第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.11ミュージシャン 宮沢和史
世界で自分を試したかった
Heroes File Vol.11
掲載日:2009/10/9
高校時代、地元の喫茶店を借り切ってコンサートを開いたことがあった。「あの時にたぶん、自分の歌に拍手をもらう喜びを知ってしまった」と、THE BOOMのボーカリスト、宮沢和史さんは言う。今年は、THE BOOMにとってデビュー20周年という記念すべき年。これまでの20年分の経験とこれからへの新たな気持ちを語ってもらった。
Profile
みやざわ・かずふみ 1966年山梨県生まれ。ギターの小林孝至、ベースの山川浩正、ドラムスの栃木孝夫と86年にロックバンド「THE BOOM」を結成し、89年メジャーデビュー。93年「島唄」が150万枚を超すヒットに。98年からはソロ活動も開始し、海外での楽曲リリースやツアーを積極的に行う。2009年10月7日、THE BOOMデビュー20周年記念アルバム「四重奏」をリリース。
誰も通っていない道を歩きたかった
4人組ロックバンド、THE BOOMとして多くのヒット曲を生み出し、ソロ活動や海外ツアーなどにも積極的に取り組んでいる宮沢和史さん。そのTHE BOOMのスタートは、原宿の歩行者天国(通称ホコ天)でのライブだった。2年半路上で歌い続け、1989年にメジャーデビュー。それから今年でちょうど20年になる。
「思えば、僕にはどこか戦ってきたようなところがあって」と宮沢さんは言う。誰もやったことのない音楽をJ-POPシーンでやってみたい、自分に影響を与えた海外ミュージシャンたちにもまねできない音楽を作りたい。そんな思いがデビュー当初から強かったと振り返る。
ロックバンドでありながらも、沖縄、ブラジリアン、サンバ、ラテン、民謡など、そのつど出会う新しい音楽にのめり込み、積極的に取り入れてきたのも、「誰も歩いたことのない道を切り拓(ひら)くミュージシャンでありたかった」からだ。変化することに不安はなかった。むしろ進化し、変わり続けることに「らしさ」があると信じていた。
そんな中、93年には、三線(さんしん)を使い、沖縄を歌った「島唄」が150万枚を超える大ヒットとなる。続いて95年発売の「風になりたい」も40万枚を超えるヒットに。「それを機に、いよいよ自分たちの音楽が海外で通用するかどうか挑戦したくなり、フランスの音楽祭やスイスのジャズフェスティバルに出演したわけです」
ブラジルとのかかわりが夢をかなえてくれた
ところがこれが全然ダメ。海外のミュージシャンにはできない音楽を作りたいと言っている割には、パフォーマンス、歌唱力、作曲力どれをとっても実力不足だった。愕然とした宮沢さんは、自分を鍛えるため、バンドと並行してソロ活動を開始する。
「THE BOOMの居心地の良さに満足していたら自分が理想とする音楽にたどり着けないと思い、ソロで動き始めました。子どもの頃からのあこがれのシンガー、スティングのクルーを集めてアルバムを作ったり、ブラジルに単身で乗り込みミュージシャン探しから始めてアルバムを作ったり」
自分の理想とする音楽はずっと遠くにある気がして、外へ外へと追い求めていった。それが決して最良の策かは分からない。しかし海外へ目を向けていたからこそ、いろんな出会いに恵まれた。魅力的な音楽に惹(ひ)かれ、訪ねた国で人と出会い、歴史を知ることで新たな曲も生まれた。特にサンバやボサノバへの興味から、14年間で20回以上通い詰めたブラジルでは様々な出会いがあり、より深い関係を築くことができた。
「昨年は、日本人がブラジルへ移民として渡って100年目という記念すべき年でした。ずっとかかわってきた両国のつながりを深めたくて、ブラジルと日本両方でライブを敢行するなど、14年間の集大成に全力投球しました」
移民100周年とのかかわりはまさに理想とする音楽の一つの在り方だったのかも知れない。だからこれで一区切りついたという感慨と充実感があった。そして、直後にTHE BOOMの20周年。絶妙なタイミングで、新たなスタートに立った。
人生、トライ&エラー。時には休む勇気も必要
デビュー20周年記念アルバム「四重奏」は、今まで咀嚼(そしゃく)したり、吸収してきたノウハウや技術、経験をいったん忘れ、裸になったところで出てくる音や言葉をスケッチしながら生まれた曲ばかりだと言う。曲作りは、ギター1本だけ持って出かけた旅先で。
