転職バーのハルカさん(8):銀の弾丸はどこにある?――ワクワクにワクワクしちゃダメよ

そこそこのエンジニア「シュウヘイ」が「転職バー」のハルカさん(白)に会いに行くと、そこにいたのはハルカさん(黒)だった。彼女は「明日、素晴らしい会社がシュウヘイをスカウトする」と予言するが……。

転職バーのハルカさん@IT自分戦略研究所編集部×マイナビ転職

登場人物

シュウヘイ
そこそこの大学を出て、そこそこのITベンダーで働く、そこそこのシステムエンジニア。給与とやりがいの持てない仕事や失敗の責任を部下に押し付けて逃げるばかりの上司に嫌気が差し、同業他社への転職を目指している

ハルカさん
「転職バー ハルカ」のバーテンダー。人の匂いからその心理や行動、未来まで見抜く特殊な能力を持ち、店を訪れる客の相談に乗っている

ハルカさん(黒)
占い師???

前回までのあらすじ

そこそこのITベンダーで働くそこそこのシステムエンジニア「シュウヘイ」は、転職活動中。転職バーのバーテンダー「ハルカさん」に相談に乗ってもらいつつ、“良い”転職先を探している。うーん、“良い”ってどういうことだろう?

2人のハルカさん

なあんか、この間へんな夢を見てから、どうも調子が出ないなあ……。AIやロボットに仕事を奪われちゃう時代なんて本当に来るのかな。そうなったら、プログラムを自分で作っちゃうAIが出てきて、僕みたいなエンジニアはもうお払い箱……。

僕、本当にITエンジニアとして、これからもやっていけるのかなあ……あれ以来、ちょっと怖くなって転職バーに行ってなかったけれど、やっぱりハルカさんに話を聞いてもらおっと。ハ、ハ、ハ〜ルカさぁ〜ん。

……あれ?

誠に勝手ながら、しばらく休業とさせていただきます。転職バー ハルカ

ええぇぇぇ! ハルカさんいないのー? うー。話聞いてほしかったのにぃ。

ちょっと待てよ。し、しばらくって、どれくらい? えっ? もしかして、もうハルカさんと会えないとか?

や、やだよ、そんなの。ヤダ、ヤダ! どこにいるの、ハルカさぁぁん! ハルカさんなしじゃあ、ぼ、僕生きていけない、死んじゃうよ。

あーウルサイ。

あれ? 店の前に、小さな机を出して座ってる女が1人。怪しい衣装を着て、机の上には水晶玉……

どうかしましたか?

占い師……さん?

まあ! 一目見ただけで、私の職業を見抜くとは、なんて鋭いお方!

(いや、その格好で水晶玉とか……)

イラスト1

この美女は誰? 新キャラ?

アナタは、ものすごい眼力と鋭い分析力の持主なのね。すごいわ! 10年に1人、いえ、100年に1人の逸材よ。

そ、そうかなあ……いや、まあ、普段からプログラムの細かいミスとかよく見つける方だけど……逸材……へへ、そ、そうですかねえ。

(こぉんな美人が僕に感心してくれている……ちょ、ちょっと仲良くなっちゃおかな……ごめんなさい、ハルカさん。ちょ、ちょっとだけ……)

いや、多分その辺は全然大丈夫だから。

あ、あの……僕、シュウヘイって言います。えっと、アナタは……。

わたしの名前は「黒井ハルカ」。腹黒の「黒」に「貞子が出てくる井戸」の「井」よ。そういえば、この店の主人もハルカだったわね。

それより、シュウヘイさんは、今、転職活動中?

す、すごい! そんなことも分かるんですか?

もちろんよ。私は一流の占い師なんだから。

そりゃあ、転職バーの前をうろついてるんだから、誰だってそう思うわな。

テクマクマヤコン、テクマクマヤコン

す、すごいっすね、黒ハルカさん。一流の占い師なんですね!

