第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.167アーティスト 西川貴教
もうやらなくていいなんてことは何もない
Heroes File Vol.167
掲載日:2017/6/8
西川貴教さんにとってのヒーローは“おじいちゃん”だという。派出所勤務で剣道の有段者。浅黒くて大酒飲みで誰からも慕われていた。「毎週末、近所に住む祖父の家に泊りに行くほど大好きでした」小学校高学年の時、そのおじいちゃんが病気で亡くなった。虚無感に襲われた西川少年の心を救ってくれたのがラジオから流れてきた洋楽。そこから始まった音楽人生。今、仕事に没頭する西川さんに話を聞いた。
Profile
にしかわ・たかのり/1970年滋賀県生まれ。96年にT.M.Revolutionの活動を開始。「WHITE BREATH」などヒット曲多数。滋賀ふるさと観光大使を務め、野外音楽イベント「イナズマロック フェス」を毎年主催。新著『おしゃべりな筋肉』(新潮社)が発売中。
数々のミリオンセラーを生み出してきた西川さんのソロプロジェクト、T.M.Revolutionが、2016年にデビュー20周年を迎えた。それを記念して17年5月に、新著『おしゃべりな筋肉 ―心のワークアウト7メソッド―』を発売した。
「もともとネガティブ思考で凡人の僕は、何度も失敗し、苦悩や挫折も経験してきました。それでもこの世界で何とか20年のキャリアを積むことができた。その中でつかんだ、心の鍛え方をつづっています」
西川さんは本をまとめる作業で、記憶の奥底にあったものをひもときながら、さまざまな気づきを得たという。「例えば仕事で何かを判断する際、それまでの蓄積だけでは足りないものが出てくる。そこを補うため、新たな学びや経験が必要なんだなと。平たく言えば、幾つになっても、もうやらなくていいなんてことは何もない。日々精進が大切ということです」
本でも語っているが、決して順風満帆に歩んできたわけではない。10代でバンドを結成し、大阪を拠点に活動してメジャーデビューが決まり、20歳で上京。しかし思うような結果が出せず、西川さんは3年でそのバンドを脱退する。
「所属先がなくなり、東京では知り合いも少ない。さすがに途方に暮れましたが、とにかくひたすら曲を作ることから始めました」
それをしばらく続けるが、このまま見つけてもらうのを待っていてもダメだと思い、一念発起。わずかなツテを頼って、一緒にやってくれそうな人を紹介してほしいと恥をしのんで頭を下げ、デモテープを渡して曲を聴いてもらうということを2年近く繰り返した。
そうしてようやく「一人でやってみないか」と声を掛けられ、T.M.Revolutionとしてソロデビューすることになる。1996年のことだった。翌年の97年には「WHITE BREATH」が大ヒット、あっという間にその存在が世間に知られるようになった。
「うれしかったですが、食うや食わずの生活が長かったのでにわかには信じられず、しばらくはタクシーを使えなかった(笑)。でも、長く何をやってもうまくいかず、その期間に、もがき苦しんだお陰で、何事も自分で動かなきゃ始まらないし、変えられないという考え方が身に付きました」
ソロデビュー当初、恥もプライドも捨て、絶対売れてやるという気概を持って自分にできる最大限の努力をした。「そう思って頑張ることができたのも、ソロデビューまでの挫折経験があったからかもしれませんね」
コミュニケーションには「甘える力」も大事
抜群の歌唱力に、ユーモアとエッジの効いたトークで多くの人を魅了する西川さん。実はアーティストとしては珍しく、事務所社長を兼業している。「最初に入った会社が独立採算制だったのもあり、将来を考えてデビュー2年後、個人事務所を設立しました。音楽活動の傍ら、税理士さんたちと打ち合わせをしたり、社員の面談をするというのはかなり大変で、今も戸惑うことは多々あります。でも、自己責任で何でもやれるというのは大きなメリットです」
2009年から故郷・滋賀県で開催している野外イベント「イナズマロック フェス」は、まさに自己責任の下にスタートさせたものだ。
「滋賀がどんなに素晴らしい所かを知ってもらうには、音楽と同じで百聞は一見にしかず、実際に足を運んでもらうしかない。イベントを作れば、滋賀の魅力をダイレクトに感じてもらえるのではないかと期待し、企画しました」
ただ、開始当初のころは行政とタッグを組んだ音楽イベントはほとんどなかった。西川さん自身もイベント主催のノウハウを持ち合わせていないこともあり、最初の3年間は「これでチケットが売れなかったら会社は倒産」という背水の陣で臨んだという。
「それでもやり抜くことができたのは、経営者としての責任と覚悟があったから。そしてもちろん、僕だけでは無理。共に頑張ってくれたスタッフや周りの人たちのお陰なのは言うまでもありません」。幸いにもイナズマロック フェスは回を重ねるごとに観客動員数を増やすことができ、今では滋賀県の夏の終わりを飾る風物詩として定着しつつある。
何より、このイベントを通して西川さんは多くを学んだと語る。「その一つが、すべてを自分で抱え込まずに人に任せることの大切さ。頼りにしたり、甘えることで相手との良い関係が生まれるし、チームの結束力も高まります」
そんな西川さんが、体を鍛えるようになってからもう15年ほどになる。正直「しんどいな、休みたいな」と毎日思う。それでも続けられるのは「面倒くさいな」という気持ちを乗り越えた先にある景色が見たいからだ。仕事も同じ。どんなにつらい局面を経験しても、音楽活動を続けていないと見られない景色がある。
「最近は若くて才能を持ったアーティストが続々と登場しているだけに、ますます負けられない状況になっています。いや、いろんなところで実は負けているんだけれど、『ここだけは譲れない』という自分だけの特性を作り続けることで対抗したい。それが今の僕のモチベーションになっていますね」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
小さいころは、父が公務員だったのと、とにかく絵を描くのが好きだったということもあり、中学校の美術教諭になるのが夢でした。堅実で安定した職種で、しかも好きな絵も描ける。2年に1度くらい町の公民館で個展でもできたら、なんて勝手に考えていましたね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
本というよりは、出会った人から影響を受けることが多いんです。最近だとテレビアニメ「STEINS;GATE」の企画・原案などで知られる志倉千代丸君。タッグを組んで今、バーチャルアイドルプロジェクト「B-PROJECT」でテレビアニメなどさまざまな展開をしているのですが、同い年で同じように会社経営もしているというのもあり意気投合。クリエーターとしてすごく考え方が面白く、刺激を受けています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ツアーの初日や楽日、イベントや初めての番組出演など、ここぞという時には必ず、どこか一つを「おろしたて」にします。靴下、下着も多いですが、事前に気に入った洋服を購入しておき、それを着て現場に向かうことも。僕にとって「おろしたて」は、成功するためのお守りですね。
Infomation
著書発売中!
『おしゃべりな筋肉 —心のワークアウト7メソッド—』
西川貴教=前向きで明るく社交的というイメージが強いけれど、元々はネガティブで人見知り。それでも心身共に鍛錬を積んでここまでたどり着いた。T.M.Revolutionとしてソロデビューし20年。多くの失敗から学び取った経験をもとに、七つの「心の鍛え方」メソッドがつづられている。「本を出すことで僕自身、まだまだ学びと経験のただ中にいるんだなとあらためて気づきました。読んでいただき、こんな考え方もあるんだなあとか、例えば明日の朝は少し早く起きてみようかなあなんて前向きな気持ちになっていただけたらうれしいです。へんてこりんな筋肉写真も楽しんでください(笑)」
出版元:新潮社
定価:1,404円(税込み)
発売日:2017年5月12日