巻ノ八十なんとなく変わっていく思い出を前にして、なんとなく転職を決意してみたわけでした
新卒時代から勤めていた会社には、色んな愛着がわいてくるものです。さらにそれが身内の立ち上げた会社だとしたら、思いの強さたるや言うまでもありません。
今回のC原さんは、まさにそれ。父の作った会社で働く一般社員だった彼。ところがもしその会社が、目の前で別の会社に変容していったとしたら……?
そんな今回の体験談です。
なんとなくの寂しさ
給料は多くはないけど、まあそこそこもらってて、信頼できる気さくなリーダーや自分を信用してくれる上司。馬鹿を言い合える同僚たちと、満足のいく環境で働けていたC原さん。
本来であれば、父の後継ぎとして会社のトップを目指すべきなのかもしれないですが、技術畑で育ってきた自分にその適性があるとは思えません。あんなバイタリティある働き方はできやしないし、そもそも父の経営手腕についてきた人たちが自分に満足してくれるとも思えない……。
やがて、後継ぎがいないことも影響してか、この会社はM&Aを手がける会社に売却されることが決まります。C原さんが28歳の年でした。
これにともない経営層は刷新されましたが、開発の部署自体は大きな方針転換はありませんでした。となれば、自身の好きな会社でもあるし、居心地もいいしで、特に身の振り方を考える必要はありません。自然とそのまま居座り続けていたのです。
しかし……。
人の出入りは続きます。
社名も変わります。
社屋の場所も変わります。
気がつくと、会社の雰囲気が少しずつ……少しずつ……似て非なるなにかに変わろうとしていました。
決して悪い方向への変化があったわけじゃありません。けれども、これまでに積み重ねてきた思い出が、目の前でどんどん変わっていくような寂しさがあったのです。
「そういえば昔から、一度は転職をしてみたいという思いがあったっけ」
きっかけはあくまでも「なんとなく」。けれども気がつけば、彼の気持ちはゴロゴロと転職の方向に転がり始めていたのです。
なんとなくで福来たる?
直属の上司である課長と部長には、転職を思いとどまるよう説得されました。この2人は会社売却後に新しく来た人たちだったので、その彼らから「いかに評価しており」「いかに頼りにしているか」を聞かされた時は、C原さんは非常にうれしく思ったそうです。
これが、いったんはC原さんに転職を思いとどまらせます。考えてみれば、元々明確な「転職したい理由」があったわけでもないですしね。
しかし、その気持ちも3カ月と持ちませんでした。一度「転職する」と思ってしまったことで、余計に社内の変化が目に付くようになってしまったからです。
結局C原さんは、再度上司に嘆願して退職を納得してもらいます。
その後は、2カ月ほどを作業の引き継ぎと有給消化にあてて、その中で転職活動も並行して行いました。同種の業界に狙いを絞ったこともあり、5社ほどまわってあっさりと内定。業種が似通っていたことと、開発職でありながら企画や社内折衝を経験済みであることが、即戦力としてアテにできると判断されたようでした。
ちなみに、C原さんがその会社に決めた理由は「雰囲気も良かったし、帰りにたまたま暇つぶしで買った漫画雑誌がおもしろかったので、これもなにかのお告げだろ」というものだったそうです。かなりアバウト。
と、そんな感じで、なんとなくではじまって、なんとなくで決めちゃった転職。けれども運が味方したのかC原さん、2年が経った今も、この転職には非常に満足しているそうです。
「企画にも口を出させてもらえるし、給料も少し上がったし、それに年齢の近い社員が多くて楽しくやってます」
そんな風に笑うのでした。
ご本人談では、あくまでも「なんとなく」に終始していた体験談だったのですが、なかなかどうして、「そんなこともないだろー」と思う体験談でもあったように思えます。
なんというか、地に足がついてるんですよね。すごく堅実に、かつ客観的に、自身のスキルと実績とを評価できてる方なのではないでしょうか。いい意味で肩の力の抜けた立ち居振る舞いが、知らず知らずに運を呼び込んでいるような気がしてなりません。
「よし、自分も真似て運を呼び込むぞ!」と、そんなことも思ったりして。
■著者プロフィール
きたみりゅうじ
もとは企業用システムの設計・開発、おまけに営業をなりわいとするなんでもありなプログラマ。あまりになんでもありでほとほと疲れ果てたので、他社に転職。その会社も半年であっさりつぶれ、移籍先でウィンドウズのパッケージソフト開発に従事するという流浪生活を送る。本業のかたわらウェブ上で連載していた4コマまんがをきっかけとして書籍のイラストや執筆を手がけることとなり、現在はフリーのライター&イラストレーターとして活動中。
遅筆ながらも自身のサイト上にて、4コマまんがは現在も連載中。
http://www.kitajirushi.jp/
■著書紹介
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