第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.3俳優 福士誠治
まず、一歩進む
Heroes File Vol.3
掲載日:2009/6/19
昭和顔と自称する端正で落ち着いた顔立ちの奥には「個」であることにこだわる、男気あふれる気概が隠されていた。「役者の世界の中での戦いより、僕はお客さんに対して挑戦し続けたい」役者となって8年目。今後の成長も楽しみな福士誠治さんの素顔を追った。
Profile
ふくし・せいじ 1983年神奈川県生まれ。高校時代から芸能界入りを志し、2001年ごろからCM、ドラマに出演し始める。06年、NHK連載テレビ小説「純情きらり」の達彦役でブレーク。以後、映画にドラマに舞台にと幅広く活躍している。6月27日公開の映画『群青 愛が沈んだ海の色』では、長澤まさみ演じるヒロイン・凉子の心を救うために奔走する、内気な幼なじみ・比嘉大介を好演。沖縄の小さな島でのロケは人生観にも影響を与えたという。
次に踏み出すために、常にポジティブに切り替え続ける
ドラマ「純情きらり」の達彦さんか、「のだめカンタービレ」の黒木クンか。福士誠治という役者の名前を聞いた時、多くの人の脳裏には恐らく誠実で内気な好青年というイメージが浮かぶ。けれど、素顔の福士さんが放つ言葉は、そのイメージよりもはるかに力強く、熱を帯びていた。
「中学時代は野球少年、高校時代はバンド活動。じゃあその後は何をするという段階になった時、『僕個人で勝負してみたい。自分1人で何ができるのかを知りたい』という挑戦的な思いがわいてきました」
目指すは演技の世界。白羽の矢を立てた理由は、表現の世界に興味があったこと、目立ちたがり屋だったこと。高校3年生の決断は今思えば若干ライトではあるが、その後の福士さんには一切ブレがない。
「まったくのゼロから始めたから良かったんだと思うんです。エキストラから始まって、次第に少年C、少年B、セリフがひとつある少年Aへと昇格し、ついに役名が付く。そうして、少しずつ認めてもらっているんだという気持ちを持ちながらここまで来られたから、仕事がつらいと思うこともなかった。それに僕、オーディションとか落ちてもぜんぜん気にしないんです。例えばひとつオーディションに落ちました、でも、次の週に別のオーディションに受かりました。『あ、先週落ちたのはこの役をやるためだったのか』って思える。まぁ、ある意味言い訳なんですけれどね、ポジティブと言えば聞こえはいいけど(笑い)」
ネガティブな思いにとらわれていては次に進めない。それは、キャプテンでエースで4番という重責を負いながら試合に挑み続けた、野球部時代の経験が培った気質なのかもしれない。けれど、最新作出演映画『群青 愛が沈んだ海の色』で彼が演じる内気な青年・大介の生き方にも、福士さんは共通する思いを感じるのだという。
挫折経験や苦労話は「ない」と言っておきたい
「彼(大介)はなかなか自分の思いを表に出せない性格ではあるけれど、やはり前に進みたいと思うがゆえの行動が多い男なんです。一度出た島に戻ってきたのも、好きな女の子への思いを断ち切らないと自分がどこにも行けないと彼なりに考えたから。だから『彼女を助けたい』という自分の行動を正当化するための理由を作った。人間、理由付けができれば行動もできるものだと思うんです。役者を続けたい、だから常に考え方を前向きに切り替えるというのも、行動原理は大介と一緒。まず一歩進む。それが生きることだと僕は思います」
そんな福士さんにこれまでの苦労話や挫折体験を聞くと、即座に「ない」という答えが返ってきた。
「まだ未経験なこともたくさんあるこの段階で、挫折なんて言っていたらちょっと小さいんじゃないのっていうふうに思われるのはイヤ(笑い)。そういう意味では、今は沖縄の海に潜っているけれど2カ月後にはパリでオーボエを吹いているみたいな、常に刺激と変化のある仕事を選んだことは正解だったと思います。気持ちもどんどん切り替えられるし、性に合っていますね」
どのくらい一生懸命やるか そんなこと、考えなくていい
高校在学中から、役者の世界に飛び込んで8年目。最近は仕事のとらえ方もずいぶん変わってきたと話す。その変化の一端は、出演する作品を「プロジェクト」と表現するところにも表れているようだ。
