第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.138俳優 北村有起哉
自分という商品を売る
Heroes File Vol.138
掲載日:2015/8/20
さりげなく、それでいてグイッと観客の心をつかむ。その独特の存在感で注目を集める俳優・北村有起哉さん。すでに中堅の域にあるにもかかわらず実は今、これから先の自分の在り方を改めて考え直しているところで何だか毎日「いい意味ですごくモヤモヤしている」そうだ。そのきっかけは昨年(2014年)、一児の父になったことだと語る。
Profile
きたむら・ゆきや 1974年東京都生まれ。舞台「春のめざめ」と映画『カンゾー先生』で俳優デビュー。2015年10月1日(木)〜17日(土)に新宿駅南口・紀伊國屋サザンシアターにて、こまつ座の舞台公演「十一ぴきのネコ」(井上ひさし作・長塚圭史演出)に出演予定。※大阪・北九州公演もあり。問い合わせ先:こまつ座 電話03-3862-5941
セリフの力を信じ格闘していく
2015年10月、こまつ座の舞台「十一ぴきのネコ」が3年ぶりに再演される。絵本をベースに井上ひさしさんが戯曲化した、大人も子供も楽しめるミュージカルだ。初演に続き、リーダー格の猫・にゃん太郎を演じるのが北村有起哉さん。
「自分の出演作が再演になるのは初めてです。高く評価された証拠で、素直にうれしい。笑いがたっぷり詰まった作品ですが、結構毒気もあって、猫を通して人間のさまざまな感情や姿を浮かび上がらせます。見終えると、ザワッとした感触というか、胸に小さなしこりが残るような感じがある。そこが魅力です」
これまでも井上作品には何度か出演している。その度に痛感するのは、言葉一つひとつに込められたエネルギー量の多さだ。
「日本語の響きの美しさを生かしつつ、本質を射抜くようなセリフが続くんです。しかも一言一句、台本どおりに語れば誰にでもちゃんと伝わるようにできている。だからアドリブなんてとんでもない。役者はそのセリフの力をどこまで信じ、格闘できるかが勝負です」
今回も出演者はおっさんばかりだと笑う。「しかもみんな出ずっぱり。体力が持つかどうか心配ですが、みんなで運動会みたいに助け合って、前回以上に作品の面白さを色濃く出したいなと思っているところです」
舞台について楽しそうに語る北村さん。俳優を目指すきっかけとなったのは、高校の学園祭で経験した演劇だった。
キリのない面白さを演劇に感じて
「徹夜で脚本を書いたり、同級生と演技の稽古をしたりするのが楽しかった。これはキリがないなという面白さとものすごい達成感で、本番直後、号泣したのを覚えています」
大学受験の失敗を機に「俳優になる」と覚悟を決めて専門学校へ。俳優養成所へ通ったり、ワークショップに参加したり、無料で映画を見たくてレンタルビデオショップのアルバイトをしたりもした。
そんななかで、自分は決して二枚目のスター街道を歩くタイプではないと分析。ではどういう位置づけで自分という商品を「俳優」として売っていくか。そのためにはとにかくやれることをやって、30歳までにはアルバイト生活から卒業しようと目標を設定。そこから具体的に何をすべきかを考え行動した。「どの劇団が人気か、同世代で伸びている役者は誰かなど、演劇シーンのリサーチも随時行っていましたね」
実は父親は文学座の名優、北村和夫さん。だが、親と同じ劇団に入ることは避けた。「肩身が狭くなってお互いに本領を発揮できなくなってしまうので」。やがて自力でチャンスをつかんだのが24歳。映画と舞台で同時デビューを果たした。
「次がない」という緊張感に駆り立てられ
変幻自在の演技に思わず引き込まれる。ここ数年、舞台に映像にと縦横無尽に活躍している北村さん。ここまで何とかやってこられたのは、どこの劇団にも、大手事務所にも所属しなかったことが大きかったのだろうと語る。
「もし劇団員だったら劇団公演があることに甘んじていたかも。でも個人だと『ここで頑張らないと次がない』という危機感があるからどうしたって必死になる。その緊張感で前へ進めた気がします。それにどこにも属していないからこそ、実にさまざまな人たちの作品に参加させてもらえた。お陰で役者としての演技の幅を広げることができたと思います」
