ITエンジニアコラム:きたみりゅうじのエンジニア転職百景

巻ノ三十二「ずっとこの仕事をしていきたい」 嗚呼、そう思っていたはずなのに

仕事を覚え、先パイの後をついでリーダーとなり、お客さんにも信頼してもらえるようになって、後ハイともウマが合う。
「やりがいたっぷり!」と幸せだったはずなのに……。
いつしか恐怖に押しつぶされて退職を余儀なくされた、そんなⅠ上さんの体験談です。

「死ね」「バカ」と恫喝(どうかつ)の言葉

社歴4年目にして突然言い渡された異動は、Ⅰ上さんにとって悪夢のようなものでした。
かつて先パイ、後ハイと3人で処理していた保守の仕事は、そのまま自分1人にのっかって、新しい部署へ。そして、まるでやる気のない先パイ社員と、2人でその仕事をする羽目になったのです。プリンタを運んだり、ケーブルを這わせたりと、結構力仕事も多いはずなのに、先パイ社員はいつもフリフリのスカート姿。その分をカバーするために……と、Ⅰ上さんの作業量は従来の2.5倍にまでふくらみました。
しかし、新しい部署の課長は、知ってか知らずか、さらに新しい仕事を割り振ってきます。当然、Ⅰ上さんには、そこに割く余力がありません。自然とそちらの仕事に対しては、覚えが遅くなってきます。
「バカ!」「使えねぇ!」「ふざけんな!」「死ね!」
そんなⅠ上さんに対して、課長のとった行動は「恫喝」でした。そして毎日のように、彼はⅠ上さんに罵声(ばせい)を浴びせ続けたのです。
いつからか、出社すると、恫喝を受けるのが日常になっていました。
はじめてのパワーハラスメント。そしてなにより、男の人の怒声というものに不慣れであったⅠ上さん。
「怖い……」
彼女はただただ、恐怖して、萎縮して、毎日を過ごすのみなのでした。

「このままだと殺される」そう思って踏み出した一歩

「バカ!」「バカ!」「バカ!」「バカ!」「バカ!」
そう繰り返す課長は、とうとう従来の保守の仕事にまで踏み込んできました。それも、わざわざお客さんのところにまで顔を出し、ことある事に「こいつ使えない奴なんでね」「こいつバカなもんで」と吹聴する始末。
今までに培ってきた信用は?
Ⅰ上さんが感じていたやりがい。そして安息の場所。それらはすべて踏みにじられていきました。
毎日が終電、もしくはタクシーでの帰宅でした。休日出勤も必須という状況です。しかし課長が残業を管理しているため、ほとんど残業代などつけさせてはもらえません。
忙しさと課長への不信、そしてなにより恐怖心とで、いよいよⅠ上さんの身体はおかしくなっていきました。ふと周囲を見れば、20名ほどの部署なのに、鬱休職者がすでに3名も出ています。
Ⅰ上さん自身も、精神科通いをはじめていました。
「このままだと絶対に殺される……」
こうして彼女は退職を決意するのでした。

その後、「コンピュータ業界なんて、もう絶対イヤだ!!」と心から思い、事務職を求めて就職活動をしたⅠ上さん。
たまたま応募した大学の事務職で「この職歴なら、是非研究室のコンピュータ管理に来て欲しい」と乞われ、今はそこの保守バイトのようなことをしています。
給与は安いけれど、納期や売上のノルマもなく、単純にコンピュータのトラブルに対応して感謝してもらえる毎日……。
「ああ、私は本当に保守の仕事が好きだったんだなぁ」
未だに精神科通いは続いていますが、再び取り戻したやりがいの中で、Ⅰ上さんの症状は一気に快方へと向かっているそうです。

オチの一コマ
本日の一句

男の人って、自分の怒声が女の人に与える影響に対して、けっこう無自覚なんですよね。
多くの女性が苦手としていて、「きゅうぅぅぅ」と心臓が握りつぶされるような、息が詰まるような感じになっちゃう。「怖い」というよりも、むしろ「苦しい」なんじゃないかなと想像します。
そんなのが日常的に続くとしたら、これはもう「見えない暴力」だ、とも思います。
Ⅰ上さんは「同じような症状で苦しんでる人が、勇気ある前進をできるように」と、思い出すのも辛い経験を投稿してくれました。
暴力から身をかわすのは「逃げ」ではないです。無自覚な暴力で身をさいなまれている人が他にもいるとしたら、やっぱり「勇気ある前進」を選んでもらいたいなと、そう私も思います。きたみアイコン

著者プロフィール

自画像きたみりゅうじ
もとは企業用システムの設計・開発、おまけに営業をなりわいとするなんでもありなプログラマ。あまりになんでもありでほとほと疲れ果てたので、他社に転職。その会社も半年であっさりつぶれ、移籍先でウィンドウズのパッケージソフト開発に従事するという流浪生活を送る。本業のかたわらウェブ上で連載していた4コマまんがをきっかけとして書籍のイラストや執筆を手がけることとなり、現在はフリーのライター&イラストレーターとして活動中。
遅筆ながらも自身のサイト上にて、4コマまんがは現在も連載中。
http://www.kitajirushi.jp/

著書紹介

キタミ式イラストIT塾「ITパスポート試験」 平成22年度キタミ式イラストIT塾
「ITパスポート試験」 平成22年度

出版社:技術評論社
定価:¥2,079(税込)
http://www.amazon.co.jp/dp/4774142026

★このコーナーが本になりました!

SE・エンジニアの本当にあった怖い転職話SE・エンジニアの
本当にあった怖い転職話

出版社: 毎日コミュニケーションズ
定価:1,470円(税込)

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena

勤務地を選ぶ

職種を選ぶ