第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.162俳優 音尾琢真
自分の特技を足し算し、この仕事に決めた
Heroes File Vol.162
掲載日:2017/3/9
「舞台の初日など、勝負の日にはついはいちゃうんですよね、赤いパンツを(笑)」照れ笑いしながらそう語る俳優の音尾琢真さん。北海道が生んだ人気演劇ユニット「TEAM NACS(チームナックス)」の最年少メンバーであり現在はナックスだけでなくドラマ、映画、舞台など幅広いフィールドで活躍している。そんな音尾さんに芝居のこと、そして仕事への思いなどを聞いてみた。
Profile
おとお・たくま/1976年北海道生まれ。演劇ユニット「TEAM NACS」の活動を始め舞台や映像作品で幅広く活躍。2017年3月10日から公演中の舞台「令嬢ジュリー」「死の舞踏」(Bunkamuraシアターコクーンにて交互上演/演出:小川絵梨子)の「死の舞踏」に出演中。
今、最もチケットが取れないと言われる演劇ユニット「TEAM NACS」。その中で末っ子キャラとしてメンバーからもファンからも愛されているのが音尾さんだ。ここ最近は硬軟さまざまな役を演じ、その実力に注目が集まっている。
そんな音尾さんが2017年3月10日開幕の舞台「死の舞踏」に出演する。熟年夫婦の激しい愛憎の応酬をシニカルに描いた翻訳劇。新進気鋭の演出家・小川絵梨子さんのもと、共演する池田成志さん、神野三鈴さんと3人で繰り広げる。
「僕もそれなりに経験を重ね、小器用さも身に付いたので、要領よく演じたりもできるのですが、共演の大ベテラン2人にはそんなこざかしい手は一切通用しません。演出の小川さんもウソやごまかしのある芝居を1ミリも許さない方。だから初心に戻り、素直に芝居に向き合っています。40代になって、こういう気持ちにさせてくれる作品に出会えてうれしく思います」
役者を志したのは高3の時だった。将来、何がしたいのか分からずに悩んだ音尾さんは、自分にできることをまず足し算してみた。
「新体操部だったので体がよく動く、国語の時間に声が良いと朗読を褒められた、授業の合間はずっと歌っているほど歌が好き。この3つの特技を生かせる仕事は何か。そうだ、芝居をやってみようと。実に安易でした(笑)」
でもその決意に素直に従い、大学では演劇研究会へ。そこで出会った森崎博之さん、安田顕さん、戸次重幸さん、大泉洋さんと5人で1996年にナックスを結成、そのまま役者人生が始まった。ナックスは初公演以降、回を重ねるごとに知名度を上げ、いつしかメンバー全員、地元・北海道のテレビやラジオに出演するようになっていく。
「5人そろってのテレビ番組をはじめ、ラジオリポーターやCMのナレーターをやらせてもらうようになり、今できることはこれしかないと思い込んで就職活動もしませんでした。大学卒業後も芝居やテレビなどの仕事を続け、そうしたら今に至ったという感じですね」
こう話すと順風満帆に聞こえるが、「正直、うだつが上がらない時期もあった」と言う。それでも続けることができたのは、ひとえにナックスというよりどころと仲間がいたから。
「5人が同じ志を持ち、一緒の方向へ進んでいた。極端な話、そこから外れて違うことをするのは許されないという総意が暗黙のうちにあった気がします。だからこそ先を恐れずにやってこられた。一人だったら挫折して他の仕事をしていたかも」。メンバーは永遠に同志でありライバル。「特に最近それぞれの活躍が目覚ましい。仲間として誇らしいです」
できないことを新たに身に付けるのも仕事
演劇ユニット「TEAM NACS」の一員として、北海道を拠点に活動していた音尾さん。2004年に活動の幅を広げ、仕事は全国区へ。数年後に連続ドラマのレギュラーも決まり、このまま一気にスター街道を進むかと思いきや、現実は甘くなく、期待ほどの躍進はなかった。
「その頃、ナックスの大泉洋が群を抜いて売れ始めた。彼なりの苦労は知っていたものの、悔しさとうらやましさでいっぱいでした」。なぜ自分は人気の波に乗れないのか、何が足りないのか。悶々(もんもん)と考える日々が続いた。
