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第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

Vol.1プロ野球選手 工藤公康
負けず嫌いが現役力の源

Heroes File Vol.1
掲載日:2009/5/22

工藤公康さんの写真1

体力の限界、引き際の美学によって引退するスポーツ選手が多いなか、あえて現役にこだわり、走り続けるプロ野球選手、工藤公康さん。なぜ彼は、今なお現役を続け、かつ第一線で活躍できるのか?その秘訣は常に新しいことに挑戦し、自分を変えていく心の柔軟性にあった。

Profile

くどう・きみやす 1963年愛知県生まれ。82年名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)からドラフト6位で西武ライオンズに入団。黄金時代の左のエースとして活躍し、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツを経て2007年から横浜ベイスターズ在籍。著書に『僕の野球塾』(講談社)、『現役力』(PHP新書)、『47番の投球論』(ベストセラーズ)など。私生活では2男3女の父親でもある。

アメリカ留学で芽生えたプロの自覚

工藤公康さん、46歳。1982年ドラフト6位で西武ライオンズへ入団以来、28年目のシーズンを迎えている。2006年まで在籍した3球団すべてで日本一を経験し、現役最年長記録を更新し続けている。
「自分で限界を作ったり、あきらめたりしない。そうしてしまったらそれ以上の成長はなく、ただ落ちるだけ。結果が出るかどうかは別。とにかく自分がやれることを一生懸命やる。前へ向かっていく気持ちがあるかどうかが大事だと思っている」

これまで引退危機、FA騒動、移籍など何度も逆境に立たされた。しかし、そのつど状況を受け入れ、不屈の精神で乗り越えてきた。それができたのは、若いうちにプロ魂をたたき込まれたお陰だという。
「プロ入り3年目、戦力にならない僕に業を煮やした当時の西武ライオンズ・広岡達朗監督に命じられ、アメリカの教育リーグ1Aへ留学したのが大きい。現地ではメジャーを狙って一球一打にかけ、真摯(しんし)に野球に取り組む選手たちに圧倒された。身震いするほどのプロ魂を見せつけられ、自分の甘さに愕然(がくぜん)とした。強くなるには技術よりも取り組む姿勢や、一生懸命な気持ちが何よりもまず重要なのだと教えられた」

引退危機を救った妻の内助の功

工藤公康さんの写真2

留学から戻ると、今度はかつて「8時半の男」といわれた故宮田征典コーチが「速い球には投げ方があるんだ」と猛特訓してくれた。球速が10キロアップ、146キロの速さで投げられるようになった。そして西武の左腕エースとして大活躍、2年連続日本シリーズMVPに輝いたのである。もう一つ、精神的にも大きな転機となったのは89年。体調を崩し、2軍に落ちた。「工藤はもうダメ、引退だ」とささやかれた。そんな工藤さんを救ったのが妻雅子さん。さすがに弱気になり、「来年ダメならクビ。そうしたら一緒に田舎で暮らそう」というプロポーズに、彼女は「このままでは悔しい。世間を見返してやりましょう」と答えた。

92年には筑波大学のスポーツ医学講師、白木仁先生と出会う。白木先生は右脚のハムストリングを肉離れしている工藤さんに「トレーニングすれば治るよ」と簡単に言った。しかも「工藤君が40歳までやるつもりなら真剣にサポートする」と。「野球を知らない人間が偉そうにと思い、ものすごくカチンときた」が、40歳まで野球がやれるならと本気で思った。過酷なトレーニングだったが、歯を食いしばりついていった。そのような経緯もあって、91年以降、5年連続で二けた勝てるまでに体は復活した。「負けず嫌いの性格に火をつけ、あきらめず頑張ることの大切さを嫁さんが教えてくれた。白木先生との出会いによって、自分を変えていくことが第一線で生き残るために必要なのだと学んだ」

振り返れば、いつも人との出会いが大切な何かを気づかせてくれた。だからこそ、今でも迷ったり悩んだりすると留学先や宮田コーチ、白木先生にたたき込まれたトレーニングを行う。「感覚を戻すためであり、初心に戻り、自分が何をすべきかシンプルに考えるため」である。

