このエントリーをはてなブックマークに追加

「世界の壁」は「世界への扉」だった! 英語アレルギー&海外経験ゼロからの、グローバル人材への成長術

フィリピン留学・語学留学の口コミ情報サイト「School With」の代表としてグローバルに活躍する太田英基さんは、ほんの数年前まで海外経験・志向共にゼロだった、という。果たして、太田さんを変えたものとは何だったのか? 「グローバル」と聞いても「気になるけど何をすべきか分からない」「自分には関係ない」……そんな風に思っている皆さんは必見! 太田さんが「世界への扉」を開いたきっかけや、彼の行動のノウハウを参考に、ぜひ世界という舞台への一歩を踏み出してください。

世界一周の旅で出会ったのは、現地で奮闘するサムライたちの姿だった

海外で活躍する先駆者たちの情報を発信する「サムライバックパッカープロジェクト」

フィリピン留学からアメリカへと世界一周の旅をスタートさせるにあたり、太田さんは自分の旅の経験を通じて、「日本の若者のグローバル志向の底上げ」にも貢献したいという思いがあった。

「世界一周の旅を決断した時、多くの友人に会いました。そこで、ビジネスのアイデアを思いついたら『それが地球のどこで求められているのか』をまず考える、という横山さんの話(Vol.1参照)をすると、みんな自分と同じように驚いたんです。いわゆる大手一流企業に勤めているような友人でも、そういうグローバル的発想は一般的ではありませんでした」

みんな世界と向き合うきっかけがなかったからだ、と感じた太田さんは、自分自身がそのきっかけを提供しようと考えた。そこで、世界を巡りながら現地の日本人ビジネスパーソンをサムライと呼び、その情報を発信していく「サムライバックパッカープロジェクト」を立ち上げた。

「例えばスポーツの世界では、今や海外のチームで挑戦することが当然の選択肢になっています。それは、野球にせよ、サッカーにせよ、すでに海外で活動し成功をつかんだロールモデルの情報が豊富にあるからです。だったら僕は、ビジネスの世界のグローバル人材を発掘し、その情報をロールモデルとして、日本の若者に届けようと思いました」

世界50カ国を回りながら、たしかに存在するサムライたちの声を集めていった

海外で働くサムライを紹介する、「サムライバックパッカープロジェクト」 グローバルに活躍する日本人の中でも、太田さんが特に情報を発信していきたいと思ったのが、「現地に腰を据えて、現地の人向けにビジネスをしていたり、あるいは現地の人と一緒にプロジェクトに取り組んでいるサムライ」たちだ。「現地の人やビジネスと深く関わっているからこそ、より面白い話が聞けるはず、という思いがあった」という。

太田さんはフィリピン留学からアメリカへと渡り、その後、中米、南米、アフリカ、ヨーロッパ、中東、アジアへと旅を進めながら、その都度TwitterやFacebook、現地の大使館などを利用して情報収集を行い、各地で奮闘するサムライたちに会いにいった。

「旅の終盤のアジアでは、本当に多くの方から、現地で働く日本人のご紹介がありました。ただアフリカ、ヨーロッパ、中東あたりでは、まだ日本人も少なく、情報を集めるのに苦労しましたね。それでもたしかに、世界には自分の意思で道を切り開いたサムライたちがいました」

ここでは、太田さんが世界50カ国の旅で出会った約130名のサムライの中から、3名の方を紹介する。彼らが「世界」を活躍の舞台に選んだきっかけを、ぜひ参考にしていただきたい。

「好き」を追い求めた、抜擢のチャンスを生かした…… それぞれのサムライの物語

Iさんが作るビール。日本料理と相性が良いと評判で、着実にファンを増やしている。 太田さんがベルギーで出会ったIさんは、元々大手国内ビールメーカーの社員だった。しかし、次第に「自分自身が納得できるビールを自らの手で作りたい」と思うようになり、会社を退職して、一からビール作りを学ぶことを決意した。

そして、Iさんは醸造学と蒸留学を学べる環境を求めて、スコットランドの大学院に進学。そこで本格的なビール作りを学んだ。現在では、ベルギーで自分のビールブランドを立ち上げ、ヨーロッパで着実にファンを増やし続けている。

Iさんはいわば、「自らのやりたいことを追求するために、海外へ渡ったサムライ」だ。

太田さんがヨーロッパで出会ったもう一人のサムライが、日本のパーツメーカーに勤務するOさんだ。実は日本の中小メーカーは、海外へ商品を売り込むリソースを持たず、商社などの代理店に依存することが多い。しかし、通常でも高価な日本製品は代理店に頼ることでよりコストがかさみ、価格競争においては不利な状況に追い込まれやすい。

