巻ノ八十八フタを開けてみれば年俸ダウン。知人相手だったがゆえの、嗚呼転職落とし穴
巻ノ五十一で、「知人からのオファー」によって転職を果たしたK田さん。システムを使用する人々の生の声に触れられる環境で、社内SEとして毎日を謳歌(おうか)している……はずだったのですが。
時には知人だからこそ待ち受ける罠(わな)がある。そんなことを考えさせられる、今回の体験談です。
なんとなく曖昧にしてたかも
予想に反したボーナスの額。月給ベースは確かに前職と変わりありませんでしたが、年俸で考えれば100万円近い収入ダウンでした。
「考えてみればはっきりとした金額では取り決めていなかったのです」
大体こんな金額かなと伺いはたてたものの、「うん、まあそうね」と言われたらそれ以上の確認をしなかったのだとK田さん。知人相手だからこそ、お金の話をしつこくすることにためらいを覚えてしまったのは容易に想像できる話です。
ただ、それだけなら(よくはないけど)まあよかったのです。縁の下の力持ちとして社内システムの整備・改変に力を注いでいた彼のもとには、「本当に助かってます」と利用者の声が届くようになっており、その仕事自体には満足感を覚えていたからです。
しかし……。
「ウォーターサーバー事業をはじめるぞ」
「今度は飲み屋をはじめるぞ」
何を思ったのか、社長がM&Aに味を占めてしまいました。もともと新規事業を興してはポシャらせていた社長でしたが、それがさらにインフレを起こし、他社を買収してはその経営に参画する……というのを繰り返しはじめたのです。
かくして事業は増え、そのための人員もザクザク増えていきました。しかし一時的に大きな金が動いて「もうけている」と錯覚しがちなのですが、実のところ買収した会社はどれもこれも採算割ればかりで利益などありません。
……当然、増えた人員の分アシが出ます。
入社から1年が過ぎ、その年も終わろうというころ、あらかた整備を終えた社内システムを見ながら、K田さんは思いました。
「この会社は、何をやりたい会社なんだろうか?」
迷走する経営方針。上がる見込みのない給与。膨らんでいく赤字のタネ。
「もう駄目かもしれないなぁ」
2度目の転職を、うっすらと決意した瞬間でした。
かつての先輩からお声がかかる
年明け早々、K田さんは給与面の待遇改善を会社に求めました。回答は「無理」というもの。会社の先行きに不安を抱くようになっていたし、これ以上ここにいて学ぶべきこともないように思えます。ならば、とK田さんは転職サイトへと登録を済ませました。
「今すぐというわけではなく、夏ごろをめどに退職しようと考えてました」
そんな彼のもとへ、かつての先輩から「できればウチに来ないか」と打診があります。
この先輩、かつて自分の教育担当として指導してくれた人であり、数年間を同じチームで過ごしてきた間柄でもあります。当然仕事の取り決めは阿吽(あうん)の呼吸で、開発のクセも似ています。
実は先輩も、かつての職場から他社に移っており、そこで社内SEとして奮闘している最中だったのです。今のK田さんと同じく、たった1人でシステムの面倒を見ているようでした。 人員を追加したい。でも信用できる人間じゃないと……。
それがK田さんに声をかけた理由だったのです。
「今回の失敗があったので、その反省を踏まえて給与・待遇面はかなりしっかり確認させていただきました」
そうしてK田さんは、今はその先輩と共に、とあるフランチャイズチェーンのバックボーン管理を行っているそうです。
1人じゃないので、相談できる相手がいる。作業自体も分担できるし、何よりたわいのない歓談ができる。
「社内SEという肩書は同じなのですが、1人じゃないのはいいですね」
転職の結果は非常に満足と話すK田さん。今度は「失敗」とならずに済みそうです。
お金って、なんでああも「不浄なもの」扱いになるんでしょうね。霞(かすみ)を食って生きることはできないんだから、働く理由のかなりの部分が「お金」になってしまうのは致し方ない話のはず。それがなぜか浅ましいような扱いを受けて、後へ後へと追いやられる。
「奇麗事」「見栄」の世界なのかなーと思いますが、大体にしてその見栄が、後に禍根(かこん)を残すことになりがちなのは、まさしくK田さんの言う通りではないかと思います。
それはそうと、「1人じゃない」ってやっぱりいいですよね。フリーで働くようになってどれだけ経っても「いいな」と会社勤めの人をうらやむ気持ちが消えないのはその点なので、これはとてもとてもよく分かります。
■著者プロフィール
きたみりゅうじ
もとは企業用システムの設計・開発、おまけに営業をなりわいとするなんでもありなプログラマ。あまりになんでもありでほとほと疲れ果てたので、他社に転職。その会社も半年であっさりつぶれ、移籍先でウィンドウズのパッケージソフト開発に従事するという流浪生活を送る。本業のかたわらウェブ上で連載していた4コマまんがをきっかけとして書籍のイラストや執筆を手がけることとなり、現在はフリーのライター&イラストレーターとして活動中。
遅筆ながらも自身のサイト上にて、4コマまんがは現在も連載中。
http://www.kitajirushi.jp/
■著書紹介
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