第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.19俳優 市原隼人
役に入り込むのが楽しい
Heroes File Vol.19
掲載日:2010/2/5
小学5年のとき、渋谷でスカウトされ芸能界入り。岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』で映画主演デビュー。以降、数多くの話題作に出演している、市原隼人さん。1つの作品に取り組み始めると、他のことが考えられなくなるほどその役にどっぷりのめり込む。それが楽しくてたまらないと語る。まっすぐな熱血漢の市原さんに話を聞いた。
Profile
いちはら・はやと 1987年神奈川県生まれ。2001年映画『リリイ・シュシュのすべて』でデビュー。『偶然にも最悪な少年』で04年日本アカデミー賞新人賞を受賞。それ以降、映画、ドラマなど数々の話題作に出演する。09年には映画版『ROOKIES ―卒業―』が公開され大ヒット。主演ドラマ「猿ロック」(日本テレビ系)も映画化され、2月27日から『猿ロック THE MOVIE』として全国公開される。
積み木を重ねるようにコツコツ努力する
柔らかく、それでいて力強いまなざしが印象的だ。満面の笑みで真っすぐに人を見る。質問を投げかけると、少し視線をそらして、考えながら早口で話す。飛び出してくる言葉には、ただひたすら芝居が好きだという純粋な情熱がほとばしる。
俳優、市原隼人さん。大ヒット作「ROOKIES」同様、昨年主演を務めたドラマ「猿ロック」が映画化され、この2月に公開となる。市原さんの役は天才鍵師、猿丸耶太郎(通称サル)。
「何が正しくて、何が間違いなのか分からなくなってしまった今の世の中だけど、みんなが幸せになれることって何だろうというのを、常にサルは頭ではなく、動物的な感覚で求めている気がしました。だから、考えるよりまず行動する。真っすぐで熱くて、人を絶対に疑わないし、人を裏切ることもない。その半面、女の子にはめっぽう弱くチャーミングでかわいいところもある(笑)。サルは人間臭くて楽しい役でした」
ハイテンションな疾走感だけでなく、そんなサルの愛くるしさも出るようにと、現場では終始笑顔を心がけた。市原さんの明るさが現場の雰囲気を高め、結果的にとても温かな作品に仕上がった。
とにかく役にどっぷりのめり込む。一つの撮影に入ると、私生活もその作品の色に染まってしまう。「猿ロック」の撮影中は、家にいてもしゃべり方や体の動かし方、物事のとらえ方すべてがサルだった。
「そうすることが楽しいんです。役によっていろんな自分の表情を見ることができるから。ただ最初からその役に成りきるのはさすがに無理。どの役も、積み木をコツコツ積み上げていく感じで取り組みます。それをどこまで積み上げられるかが大事」
この仕事に就けたことがすごくラッキーだった
小学5年でスカウトされ映画『リリイ・シュシュのすべて』でデビュー。繊細な演技が高く評価されたが、自身が芝居をおもしろいと感じ始めたのは10代後半からだ。
「俳優部、撮影部、録音部、照明部、製作部などが集まって、本番の一分一秒を作り上げていく。それぞれがビジョンを考える交差点の中で、じゃあ自分は俳優としてどう動けばいいのか。もっと何かできるんじゃないかって、そんなことを考えるようになってからがぜん楽しくなりました」
撮影の合間の「待ち時間」という感覚も市原さんにはない。「その時間だって誰かが動いているわけだから、僕も考えたり動いたりしていたいんです」
「隼人君の笑顔に励まされました」「入院中にドラマを見て元気が出ました」といった手紙がファンから届く。「読む度に、この仕事は引くに引けないって思い知らされます。このままやっていくしかないって」
決して否定的な意味ではない。むしろ、そんなふうに人に思ってもらえる仕事に就けたことがうれしくてたまらない瞬間だ。今の自分を作ってくれた周りの人たちにも、感謝の気持ちでいっぱいになる。「真っすぐな気持ちで見てくれる人たちに対して、中途半端な芝居では失礼だと思う」。だから常に本気でありたいし、やるなら全身全霊で勝負したいと考える。
人のせいにしたって何も始まらない
どんなに前向きな言葉を口にしても、落ち込むことは誰にでもある。市原さんだって同じだ。常に悩みはあるし、追い込まれることもある。でも、嫌なこともつらいこともひっくるめてこそ、人生は楽しいと言う。
