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第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

Vol.24歌手 中 孝介
奄美の文化を発信したい

Heroes File Vol.24
掲載日:2010/4/16

中 孝介さんの写真1

奄美大島のシマ唄のスピリットを活かし、J-POPを歌う中孝介さん。「地上で最も優しい歌声」と称される彼が、歌い始めたきっかけや、今も拠点をおく奄美大島と、その地で受け継がれてきたシマ唄への思いを、熱く語ってくれた。

Profile

あたり・こうすけ 1980年、鹿児島県・奄美大島生まれ。2000年の奄美民謡大賞で新人賞、同年日本民謡協会の奄美連合大会で総合優勝。06年「それぞれに」でデビュー。07年にリリースした3枚目のシングル「花」が大ヒット。10年4月21日(水)にミニアルバム「うがみうた ~絆、その手に~」をリリース。5月3日(月・祝)から全国11カ所でツアーを行う。

奄美に生まれながらシマ唄との出会いは高校時代

奄美大島のシマ唄(うた)のスピリットを生かしJ-POPを歌う中孝介さん。一度聞いたら忘れられないその歌声は、人々の血の中に眠る太古からの思いを呼び覚ましてくれる。奄美大島で育った中さんが、初めてシマ唄と出会ったのは意外にも高校生の時だった。
「それまでは普通にミスターチルドレンなどJ-POPが好きでした。でも高校1年の時、偶然出かけたコンサートに出演していた、当時高校3年の元ちとせさんのシマ唄を聞いて衝撃を受けた。その歌声で子供の頃の懐かしい情景がよみがえり、郷愁がそそられたというか。初めて奄美という故郷の良さを認識したんです。また、同年代の元さんが、シマ唄という地元の文化を継承していることにカッコ良さを感じ、自分も彼女のように人に感動を与えられる歌い手になりたい、と思いました」

それから中さんはシマ唄のテープやCDを聴き込み、こぶしのつけ方やうねりなどシマ唄独特の歌い方を独学で学び、さらに島のお年寄りを訪ねて教えを請うた。「最初は自分と同年代の歌手のシマ唄を聞いていましたが、シマ唄の大会などに出て熟年以降の方の歌を聞いた時、彼らの歌はどこか哀愁があり、たとえ上手ではなくても若い世代には出せないソウルフルなうねりがあると感じた。そういうものを自分も出せるようになりたいと、教えていただいたんです」

奄美の文化を全国に発信できる方法を模索

中 孝介さんの写真2

さらにシマ唄を追求するため、中さんは琉球大学に進学。一般的に沖縄の民謡は陽気な祭りの音楽というイメージがあるが、奄美のシマ唄の背景にあるのは島の悲しい歴史。琉球王国や薩摩藩など、その時々の権力に虐げられてきた人々のつらさや悲しみを癒やすために、生まれたものだという。
「大学で沖縄に来て圧倒されたのが、沖縄の人々には自分たちの文化を発信するパワーがあること。でも奄美は逆です。虐げられてきた歴史があるため、守りの姿勢に入ってしまう。また、奄美ではシマ唄を仕事にする考えはなく、歌い手も本業は別にあります。休暇を利用してイベントなどで歌うというスタイルはすごくすてきですし、奄美の歴史や人と人が支え合う人間の根本が歌われ、それが人々に受け継がれているのも奄美のシマ唄ならではです。そんな中で、何か自分も奄美の文化を発信していけないかと考えるようになりました」

デビューの誘いを受けた時、彼が決めたことは、奄美大島を拠点に活動すること。そして、シマ唄そのものではなくそのスピリットを生かしてポップスを歌い、新しい音楽を生み出すことだった。

日本とアジアの人々の土着的な感情を揺さぶる

中さんの、独特のうねりを持った歌声はデビュー後「地上で最も優しい歌声」と称され、日本だけではなく、ほぼ同時に売り出された台湾、香港など中国語圏でも火がついた。
「奄美大島は昔から台湾や中国と交流があります。そういう歴史が自分のDNAの中にもあり、それがシマ唄のスピリットと共に歌声に表れ、彼らの心に届いたのかもしれません。また、よく声が胡弓(こきゅう)や二胡の音のようと言われますが、自分でも弦楽器のようにうねりやたゆたう感じを意識しています」