「ラテン風とか、ロック調にしようというのではなく、今出したい音、今歌いたいことを素直に追求していった。そうしたらあふれるように曲が生まれてきた。4人の個性が一番出ているアルバムになりました」
20年間メンバーが変わらずにバンド活動を続けることができたのはなぜだろう。
「メンバーも周りのスタッフも、休むことを怖がらなかったからだと思う」
一つ目標を達成しても、次にどう進んでいいのか分からない、煮詰まってしまうといったことは誰にでもある。そんな時にはあえて無理せず、活動を休止した。それができるバンドだったから、今もTHE BOOMは続いているのだと言う。
これまで、理想の音楽を遠くへ探し求めていた宮沢さんだが、最近になって「身近にも幸せや理想郷はたくさんあるじゃないか」と思うようになった。
「あまりに前のめりに突き進んできたので、その間に見落としていたり、大事に熟成させなくてはいけないことがあったんじゃないかという自覚症状はありますね」
とはいえ、決して現状に満足しているわけではない。さらに進めば楽しい何かがある、もっと自分を駆り立たせる人や音楽との出会いがあると信じている。
「海外ツアーで全くお客さんが入らなかったことなど失敗も多いんです。ずっとトライ&エラーの繰り返し。だけど見知らぬ土地で多くの人に曲を聴いてもらい、喜ばれる最高の瞬間を味わってしまうと、失敗なんて恐れていられないんです」
成功した時の喜びは、失敗した時の挫折感を経験しないことにはつかめない感覚。だからこそ、思い立ったら前に進む。
「僕だって失敗を後に引きずることも多い。でも落ち込みながら次を考えればいい。方向性を見失い曲が出てこない時は、旅に出たり新しい楽器を買ったり。意外にそれだけで次が見えてきたりするものです」
日系人との出会いを機に昭和歌謡を勉強中
最近、宮沢さんは昭和の古い歌謡曲をいろいろ勉強しているのだと言う。
「幼い頃に聴いていた日本の歌謡曲を、地球の裏側の南米で何度も耳にしました。そこで改めて昭和の古い曲の素晴らしさを認識したんです。深いし、色鮮やかだし、メッセージ性もある。日本人にしか生み出せないメロディーで、耳にも心にも残る。こういういい歌を僕も作っていきたい」
多くの人が楽しいと思ってくれる曲もいい。でも「その場が楽しければいいじゃん」でとどまる音楽には関心がない。
「聴き終えた翌日、少しでもその人に影響を与える音楽の作り手でありたい。それと、肩を優しく抱いてあげる歌も必要だけれど、脇をつかんでグイっと引っ張って気持ちを引き上げる、そんな強さのある音楽も世の中には必要。そこにもこだわっていきたい」。
静かだが、内に秘めた思いは相当熱い。だからこそ彼の歌は世代、国境を超えて心に響く。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
釣り関係でしょうか。と言っても、渓流釣りが好きなので、釣り具屋さんか、渡し船かな(笑い)。
人生に影響を与えた本は何ですか?
村上龍さんの「愛と幻想のファシズム」。大学時代に読んだときはピンとこなかったのですが、大人になって再読したら燃えましたね。村上龍さんの著書では「半島を出よ」も好きです。それと、垣根涼介さんの作品で、アマゾンへ移民した人が主人公の小説「ワイルド・ソウル」もいい。エネルギーをもらいました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
「勝負ギター」。曲作りのため旅に出るとき、「今回はこのギターかな」と、いくつかあるギターの中からチョイスして連れていきます。バックパッカーなどハードな旅になることも多いので、盗まれてもいいようなチープなギターや、タフなやつを選びます。そういうのに限って盗まれることはないんですよね(笑い)。
Infomation
THE BOOM 20th ANNIVERSARY ALBUM「四重奏」
2009年10月7日発売
デビュー20周年を迎えたTHE BOOMの、5年振りとなるオリジナルアルバム。「夢から醒めて」「All of Everything」「My Sweet Home」を含む計10曲を収録。「これまでのアルバムの中で、一番4人の個性が出ていると思う」と宮沢さん。THE BOOMの20年間の経験と新たな気持ちを込めて製作された珠玉の1枚。なお、CD+DVD仕様版には、2009年5月30日、日比谷野外音楽堂で行われた20周年記念ワンマンライブ「WE ARE THE BOOM !」の映像が収録されている。
「四重奏」
定価/【CD+DVD】¥3,600(税込)、【CD】¥2,800(税込)
発売元/エイベックス・エンタテインメント