日々のハードな練習が育む強靭(きょうじん)な体とタフな精神

たとえば、ゲンを担ぎ、特別な思いを込めたユニフォームで試合へ臨むとする。ところが負けてしまった。どうするか?
「縁起が悪いから二度と着ないとは絶対に思わない。むしろその逆。勝つまでこれを着てやろうと思う」

相変わらず負けん気は強く、自ら気持ちを奮い立たせながら前へ進む。2007年から横浜ベイスターズに所属。先発で投げる機会は少ないが、落ち込む気配はみじんもない。
「チームへの思いが消えてしまったら、ここにいる目的がなくなってしまう。どんな立場でも、契約している限りチームのために今の自分ができることを全力でやる。先発ではなくリリーフにまわれと言われれば、喜んで投げたい。そこでいいピッチングができれば先発に戻れるかもしれないしね。チャンスを与えてもらえたことに、むしろ感謝。何でもプラスに受けとめたい」

過酷でつらい練習を3年続けたからといって、それが結果につながるとは限らない。しかし、結果が出ないからといって練習をやめるわけにはいかない。「それができてこそプロ」と言い放つ。

試合前、トイレでひとりシミュレーション

工藤公康さんの写真3

長く続けることができる理由として「最近になって、ものすごく野球が好きになったことも大きい」と工藤さんは言う。
「気がつけば、誰よりも早く起きてグラウンドへ行き練習を始めている自分がいる。登板前、トイレに座ってデータを見ながらその日どう相手を抑えていくかシミュレーションするのも楽しみの一つ。野球に浸かっている時間が楽しくてたまらない」

そう思えるようになったのは02年のシーズンオフに、米アリゾナで自主トレーニングを始めてからだ。
「入団3年目に留学した時の、原点に戻って心身を見つめ直すことができる場所。解放感あふれる、和気あいあいとした雰囲気のトレーニング施設もいいし、そこに来ている連中もいい。楽しみながらも必死に練習する若い選手たちの姿を見ていると、野球っていいもんだなと。同時にまだまだ負けるものかと闘志を駆り立てられる」

実は幼い頃、野球が好きではなかった。巨人ファンの父親につき合わされ、イヤイヤ始めたに過ぎなかった。
「家が裕福ではなかったこともあり、野球は特待生として高校に進学する手段だった。だから何度か野球から離れようとしたこともある。それでも引き戻されたのはやはり野球と縁があるんだと思う。46歳になっても続けているわけだし。こうなったら本当に体がボロボロになるまで投げ続けたい」

では、いよいよ引退せざるを得なくなったらどうするのか。
「その時は大学に行くつもり。トレーニング論や身体理論を学び、これまでの経験と併せてプロの野球選手の育成に役立てたい。子どもの時からしっかりと故障のない体の作り方、うまくなる方法を教えたい」

自分の可能性を追求し、挑み続ける工藤さん。新たな夢もいつか形にするだろう。来年は47歳。いよいよ背番号の年齢になる。

ヒーローへの3つの質問

工藤公康さんの写真4

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

料理の職人ですね。親に「野球選手にならないんだったら、丁稚(でっち)奉公へ行け」 と言われていましたから。

人生に影響を与えた本は何ですか?

『野村の極意 人生を豊かにする259の言葉』など、楽天・野村克也監督の著書を数冊今読んでいるところ。奥深いことが書いてあって勉強になります。

あなたの「勝負●●」は何ですか?

「勝負酵素」。夜、寝ている間に体の内部で働き、栄養の吸収を良くしたり、消化吸収を助けてくれる。内側から体を修復するため、なるべく酵素を取るように心掛けています。

Infomation

好評発売中! 『現役力』

成功体験を捨て、常に新しいことに挑戦しなければ、第一線では生き残れない。変わるきっかけはどこにでも転がっている。それに気づくか気づかないかで未来は変わる……。現役28年目の工藤公康さんの言葉だからこそ、どれもズシリと心に響く。「うぬぼれない、でも、へこたれない」ためのメッセージ。夢をかなえたいと思っている人を勇気づけてくれる1冊だ。

『現役力』
発行/PHP研究所(PHP新書)
定価/680円(税別)

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