第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.166俳優 工藤阿須加
後悔しないためにどこかで覚悟を決める
Heroes File Vol.166
掲載日:2017/5/11
実は本欄「ヒーローズファイル」の記念すべき連載第1回に登場していただいたのは工藤阿須加さんの父でプロ野球監督の工藤公康さん。そのことを伝えると「え、そうなんですか!」と驚きつつ、「父がお世話になりました」と深くお辞儀。育ちの良さを感じる。俳優としてデビューし、6年目を迎えるという工藤さんにこの職業を目指した理由や現在の仕事への思いなどを伺った。
Profile
くどう・あすか/1991年埼玉県生まれ。2012年ドラマ「理想の息子」で俳優デビュー。NHK大河ドラマ「八重の桜」をはじめ数々のドラマ、映画に出演。日本映画批評家大賞新人男優賞受賞。最新作の映画『ちょっと今から仕事やめてくる』が17年5月27日(土)から全国公開予定。
真っすぐで優しい人柄がしのばれる。そんな印象を漂わせる工藤さんは、2012年にデビューした人気上昇中の俳優だ。
17年5月27日(土)に公開予定の映画『ちょっと今から仕事やめてくる』では、ブラック企業に勤める青年・青山を見事に演じ切っている。どんな作品においても真摯(しんし)に、ストイックに役と向き合う工藤さん。今回は会社員の感覚を身に付けようと、撮影前から自らスーツを購入し、毎日着て体になじませたと話す。
「会社勤めの心境も理解したくて、通勤電車に乗ったり、新橋など会社員が集まる場所に通って、仕事の愚痴やどんな思いで働いているのかを耳にしたりしました」。営業ノルマとパワハラに苦しめられ、心身が疲弊する青山の心境に近づくため、友人や家族とも会わず、自身を孤独な状況に追い込んだ。
そのかいあって、リハーサルでは本当に「死にたい、明日なんか来ないほうがいい」という心理状態になったという。「そんな青山が福士蒼汰さん演じるヤマモトと出会うことで救われ、希望を見いだしていく。その姿を見て一歩でも前へ進もうと思っていただけたらうれしいですね」
工藤さんは、幼いころからプロのテニス選手を目指していた。しかし高校1年の時に肩を故障し、断念。ふと俳優になろうと思い浮かぶも、選んだのは東京農業大学への進学だった。世界で初めて無農薬・無肥料でリンゴの栽培に成功した木村秋則さんの生き方に感化され、「僕が日本の農業を変えよう」と思ったからだ。
それが一転、俳優になると覚悟したのは19歳の時。父であり、現在はプロ野球の監督を務める工藤公康さんに「これから社会へ出ていくことになる。一人の男として自分の人生を決めなさい」と言われたのがきっかけだった。「意気込んで農大へ入ったものの、心のどこかで役者になりたいという気持ちがあったんだと思う。父はそれを察して気づかせてくれた。父のあの言葉が背中を押してくれました」
覚悟を持って行動する。それが絶対にプラスになると工藤さんは考える。
「覚悟を軽んじてしまうと、うまくいかなくなった時に誰かのせいにしてしまう。僕は19歳の時に父のお陰で大きな覚悟ができた。だから、うまくいかずに落ち込んだり、役者としてこのままでいいのかと悩んだりすることはあっても、辞めたいと思ったことは一度もないです」
この仕事には、キツイと感じてもそれを乗り越えたからこそ味わえる感動があると工藤さんは語る。それはきっと、どんな仕事においても言えることなのだろう。
人のためと思うことでさらにもっと頑張れる
今年(17年)で俳優デビュー6年目。これまでに数々のドラマや映画に出演してきた工藤さんが、あえてターニングポイントとして挙げるのは、3年前のドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」だ。
「同作の出演を機にいろいろな作品に呼んでもらえるようになりました。だけどどの現場でも、愛情あふれる監督や先輩との出会いがあり、芝居についても学ばせていただいた。それら一つひとつのピースがつながって今の僕がある。これからもいろんな人と出会い、さまざまな作品を経験することでピースが増え、それに伴って僕自身の考え方も変わっていくのかなって思う」
ただ、頑(かたく)ななまでに守り続けている思いが一つある。それは「僕の芝居を見て、気持ちがラクになった、前向きになれたと思ってもらえること。誰かが何かを感じ考える、そのきっかけになれるような役者を目指すことです」。
監督や先輩たちは、工藤さんを思ってアドバイスをくれる。ただ、人によって言うことが異なるし、その人の経験に基づくことが自分に当てはまるとは限らないので、すべてをうのみにせず、しっくりくると思える教えを選びながら自分のものにしているという。公開を控えた出演映画『ちょっと今から仕事やめてくる』では、成島出監督から掛けられた言葉が大きく心に響き、大事にしているそうだ。
「空を見上げ、僕と福士蒼汰さんに『お前たちはあの大きな動かない雲になれ。下手でもいい、ブレずに突き進めば必ず太く大きくなる。それが役者として成長するうえで大切なことだ』とアドバイスしてくれました。細かな演技の仕方や見え方など目の前のことにとらわれていると結局流され、自分の魅力を失ってしまう。確たる自分を一つ持っていないとダメなんだと」
その言葉を受け、自分は役者としてどうなりたいのか、今の自分がやるべきことは何なのかを見つめ直した。「いずれにしても今は、自分にできることを精いっぱいやって前を向き進んでいくしかない。昨日の自分を超えることを課題にして。立ち止まることも大事だけど、僕の場合まだその時期ではないと思うんです」
どうしてそんなに前向きになれるのか。工藤さんは「自分のためにという気持ちで頑張っていないからです」と伸びやかに言い放った。
「自分のために頑張ろうなんて思っていたら、たぶん途中で妥協してしまう。今のままで満足じゃんって。人は守るものがあったり、誰かのために頑張ったりすることで、より大きな力を発揮できるものです。何より、自分のためにやっていることでは人の心を動かすことはできない。そう思うんですね」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
農家か何か分からないですが、農業関係の仕事に就いていたと思います。もしかしたら、農業に関連して海外へ出ていたかも知れません。
人生に影響を与えた本は何ですか?
世界で初めて無農薬・無肥料でリンゴの栽培に成功した木村秋則さんの姿を描いた『奇跡のリンゴ』です。ものすごく感動し、「僕が日本の農業を変えよう」と思って東京農業大学への進学を選びました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ないです。ゲン担ぎはしないですね。
Infomation
出演映画『ちょっと今から仕事やめてくる』
2017年5月27日(土)全国ロードショー
「すべての“働く人”が共感して泣いた、60万部突破のベストセラー小説が待望の映画化!」といううたい文句の『ちょっと今から仕事やめてくる』が全国公開される。工藤さんが演じるのはブラック企業に勤める青年・青山隆。青山は仕事に忙殺され、上司からは強烈なパワハラを受けて心身共に疲弊していくが、彼の前に突然、謎の青年・ヤマモト(福士蒼汰さん)が現れる。大阪弁で、いつも笑顔を絶やさないヤマモトと出会ったことで、青山も前を向いて歩み始めるのだが……。社会に出て働いていれば、時に行き詰まって希望を見失うこともある。そんな心境から脱して、新たな一歩を踏み出したい人にお薦めの映画。仕事に悩んでいるなら本作を見てみては。
監督:成島出
出演:福士蒼汰、工藤阿須加、黒木華、小池栄子、吉田鋼太郎
公式サイト:http://www.choi-yame.jp/