黒ハルカって……まあ、いいわ。とにかくシュウヘイさんは、鋭い上にスゴい感動屋さんでステキ。きっと素晴らしい転職先に出会えるわ。

そ、そうですか……へへへ……いやあ、自分でもそこそこの自信はあるんですけどね……今の会社じゃ、なかなか良い仕事をさせてくれなくて……やっぱり、見る人が見れば分かるんですね、僕の本当の力……へへ

シュウヘイさんほどの方に不満を抱かせるなんて、ロクな会社じゃないわ。とにかく、すぐにでも転職すべきよ。シュウヘイさんの就職先のこと、ちょっと占ってみるわね。

あ、お金はいらないわ。アタシね、シュウヘイさんには何か運命のようなものを感じるの。……そう、長く一緒にいられるような……。

長く一緒に……ええぇぇえ!(喜)

(ハルカさん、ごめんなさいごめんなさい。ちょ、ちょっとだけ、う、浮気してもいいですか。大丈夫です。ぼ、僕の本当の心はハルカさんのものです)

いや、だから、その辺は、ホントに大丈夫だけどさ……。

まず、このメアドに「履歴書」と「職務経歴書」を送ってくれるかしら。スマホやタブレットに入ってるでしょ?

履歴書と職務経歴書? (何か占いっぽくないな……)

ちょっと不審に思いながらも履歴書と職務経歴書を送ったシュウヘイ。それを一通り見た黒ハルカは、水晶玉に向かって占いを始めたよ。

テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、マハリクマハリタ、月に代わってお仕置きよ……っと。

ウソくさ。少しは疑えよ、シュウヘイ。

ど、どうすか? 分かりますか?

ダメだ、コイツ。

チャンスよ、シュウヘイさん! 明日の13時、あなたは将来性抜群の会社からスカウトされるわ。

ちょっとITを知っていれば、どんなカスでも……もとい、こ、高度なITスキルを持つ特別な人間を採用したいって会社からオファーが。

高度な……特別な……。

イラスト2

ほぉらほらほら。アタシの言う通りにしていれば、お金も仕事も思いのままよおーん。

見える、見えるわ! 給料は(会社側の)思いのまま。(どうせ辞めるだろうから)半年たてば、休暇も取り放題!

うへへへへへ。こりゃあ、運が向いてきたぞお! 思いのままの給料と取り放題の休暇で海外バカンスかあ? さて、どっちのハルカさんと行こうかなあ。2人の美女が僕を取り合って争うことになったりして……

なあんてなあんてなあんて!

ああ、バラ色の人生の始まりだあ)

もう何も言う気力がなくなったね、このアホには。

それでも物語は続けなきゃいけない。次の日の同じ時間、同じ場所にひとっ飛び。

ワクワクしてるんでしょ?

あっいたいた。黒ハルカさああん! AI企業から連絡が来ましたぁぁ!

今、旬の業種ね。どんな仕事内容なの?

人工知能の「先生」です。人工知能に人間と同じような仕事をさせるために、良いプログラムの作り方を教え込むんです。

プログラムを作るには、いろいろなコンピュータ言語の文法や、効率良く動くための工夫など、知らなきゃいけないことがたくさんあるんです。人工知能っていったって、最初は何も知りませんから、それをイチから教える仕事です。

良かったじゃない。もちろん、もう「OK」の返事はしたんでしょうね?

いえ、まだです。ちょっと違和感があるので、バーテンダーの方のハルカさんに相談してから決めようと思って。

(ドスのきいた声で)そんな煮え切らないことを言っていると、他の人に取られちゃうわよ。

(たたみかけるように)本当に合う仕事なんて、神様だって分からないのよ。シュウヘイさんは今、新しい仕事に心が躍ってる。違う?

(脅すように)仕事内容を聞いてワクワクしたんでしょう? 転職には、その心の動きこそが大切なのよ。ワクワクする気持ちを信じて、後は勢いでいくべきなんじゃないの?!

確かにワクワクしてます。それは確かです。でも、何か違うんです。

しょうがないわね。もう1回占ってあげる。

マハリクマヤコン、ヤンバルクイナ、必殺お仕置き人っと。

呪文が壊れてない?

キャーッッッッ!

どうしたんですか?

大変! その会社に入らなかったら、シュウヘイ君は血まみ……ああ、これ以上は恐ろしくてとても言えないわ!

彼女、ちょっと強引過ぎないか? そろそろ場面を急展開させる登場人物を招集してみようか。

ちょっと待ったあ!

