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アメリカで働く(エンジニア/研究/編集)

今回は、アメリカで働いている人にスポットを当てて、仕事内容や仕事環境について話を伺います。

ソフトウェア・デザイン・エンジニア編

一人目は、シアトルが誇る大企業、マイクロソフトでソフトウエア・デザイン・エンジニアをしている難波“アレックス”克弘さんです。

Q.アメリカに来たきっかけは?

1989年に日本のマイクロソフトに新卒入社。その後、93年にプロダクト(Word6.0)をアメリカのチームと同時開発するために、約1年半の長期出張で来たのがきっかけです。
アメリカへの出張はそれまでも何回かあったけど、最長でも3カ月。での、その長期出張でシアトルに「住み」始めてから気に入っちゃって、アメリカのマイクロソフト本社にトランスファーしてもらい、会社にグリーンカードを取ってもらいました。

ちなみに、日本のマイクロソフトの新卒採用は僕の年が初めてだったのだけど、入社に至る経緯はちょっと変わっている。コンピューター・オタクだった僕は、中学生の時からコンピューター情報誌『アスキー』でアルバイトをしていて、大学生の時にはマイクロソフトの製品を取り扱う部門で働いていた。で、 日本マイクロソフトが設立される時に、『アスキー』から出向する社員と一緒にバイトとして付いていき、アルバイトから正社員に昇格になったんです。

Q.日本企業とアメリカ企業の違いは?

そもそも日本のマイクロソフトもアメリカの企業なので、完全な日本企業に勤めたことのない僕には比べられない。

でも、ボスが社員の働きぶりを「見張る」感じではなく、社員のプロフェッショナリズムを信じてくれるところがアメリカっぽいかな。大切なのは働いた時間ではなく、最終的に期間内にどれだけクオリティの高いものが仕上がるか、それだけが重要という。

年に2度のパフォーマンス・レビューで、ボスに働きぶりを評価されると同時に、ボスと1対1で心ゆくまでいろいろなことについて話し合えるのもいいですね。

働いている上で発生した不満や苦情を申し立てることもできるし、評価がおかしいと思ったらそれについて話すこともできます。

Q.働く上で感じた、アメリカ人と日本人の大きな違いは?

アメリカの人たちは本当にパーソナル・ライフを大事にしていて、仕事が終わるとみんなさっさと家族の元に帰ってしまう。日本のように、仕事の後に飲みに行くなんてことは、少なくともウチのグループではありません。飲み会が大好きだった僕にとっては、ちょっと寂しいけど(笑)。

コンピューターが相手の毎日だからこそ、もう少し他の人との交流があったらいいのにな、と思ったりします。

研究職編

二人目はバイオテクノロジーの会社で研究員をしている、みどり村井クラークさんです。

Q.アメリカに来たきっかけは?

日本の大学を卒業後、『Exchange:Japan』というプログラムのメンバーに合格して渡米しました。これは全米の中小規模の大学で日本語を教える代わりに、その大学で授業が受けられるというもの。残念ながらこのプログラムは現在ありませんが、これによって私は2年かけて理系の学士号を取得しました。

その後もっと勉強がしたくて大学院に応募。いくつかの大学院に合格しましたが、迷わずワシントン大学を選びました。主な理由は、大好きなスキーが存分にできる土地柄だったから(笑)。

大学院では森林資源学部で生態系の保護・復元を中心に勉強。卒論は遺伝子を使った侵略植物の品種解明でした。

Q.日本企業とアメリカ企業の違いは?

日本の会社では正社員として働いたことがないので比較できないのですが、知っている範囲で言うと、アメリカの企業は会社外の付き合いがゼロ。もともと飲み会が得意ではなかった私にはピッタリです(笑)。

また、私の会社は国際色が豊かで、同じ部署9人のうちアメリカ人は3人だけ。あとは、イギリス人、チリ人、中国人、ロシア人、そして日本人の私で構成されています。ハイテク企業の場合、外国人で構成されている会社が多いようです。

働く上で感じた日本との大きな違いは、アメリカでは敬語がなく、相手が社長でもファーストネームで呼び合うことでしょうか。日本では考えられませんよね、社長に「Hi,David! How are you today?」なんて声を掛けることなんて。

意外だったのは、アメリカの会社では仕事のスキルと同じくらいコミュニケーション能力が重視されるということ。いくら仕事ができても、口下手で人付き合いが苦手な人はあまり出世できません。アフター5の付き合いはないにせよ、社内では軽口を言い合ったりして、みんな和気あいあいと仕事をしています。

フリーランス・エディター兼ライター編

三人目は、ロサンゼルスでフリーランス・エディター兼ライターをしている森 真弓さんです。

Q.アメリカに来たきっかけは?