20代のころは上昇志向の塊でギラギラしていた。「その割には社会人としての基本マナーができてなくて、遅刻や失敗も多く、人に迷惑をかけてばかりでした」。そんな北村さんを少しずつ変えてくれたのもやはり仕事の場。そこでの出会いによって、人として成長できたことは多いと感じている。
「例えば今度の公演『十一ぴきのネコ』の演出家・長塚圭史君なんて、チーム力、結束力を深めるのが上手だし、役者にちゃんと不平不満を言わせるところもすごい。彼だけでなく、一緒にいるだけで勉強になる人がたくさんいるのもこの仕事の魅力かも知れません」
そんな北村さんにとって今、一つの転機が訪れている。昨年(2014年)11月に男の子が生まれて父親になったのだ。
父親となり新たな欲が芽生える
「父の部分、役者の部分のバランスを考える時期だととらえています。自分の中にある役者としての貪欲さを見つめ直し、新たな高みを目指そうと思っている。現状に満足していたら、ただの家庭的なお父さんになってしまう。それが怖いんですね」
そこで浮かんでくるのが、やはり俳優だった亡き父、北村和夫さんの姿だ。
「役者を志し、父に頼らずにそれなりの努力はしてきました。でも常に、父は隣にある『そこそこ高い山』的な存在でした。比べてもしょうがないし、何をもって父を超えたかどうかという基準もないのですが、ずっと意識していたのは確か。そんな僕を父はどんな風に見つめてくれていたのかなと、今改めて思います」
好きな芝居を続けながら大黒柱として一家を支えてくれた。その父の背中に学んだものは計り知れない。だからこそ「自分もまた子供にちゃんとした背中を見せられる父親、そして役者でありたい」。そのためには若いころの野心にどれだけ立ち返れるか。北村さんの俳優人生の第2ステージは、そこから始まりそうだ。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
居酒屋で働いている気がします。ずっとアルバイトをしていましたし、案外、接客が好きなんですよね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
井上ひさしさんの『父と暮せば』。最初にこの作品の舞台を見た時、「これは日本人にしか描けない、日本が誇る名作だ」と感動しました。いつかその舞台に立つのが人生の目標になっています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
赤い革靴。15年ほど前、映画の制作発表の際に洋服を上から下まで自分でそろえたのですが、その時購入したのが赤い靴。おしゃれだなあとまさに一目ぼれ。それから年に1、2回、ここぞという場所にはその赤い靴で臨みます。
Infomation
こまつ座 第112回公演・紀伊國屋書店提携
「十一ぴきのネコ」
馬場のぼるの絵本『11ぴきのねこ』を基に、井上ひさしと作曲家・宇野誠一郎のコンビが書き上げた「十一ぴきのネコ」。リーダー格のにゃん太郎(北村有起哉)を筆頭に個性的な11匹の野良ネコが、人間社会の縮図を映し出す。井上ひさしが生涯追い求めたユートピアの原点がここに! 長塚圭史演出、音楽・演奏は荻野清子。「子どもとその付添いのためのミュージカル」という副題がついたこの作品、今回は3歳〜小学生のチケット代は1,100円だ。ぜひ家族で出かけよう。
日程:2015年10月1日(木)~17日(土)
会場:新宿駅南口・紀伊國屋サザンシアター
入場料(全席指定/税込み):大人7,000円、子供(3歳~小学生)1,100円、学生割引4,000円
出演:北村有起哉、中村まこと、市川しんぺー、菅原永二、金子岳憲、福田転球、大堀こういち、木村靖司、辰巳智秋、田鍋謙一郎、山内圭哉、勝部演之、荻野清子(演奏)
問い合わせ先:こまつ座 電話03-3862-5941
こまつ座公式サイト http://www.komatsuza.co.jp/
※大阪公演10月24日(土)・25日(日)、北九州公演11月7日(土)・8日(日)もあり。