げげっ、部長。

イラスト3

くぉらーーーーっ! このイタズラっ娘めーーー!

黒井くん、こんなところで何をやってる。(シュウヘイに向かって)君、黒井にだまされていないだろうね?

だ、だまされ?

彼女はわが「フューチャドリーマー」、つまり転職エージェントの人材コンサルタントだ。「超」が付くほどのダメコンサルで、入社してから2年間、成功実績ゼロだったんだ。

ところが急に成績が良くなったので、調べてみたら全部「AIパンサー」社への紹介だったんだ。

AIパンサーって、僕にメールを送ってきた会社じゃないですか。

まさか「OK」の返事はしていないだろうね。あそこは業界でも有名なブラック企業だ。

君も知っていると思うが、AIには教師が必須だ。いろんな業種のさまざまなデータやノウハウを教え込まなければいけない。AIパンサーは、とにかく人を集めて、コンピュータルームに押し込み、朝から晩までAIに教えさせ、ノウハウがなくなったら、即クビ。それを繰り返しているんだ。

まともなやり方じゃ誰も採用できないから、黒井に占い師のまねをさせて、なりふり構わず人集めをしているんだ。ここ3カ月で黒井に紹介されてAIパンサーに転職した人は100人。その100人全員がカンカンに怒って、わが社にクレームを入れてきてる。「黒井ハルカにだまされた」って。

おかげでウチの評判はガタ落ち。登録者数が日に日に減ってる。この損害は甚大だ。

し、仕方がないじゃないか。そもそもノルマがきつ過ぎるのが悪……。

じゃかぁしい! 話はオフィスで聞くから、さっさと片付けて会社に戻れ!

やれやれ、危ないところだったね。やっぱり、頼るべきは本物のハルカさんだ。

銀の弾丸はどこにある?

1週間後、転職バー ハルカは、ちゃんと再開した。

危ないところだったわね、シュウヘイ君。

な、何か足りない気がしたんですよね。はやりの仕事にスキルが生かせるって聞いて、確かにワクワクしたんですけど、まだ何か……。

若い人は時々、そのワクワクにだまされるわ。

ワクワクにだまされる?

今日のカクテルは「シルバーブレット」よ。飲みながら聞いてね。

AIの教師の仕事は、旬の業界だし、「スキルが合ってる」なんて言われたら確かにワクワクしちゃうわね。でもそのワクワクは外側からの要因で形作られたもので、内側からの衝動じゃない

ワクワクする気持ち自体はウソじゃないから、それが本当の希望だと思い違いをしてしまったり、転職先に求めるものの優先順位を見誤ってしまったりする人は結構いるのよ。でも、シュウヘイ君が本当に望んでいるものは違うんじゃない?

僕はやっぱり、モノを作り上げて、それが動く楽しみを追求したいって……。そうか、そこが引っ掛かっていたのか……。

シュウヘイくんがいま飲んでるシルバーブレット、「銀の弾丸」という意味なの。あなたは今、それを自分の中に取り入れた。あなたを動かす銀の弾丸は、外側にはない。あなたの心の中にあるのよ。

今回シュウヘイくんは、ワクワクにだまされずに自分で判断ができた。それはシュウヘイくんが、自分を客観的に見られるようになったってことじゃないかしら? シュウヘイ君がこうやって成長していくのを見るのは、楽しいわ。

(ずっと見ててください。ずっと……)。

ところで、ハルカさん、この前はどうして休んでいたんですか? どこかに旅行とか?

えっ?……そうね……そのうちシュウヘイ君にもお話しするわ。もう少し、先が見えたらね。

先? もしかして、ケッコン!?!?

ああ、このバカは本当にもう……。

つづく

カクテルを作るハルカさん

ハルカのワンポイントレッスン

「将来性のある業界」とか「自分のスキルが求められてる」といった言葉は、とても魅力的よね。でも、耳に心地良い言葉だけに自分の人生を託すのは危険だわ。

やっぱり、心の底からやりたいと思うことを見失わないようにするべきね。


※企画・制作:@IT自分戦略研究所編集部
※テキスト:細川義洋
※イラスト:鳴海マイカ(ad-manga.com)
※@IT Special の記事(2018年6月)に再編集を加えて掲載しています。

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