様々な作詞家や作曲家から提供される曲に、中さんは時間をかけてうねりやこぶしの入れ方を工夫し完成させる。そのどれもが彼独特の世界観を持ち、日本人の土着的な感性を刺激する。表現者として中さんが常に意識するのが、聞く人の心に「なつかしゃ」という思いを起こさせることだ。「『なつかしゃ』とは奄美の方言。共通語の『懐かしい』は昔を思い出して懐かしいと思うことだと思いますが、奄美ではもっと深い意味で使われます。人の人に対する愛着などまさに心が揺れる瞬間、そして初めて見るのに懐かしいと感じる既視感。僕自身最初に元ちとせさんのシマ唄を聞いた時に『なつかしゃ』を感じ、それからこの感情を届けられる歌い手になりたいとやってきました」

そんな彼の大きな支えが、故郷である奄美大島とそこに住む人々だ。デビューして4年、拠点を奄美に置き続け、毎年春には島でライブを行う。
「春は別れの季節。高校生のほとんどが卒業と共に島を出る奄美では殊更です。そんな彼らにエールを送りたい。それと同時に、奄美に拠点を置いていてもできることがある、ということを感じてもらえればと思って僕は島でライブを行っています」

出会いを待つだけでなく手繰り寄せることも大切

中 孝介さんの写真3

4月発売のミニアルバム「うがみうた ~絆、その手に~」のタイトルにも奄美の方言が使われている。「うがむ」とは「出会う」という意味であり、このアルバムのテーマだ。
「今の時代は、直接会わなくても人と人とが話すことができる。出会うことが少ないから、自分は独りだと勝手に孤独感を募らせる人が増えています。このアルバムで伝えたいのは、出会いが向こうから来るのを待つことも重要だけれど、出会いの糸を自分の力で手繰り寄せることも大切だということ。僕もシマ唄に出会って感動し、『自分でもやりたい』と行動したことから出会いが出会いを呼び、ここにいる。何でもそうですが、何かに感動した時に自ら行動し心を開くことはすごく大事だと思います」

ヒーローへの3つの質問

中 孝介さんの写真4

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

高校卒業後、介護系の専門学校に通っていたので、福祉関係の仕事についていたと思います。もちろん奄美大島で。

人生に影響を与えた本は何ですか?

子供のころに読んだ、「三びきのやぎのがらがらどん」(マーシャ・ブラウン)です。大中小と体格が異なる3匹の山羊が橋を渡ろうとすると、そこには怪物が待ち受けていて、「おまえを食べてやる」と言うのです。それを知恵を使ってやっつける話。岩場にへばりついた怪物などのリアルな絵が好きでした。お話は父親が子供を守るような大きな愛が感じられるところがよかった。

あなたの「勝負●●」は何ですか?

勝負おまじないです。大変あがり症なので、コンサートの前には手のひらに人という字を3回かいて飲み込んでいます。ライブでは今でも緊張しっぱなしで、歌いながら徐々に落ち着いていきます。7~8曲歌って、MCを行ないようやくリラックスする感じですね。

Infomation

中孝介さんのミニアルバム「うがみうた~絆、その手に~」が4月21日に発売

「出会いと絆」をテーマにしたミニアルバム。「うがむ」とは、奄美大島の方言で「出会う」という意味。まさにテーマを体言した「絆、その手に」は、NHK報道キャンペーンのために書き下ろした新曲。NTT東日本のCMソング「愛しき人へ」。映画「火天の城」主題歌&薩摩白波TVCMソング「空が空」、そして毎日放送1月のおいしいうた「明日の空」に子供のたちのコーラスを加えてパワーアップしたバージョン、小椋桂さんが作詞作曲した「支えあう関係」など、タイアップ曲や配信のみでリリースされていた7曲を収録。また、全国ツアー2010「うがみうた」は5月3日の岡山県倉敷市より始まり、広島、長崎、鹿児島、名古屋、東京、大阪など全国11カ所で開催。詳しくは中孝介さんのオフィシャルHP(www.atarikousuke.jp)まで

「うがみうた~絆、その手に~」
発売元/EPICレコードジャパン
定価/¥2,300(税込)

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