大学を卒業後、リクルートで4年間雑誌の編集をしていたのですが、多忙な毎日を送っているうちに、ふと「このままでいいのだろうか?」と思い始め、次のステップにつなげるための充電期間としてアメリカ留学を決意。2年間の予定でロサンゼルスに来たのがきっかけです。

当時は就職まで考えていなかったのですが、ロサンゼルスで日本語情報誌を発行している会社の編集長がたまたまリクルート時代の先輩で、彼女から一緒にやらないかと声がかかり、編集者としてその会社に入社することに。そして、この会社がワーキングビザ(H-1)とグリーンカードのスポンサーになってくれました。

日本語情報誌の会社に約7年半いて、これ以上学ぶことがないくらいにさまざまなことを経験しました。地元情報誌の編集者は編集業にとどまらず、取材、執筆、コーディネートや校正まで幅広くやらなければならないし、扱うテーマもさまざま。そのおかげで地元のショップ情報から政治・経済のことまで詳しくなり、ネットワークもできた。

そこで、それまでずっと会社員だったこともあり、これからは一人でやってみようと一大奮起。独立を決意しました。

Q.日本企業とアメリカ企業の違いは?

アメリカは実力主義の社会と言われますが、実力よりむしろ結果主義だと思います。日本では一生懸命に取り組む姿勢が評価されたりしますが、アメリカでは「どれだけ会社に利益をもたらしたか」がキーポイント。過程よりも結果に対してとてもシビアに考えます。きつい言い方をすると「無能な者は不要」という弱肉強食の世界ですね。

その反面、専門知識や技術がある人にとっては、年齢や性別に関係なく、平等にチャンスがある国。私だからできる、私にしかできないことを追求して前進すれば、認めてくれる土壌があると言えるのではないでしょうか。

Q.アメリカで働きたいと思っている人にアドバイスを

アメリカに住みたい、何でもいいから働きたい、とアメリカにやって来る日本人を多く見てきました。私はアメリカで就職活動をした経験がないので偉そうなことは言えませんが、「住みたい、働きたい」という漠然とした理由や憧れだけで実現できる国ではありません。繰り返しになりますが、私にはこれができる!という技術と、必ずこれをするんだ!という明確な目標がなければ決して成功しないと思います。

英語はできてあたり前。逆に言えば、例え英語ができなくても誇れる技術があればチャンスはある。手に職ではないけれど、自分にしかできないことを持っていなければ、「その他大勢」に埋もれて終わってしまいます。

人には、がむしゃらに頑張っても道が拓けない人と、力を抜いていても道が拓ける人がいます。その違いは、自分にしかできないオリジナリティーを追求しているか、そうでないかだと思うのです。

筆者プロフィール / スターバックス花子

1968年、東京生まれ。イベント会社でプランナー、出版社で編集者、派遣社員……といろいろした後、フリーランス・ライターに。特にトラベル・ライターとして活躍し(自称)世界各国を飛び回るが、何を思い立ったか33歳の時にいきなりアメリカへ留学。勢いあまって1年後に就職(まったくの予定外)。現在、ワシントン州シアトル在住。生粋の江戸っ子(3代目。それだけ自慢)。

スターバックス花子のドタバタアメリカ奮闘記

  1. 雨シーズン開幕のシアトルよりこんにちは
  2. アメリカで就職する その1
  3. アメリカで就職する その2
  4. 転職(就職)活動のインとアウト
  5. アメリカ・テレビ事情
  6. アメリカ人は働きすぎ
  7. アメリカの資格と転職
  8. アメリカで働く(エンジニア/研究/編集)