「つらくてどうしようもない時も、逆にそれすらも快感にしてしまう。ここまで落ち込んだ自分が、果たしてどこまで行けるのか、こんな気持ちになっているからこそやるしかないなと腹をくくると、意外に楽しい気持ちになれたりするんです」
映画『猿ロック THE MOVIE』の撮影中、自分の芝居に満足できなくて涙が出るほど悔しい時があった。
「何でだろう何でだろうって、自分でも訳が分からなくなるほど考えた。でも、それを乗り越えたら、妙にすがすがしくて。ああ自分はこんなにもこの役に没頭できたんだって思えた。もちろん、人のせいにしたくなる時もあります。でもそういう自分は悔しいし、恥ずかしい。人のせいにしたって何も始まらないわけだし」
前に進んでいくためには自分で動くしかない。とはいえ、どうしてそこまでがむしゃらに突き進んでいけるのか。
「がむしゃらにがんばった後って気持ちいいじゃないですか。悔しいってことは、その時点で壁が一個できているんだから、さらにがんばれって意味だと思う。やるならとことんやりたいっていう気持ちが、自然にわき上がってくるんです。それこそがまさに俺(おれ)なんだという気がします」
いつか自分の子供に自慢したい
幼い頃、父親に「何事も考えてから動け」とよくしかられた。好奇心がありすぎて、気づけばいろんなところで遊び回っているような子供だったからだ。
「ボーっとするにしても、何分か決めてからボーっとしろと(笑)。あとは先のビジョンを考えろとか、できないことがあるなら人の10倍努力しろとか。今となってはそれがよかった。何をするにしても、誰かとの競争ではなく、自分に勝負かけるしかないと思えるのも、そうやって育てられたお陰だと思う」
では、役者になって磨かれたものは何か。そう尋ねると、迷わず「感性」と答えた。
「人の細やかな感情表現が商売道具なので、人の感情を知りたい時、いろんな角度から見たり、探ったりしようとするようになった。いろんなものの見方ができるようになった気がします」。そして、様々な役柄を通して、いろんな自分を見ることができる。それが今感じている、この仕事の一番の魅力かもしれないと語る。
今もこれからもずっと人生の通過点。だから、特に将来の目標など掲げていない。
「目の前のものにちゃんと向き合いながら、新しい自分を発見していきたいです。そして、いつか子供ができた時に『父さんは、こんなことをやってたんだぜ』と言いたい」
今後の目標への問いかけにそう答える市原さんは、どこまでも熱い。そしてその中には常に人間らしい優しさがある。だから、心地いい。こちらまで温かくさわやかな気持ちになってくる。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
表現者ですね。何かしらものを作る仕事に関わっていたと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
「笑ゥせぇるすまん」(藤子不二雄Ⓐ)。ブラックなんだけれど、人間味があってリアルな感じがして好きです。何度も読んでいます。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
勝負「7」ですね。ラッキー7が大好きで、いざというときは、7歩目から歩き出すようにすることもあります。
Infomation
映画『猿ロック THE MOVIE』
2月27日(土)から全国ロードショー
サルこと猿丸(市原隼人)は、下町商店街の天才鍵師。弱点はとにかく女に弱いこと。ある日、マユミと名乗る美女(比嘉愛未)の依頼で金庫を開けたら、なぜかその日から銀行強盗に追われ、警察からも指名手配されるなど、次々トラブルに巻き込まれてしまう。果たしてこの女は? サルの運命は!?
累計400万部を突破した大人気コミックが原作であり、テレビドラマとしても話題を呼んだ「猿ロック」が早くも映画化。アクションシーンも満載でスケール感、スピード感のある展開も見逃せない。「泣けるし、笑えるし、汗もかく。心があったかくなれる映画に仕上がっていると思います。ぜひ見てください!」(市原隼人さん)。
映画『猿ロック THE MOVIE』
キャスト/市原隼人、比嘉愛未、高岡蒼甫、芦名星、渡部豪太、和田聰宏、光石研、西村雅彦、國村準、小西真奈美ほか
原作/芦沢直樹「猿ロック」(講談社ヤンマガKC刊)
監督/前田哲
公式HP http://saru-movie.jp