「以前は、台本に書かれた自分の役をどう作っていくかという視点しか持てなかった。でもそもそもは監督やプロデューサーが、どんな作品にしたいか、どんなお客さんに見てもらいたいと思っているのかということが必ずある。最近はそれを受け止めて、じゃあ自分はどうするかと考えられるようになってきました。今、僕にとっての役者とは『物づくりの一員』。プロジェクトに参加しているその一人なんです。一緒に創(つく)り上げるだいご味を味わえるようになって、役作りの仕方も変わったし、演技する楽しさも格段に上がった気がしています」
そもそも、役者を仕事だと思ったことがあまりない。「卒業してからずっと大人の夏休み」と冗談めかして笑う。でも、だからこそ楽しむための努力は欠かさない。「夏休み楽しいよね、という環境の中にあって、『みんなで何か一緒に自由研究をやろうぜ』というのが作品作り。その中で誰かが手を抜いちゃうと、いいもの、おもしろいものは絶対できなくなってしまうと思う。あやふやな状態ではやりたくないんです。あやふやだなと感じるところは自分が怠けたところ。『まだ若手だからいいんじゃない』なんて甘んじるぐらいなら、役者である必要もないと思う」
そんな思いは、出演映画『群青 愛が沈んだ海の色』のロケで沖縄の小さな島に滞在してから、ますます強くなったという。
「台風が来れば物資さえ滞るような島で、それでも人が生きている。うん、生きるってやっぱりすごいことなんだとひしひしと感じました。極端な話、役者なんて衣食が足りて世の中が平和だからこそ成り立つ仕事。それをさせてもらっている幸せをかみしめて、これからも一生懸命やっていこうと。どのくらい一生懸命か。いや、そんなことはわからなくていい、とにかく魂込めてやれと」
お客さんの前に立ったらレッテルなんて意味がなくなる
南の島で新たにしたこの思いは、同時に役者であることの誇りも奮い立たせてくれた。プロジェクトの一員である前に、それぞれが「個」として成立していることが大前提の世界。その中で福士さんがこだわり続けるのは、見る人に対して自分が何を残せるのかということだ。
「事務所には所属しているけれど、役者には何のレッテルもない。どこの企業に勤めているとか何年やっているとか、お客さんにとっては何の意味も成さないですよね。舞台に立ったら、福士誠治という一人の人間としてしか勝負できない。でも、そういうシビアな世界だから挑戦しがいもあるし、作品の中ではどんな大先輩とだって対等でいられる。そこが役者のおもしろさだと思うんです。発信者でいたいという気持ちに、この仕事は間違いなく応えてくれる。だからこそ、僕の演技でこの作品をどこまで持っていけるのか、お客さんの気持ちをどれだけ動かせるのかということに挑み続けていきたいと思っています」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
正直、役者以外の道は考えたことがないんです。でも、あえて答えるなら「営業職」かな。自分が信じる商品なら、すごい勢いでプッシュできると思います(笑い)。いずれにしても人と関わる仕事であることは間違いないでしょうね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
西加奈子さんの『きいろいゾウ』。田舎暮らしをしている夫婦の話なのですが、その関係性があったかくてホッとできる。僕にしてはめずらしく繰り返し読んでいる本です。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
「勝負ミュージック」。ドラマや映画のBGMって、流れてくるとすごく盛り上がるじゃないですか。アレと同じ効果を自分の中に作ってしまう。大事な撮影の前には、そのシーンに合わせた自分プロデュースの音楽を聴いています。
Infomation
福士誠治さん出演の最新映画6月27日に公開!
病を治療するために東京からやってきた美しいピアニストは、島一番のウミンチュ(漁師)と恋に落ち一人娘を授かるが、天国へと旅立ってしまう。やがて成長した娘・凉子と共に育った幼なじみの一也、大介は複雑な思いを抱き合いながらそれぞれの道を進んでいく……。沖縄の小さな島、渡名喜(となき)島でのオールロケで敢行された撮影は、映像の美しさも見もの。思いを寄せる凉子を救うために奔走する福士誠治さん演じる大介のひたむきさが、静かな感動を呼び起こす作品です。
「群青 愛が沈んだ海の色」
監督/中川陽介
出演/長澤まさみ、福士誠治、佐々木蔵之介、良知真次ほか
有楽町スバル座ほか全国でロードショー
公式サイト/www.gunjou.com