが楽しみ。特に30代はまだパワーも体力もあるし、今より頭も使えるようになっているだろうから、20代よりは気持ちよく、自分らしく生きられる予感がしています」
今回のアルバム制作を通して、ようやく、聴く人がどんな風に自分の曲を受け止めようとも構わないと思えるようになった。「私の絶望を希望と捉え、私の諦めを潔いと受け取ってくれる人もいる。アルバムのタイトル通り、人によっていろんな『見方』があるのだということに私自身が気づき、お陰で楽になりました」
悩んでいい。とても謙虚な時間だから
とはいえ、苦しい時は悩み、もがき、あがくこともしっかり続けていこうと思っている。
「多くの人はポジティブに考えることが大切だと思って、つらさや苦しみから一刻も早く逃れようとする。でも悩むってすごくいいこと。自分の本質や弱点を知るための、謙虚な時間だと思うんです。だから自分の成長のためにもとことん付き合ってみた方がいい。そうやって乗り越えたらまた新しい山が現れて悩むことになるけれど、目の前に立ちはだかる山はすべて自身の血や肉となるんだと思えば、怖くない」
実は既に次のアルバムの制作に入っているという。「書けなくなる恐怖を味わい、まずは続けることが大切だと思うようになったので。少なくともこの先10年はバシバシ曲を書いていくつもりです」
いろんな痛みを味わった。だからこそ、その言葉は熱くパワフル、そして人に優しい。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
絶対に音楽に携わると決めていたので、ほかの仕事は考えられないですね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
最近読んだ中では筒井康隆さんの「聖痕」。あまりにも美しいがゆえに5歳の時に性器を切り取られた少年が、どのように育っていくのかを描いた物語です。悲惨なスタートなのに、この少年は美しく健やかに成長し、キリストのように周囲のすべてを赦(ゆる)していく。なおかつその様子が実に明るく描かれていて、一気に引き込まれました。セクシュアルマイノリティーの部分に自分が反応したのかどうかは分からないのですが、とにかく読まずにはいられなかった一冊。舞台化されることがあったらぜひ私が主人公を演じたいと思いました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
真剣に物事に取り組む直前、わけの分からない、バカなことをやる。もともとガス抜きが下手なので、あえて意識的にそういうことをして気を抜き、心のバランスを取るようにしています。それと、神がどこにいるかと言えば、家族、恋人、友達の中だと思うんです。だから、私が一方的に思いを寄せる人なのですが、その人がライブを観(み)にきてくれていたらと想像するようにしています。そうするといつも以上にやる気が出るので。
Infomation
「中島みゆき 夜会VOL.18『橋の下のアルカディア』」に出演
「中島みゆき 夜会VOL.18『橋の下のアルカディア』」に出演
中島みゆきさんの舞台公演「夜会」へのシンガー・ソングライターの出演は、谷山浩子さん以来2人目。中島さんは「中ちゃんのファンタジー感とそこはかとないコメディエンヌ感を拝借したい」とコメント。果たして中島さんとどんな化学反応を起こすのか。
日程:2014年11月15日(土)~12月16日(火) 全23公演
会場:赤坂ACTシアター
出演:中島みゆき、中村中、石田匠ほか
公式サイト:https://miyuki-yakai.jp/
ワンマンライブ「中村 中 LIVE 2014 敵か!?みかたか!?」
初のセルフプロデュースアルバム「世界のみかた」がリリースされた矢先、その世界を体感できるライブが決定! 「敵か!? みかたか!?」と投げ掛けられたタイトルから、このライブを正面から見届けていいのか、斜めからの目線で疑えばいいのか、はたまた裏から読むべきか、想像を膨らませられる。
日程:2014年12月28日(日)18:00開演、29日(月)17:00開演
会場:赤坂ACTシアター
問い合わせ先:キョードー東京(電話0570-550-799)