Oさんの会社も例外ではなく、自ら海外へ売り込みに行く中国や韓国メーカーにシェアを取られるようになっていた。そこで海外販売も自社主導で行うことになり、主要拠点としてヨーロッパオフィスの開設を決定。社内で唯一1年間の海外留学経験があったOさんがその担当に抜擢された。Oさんは、単独で駐在員として、ヨーロッパ各国の企業に商品を提案する毎日を送っている。

そんなOさんは、「抜擢のチャンスを生かして、海外に渡ったサムライ」だと言えるだろう。

さらにベトナムでは、こんなサムライに出会った。Mさんは元々大手インターネットサービス企業の社員で、ベトナムのスタートアップベンチャーに対する投資を行っていた。現地で生活する中で、成長市場でありつつも、競争相手の少ないベトナムの事業機会の豊富さに魅力を覚えたという。

ベトナムで生活を続ける中で、現地には「オシャレで美味しいピザ屋がない」ことに気が付いたMさんは、そこにビジネスチャンスを見いだした。そこで彼は会社を退職し、未経験から飲食業の経営に乗り出す。コストのかかるチーズを自家製にするなど綿密な事業計画を立て、ホーチミンに創作ピザ屋をオープン。現在では、現地でも評判の人気店となっている。

Mさんは、「海外で生活する中で、ビジネスチャンスを見つけ、それをつかんだサムライ」だ。

サムライたちの人生を自分の人生と重ねることで、世界が近くに感じられる

Mさんが活躍するベトナムのホーチミン。成長市場ならではの活気がある。 ここで紹介した3人は、もとからグローバル志向が強かったり、英語が得意だったりしたわけではない。興味のある分野を追求するため、ビジネスのグローバル化の影響、現地でビジネスチャンスを見いだしたため――、そのきっかけはさまざまであるが、全員が生まれ育った日本から世界へと飛び出し、困難を乗り越えながら、自分の思いを実現した。太田さんはこう語る。

「彼ら以外に僕が出会ったサムライたちはみんな、ふとしたきっかけと気持ち一つで、海外を活躍の場に選び、自分の人生の可能性を広げていったんです。一足先に世界に挑んでいった人たちの人生を、ぜひ自分の人生と重ね合わせてみてください。皆さんにも、挑戦してみたいと思っていることや、もっとワクワクできる可能性を見てみたいという気持ちが、どこかにあるのではないでしょうか? 世界を舞台に働くとは、非現実的なものではなく、そんな皆さんの希望を実現するために、目の前にある選択肢の一つなんです」

この「サムライバックパッカープロジェクト」を通じ、太田さんは「MUST」のリストにあった「世界中に仕事の相談ができる友達を作る」「世界のリアルを学ぶ」という目標も実現させていった。そして同時に、世界中に眠っている多くのビジネスのタネも発掘していったのである。

太田英基さんの画像

太田英基(おおた・ひでき)さん
1985年生まれ。2005年、20歳の時に広告サービス「タダコピ」を運営する「株式会社オーシャナイズ」を大学の同級生と共に起業。取締役を経て、2010年に退社。「サムライバックパッカープロジェクト」を立ち上げ、約2年間の世界一周の旅へ。旅中の2011年には東洋経済新報社から「フィリピン『超』格安英語留学」を、帰国後の2013年には、いろは出版より「日本がヤバイではなく、世界がオモシロイから僕らは動く。」を出版。2012年よりフィリピン留学・語学留学の口コミ情報サイト「School With」を運営。
Twitter: @mohideki / School With: http://schoolwith.me/

◎取材・文/米須 英明
◎デザイン/blue vespa
◎撮影/藤中 一平

この記事はいかがでしたか? ★をクリック!(必須)

バックナンバー

Vol.5 旅で培った経験を生かし、世界を舞台にしたチャレンジが始まった

世界一周の旅を終えてから、たしかに広がっていった人生の可能性

Vol.4 世界のリアルを学ぶ中で、グローバルビジネスのチャンスに触れた

ローカル市場を訪れる中で、世界のリアルを感じていった

Vol.2 グローバル人材への道のりは、嫌いな英語の克服から始まった

世界一周の前に乗り越えることを誓った、英語という大きな壁

海外転職ノウハウ

  • タイで働く
  • 英文履歴書の書き方
  • カバーレターの書き方
  • 海外転職に役立つ!国際資格完全ガイド
  • ビジネス英語ワンフレーズ
  • 人事担当者インタビュー
  • グローバル人材への成長術