そんな音尾さんの気持ちを切り替えてくれたのが、11年の舞台で出会った演出家・飴屋法水さんだ。「稽古ではダメ出し続き。夜も眠れず、稽古場に行くのも嫌になるほど。でもある時思ったんです。自分にできることを組み合わせて与えられた役に挑むのも大切だけど、自分には絶対無理、できないと思うことを誰かに引き出してもらい、新たに身に付けるのも役者には必要だし、それが仕事でもあると」
飴屋さんには徹底的に自分のダメな部分を気づかせてもらった。以降、目の前の作品に真摯(しんし)に向き合うことでしか、現状を打破することはできないんだと思うようになった。
「僕が見たいのはサッカーの試合のような芝居なんだよねっていう飴屋さんの言葉も、深く心に残っています。結果がどうなるのかとただストーリーを追うのではなく、演じる人間のセリフや行動すべてが観客をワクワクさせ、夢中にさせる芝居こそが真に面白いんだと。以来、それが僕の理想の芝居になりました」
こんな具合に、自分の価値観に新たな風を送り込んでくれるような出会いが、仕事を通して数年に一度は訪れるという。
「今、出演中の舞台『死の舞踏』の演出家・小川絵梨子さんもその一人。こんなにも役と寄り添い、繊細な演出をされる方は初めてです。これまでの経験をいったん忘れて一から芝居を教えてもらっているような、不思議な感覚を味わっています。小川さんの期待に応えるべく、あえて手かせ足かせをつけ、更に自らを鍛える努力もしたいなと思っています」
17年の今年41歳。キャリアも20年を超えた。「昔よりは監督や演出家など作り手の思いに対し、いかに力になれるかなと考えるようになったかな。とはいえ、まだまだ半人前。誰からも認められるヒーローを目指して努力します」
ただ、どんなに経験を積んでも壁にぶちあたり、落ち込むことはある。そんな時は今も父親の言葉を思い出すそうだ。「くよくよしたらまず体を動かせ。そうすれば何とかなる」
ヘアメイク:白石義人(ima.) スタイリスト:村留利弘 (Yolken)
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
父親が警察官だったので、小学生の頃は“おまわりさん”になりたいと思っていました。あの頃の気持ちでいたら、なっていたかもしれないですね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
手塚治虫先生の漫画『火の鳥』です。初めて読んだのは高校生の時。衝撃的でした。長い年月を経て世界や宇宙は繰り返されるのだと教えられました。またそう考えることで、自分を慰めたりするのもいいなあと。以後、何度か再読しています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
赤いパンツをはいちゃいます。最初は初日とかここぞという大事な日にはいていたのですが、妻が新しく買ってきてくれたので、一日2回公演のある日もはくことにしました。それを何かで話したらファンの方が贈ってくださり、どんどん赤いパンツが増えて、結局、公演中は毎日赤いパンツになっちゃいました(笑)。
Infomation
昼夜交互公演「令嬢ジュリー」「死の舞踏」の「死の舞踏」に音尾さんが出演!
近代演劇の先駆者ストリンドベリの2大傑作と言われる「令嬢ジュリー」「死の舞踏」が、気鋭の演出家・小川絵梨子さんの指揮のもと上演される。驚きなのは、東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーンに二つの小劇場が設けられ、2作品が昼夜交互に上演されること。この前代未聞のプロジェクトに音尾琢真さんも参加。出演するのは「死の舞踏」の方だ。「長年寄り添った夫婦の、何とも言えない関係を描いた物語。僕が演じるのはこの2人と微妙な関係を持つ男。過去の自分から脱却したいとかいろんな葛藤を秘めながらも、理想の人間像を目指して生きる40男です。まさに40代男性の縮図を見に来て欲しい。タイトルほど小難しくもなく、気軽な内容ですので軽い気持ちで劇場にお越しください」と音尾さん。
日程:2017年3月10日(金)~4月1日(土)
出演:「令嬢ジュリー」小野ゆり子、城田優、伊勢佳世/「死の舞踏」池田成志、神野三鈴、音尾琢真
公式サイト http://www.siscompany.
com/sisw/gai.htm
問い合わせ先:Bunkamuraチケットセンター(電話03-3477-9999)