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第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

Vol.35三味線奏者 上妻宏光
友人に言えなかった習い事

Heroes File Vol.35
掲載日:2010/9/17

上妻宏光さんの写真1

「伝統と革新」を掲げ、伝統的な枠を超えて活動する津軽三味線の奏者、上妻宏光さん。日本の伝統芸の世界に飛び込んだ"普通の家庭"の少年が世界を舞台に活躍するプレイヤーになるまでの道程を聞いた。

Profile

あがつま・ひろみつ 1973年茨城県生まれ。幼少時から津軽三味線の大会で優勝を重ねる。2001年にアルバム「AGATSUMA」でデビュー。現在、海外アーティストとの共演も多く、国内外で活躍。デビュー10年目の今年、民謡を新録音したアルバム「十季」と、ベストアルバムを同時リリース。

「普通の家庭」の少年が津軽三味線に魅せられた

津軽三味線界の貴公子と呼ばれる上妻宏光さん。日本の伝統的な楽器の奏者でありながら、その枠を超えてロックやジャズなど西洋音楽との融合に挑んできた。海外アーティストとのセッションなどを国内外で行ない、津軽三味線が奏でる新しい音楽を追求し続けている。
家元の家柄ではなく、津軽出身でもない。普通の会社員家庭で育った彼が伝統の世界でここまで来るには、数えきれないほどの困難があった。

津軽三味線に魅せられたのは6歳の時。父親が趣味で習っていた津軽三味線の音色が少年の心をとらえる。
「三味線の深い音色とビート感が心の周波数と合ったんですね。高価な楽器なので触るなと親に言われていましたが、どうしても弾きたくて。隠れて触ってはよく見つかって怒られていました(笑)」
習い始めると夢中になり、毎日6時間は練習して上達した。
「ゲームだったら子供は6時間ぐらい平気でやる。それと同じです。手をけがすると弾けなくなるのでケンカは手を使わず、転ぶ時は頭からと子供ながら徹底していました」

三味線を習っているとは友達に言えなかった

上妻宏光さんの写真2

そこまで好きな津軽三味線なのに、習っていることはどうしても友達に言えなかった。
「自分では津軽三味線はカッコいいものと思っていましたが、子供の世界では疎外感を覚えていたんでしょうね。小学校でケンカをした時に『ガキのくせに、じいちゃんばあちゃんがやるような習い事をやって、ダサい』と言われ、深く傷つきました。盆踊り大会で弾いた時も、友達に『あれ上妻じゃん』と発見されるとうつむいたり。実際に演奏を聴くと友達は感動してくれたのですが。こういった思いが、同世代にも三味線をカッコいいと思ってほしいという原動力になったと思います」

中学生になると洋楽が好きになり、三味線を洋楽にどう合わせたらおもしろいかと考えるようになる。そして14歳で代表的な津軽三味線の大会に出場し、優勝。でも、出身が茨城県だったことで「津軽出身じゃないから津軽の心は分からない」と冷遇された。
「出身ばかりは一生払拭(ふっしょく)できないし、これから何をしても認めてもらえないのかと思うと本当に悔しくて。だからといって伝統的な音楽活動をあきらめる気はなく、三味線で新しいことに挑みたいという気持ちがより強くなりました」

高校からは親元を離れ、魅力的なプレーヤーが多くいる東京へ。しがらみの多い家元制度を離れて一匹おおかみの道を選び、上妻さんはプロの演奏家へと踏み出した。

自らの意地をかけて挑んだ大会で優勝

東京では高校に通いながら、資料や譜面、津軽三味線の名人の演奏テープなどを取り寄せて学び、休日は居酒屋の舞台に立った。そして17歳で邦楽と洋楽を合体したロックバンド「MUSASHI」に加入。
「西洋のリズムやコード進行に三味線を合わせるのはすごく難しいんです。海外公演ではギターのように三味線を立ち弾きして自己満足の世界に入っていたけれど、ソロで民謡をやったらそのほうが反応が強くて。そこで初めて『民謡は客観的に見てもすごいのかも』との強い思いがわきました」

しかし日本では相変わらず「若いのに三味線なんかやって」と言われ、業界からは「ロックなんかやって」と言われ、上妻さんは反抗心の塊になっていた。新しいことに挑戦することは、伝統的な音楽の世界から逃げているわけではないという意地、独学でやってきた意地、また三味線にこだわってきた気持ちなど、いろんな意地をかけて上妻さんは権威ある大きな津軽三味線の全国大会に挑戦し続け、24歳で優勝。翌年も優勝して2連覇したが、この年は舞台映えすることで皆が選ぶ「津軽じょんがら節」をあえて避けた。地味めな曲で勝負に出て、見事に勝った。

「業界での環境は特に変わらなかったけれど、2連覇したことで津軽出身ではないと言われ続けたわだかまりが解け、見かけも発言もずっととがっていた自分が変わりましたね」

海外で実感した三味線と日本の底力

上妻宏光さんの写真3

26歳で念願のアメリカへ武者修行に出て、夜な夜なジャズバーなどで飛び入りのセッションを楽しみ、その手応えで三味線の力に確信を抱く。
「アメリカは日本より優れていると思っていたけれど違いました。音楽なら黒人は皆リズム感がいいと思っていたら、そうでもない人もいるし(笑)。海外に出ると自国を客観的に見られるのがいい。日本文化の重みや美徳が分かり、そこから三味線や自分の音楽が生まれたと自信が持てた」

その後、津軽三味線奏者としてデビュー。「伝統と革新」を掲げ、民謡の演奏と、バンドスタイルでの西洋音楽とのセッションを並行して10年目になる。最近ボランティアで小学校での出張授業も始めた。
「新しいことをやるのは大変では?とよく聞かれますが、僕は石をどかして道を作っていく作業が好きなんです。それに僕の土台はやっぱり伝統的な民謡。枝葉として新しい音楽をやり、その葉が落ちて土にかえり栄養となる。つまり土台の民謡の世界も活性化し、自分の演奏の力にもなると思う。今後もスタンスは変わりませんが、伝統ある三味線の音色に沿ったアプローチで新しい音楽を作っていきたいですね」

ヒーローへの3つの質問

上妻宏光さんの写真4

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

プロの音楽関係の仕事ですかね。三味線ではなく、ギターを弾いていたかもしれません。

人生に影響を与えた本は何ですか?

「三国志」です。昔の人たちの戦に対しての考え方や兵の配置の仕方などに興味があります。風水や気の流れみたいなものも取り入れ、自然も熟知しながら戦略を練るところがおもしろく、好きですね。

あなたの「勝負●●」は何ですか?

勝負「感謝」です。ステージにあがる前は、舞台袖で自分の祖父や祖母など既に亡くなった身近な人に感謝を捧げています。そういう人の存在なしでは自分はここにいられなかったので、個々の顔を思い浮かべ感謝し、「聴いてください」との思いでステージに上ります。

Infomation

デビュー 10周年を記念して、アルバムを2枚同時発売!

上妻さんは生音だけで津軽地方やその他の地域の民謡を聞いてもらう「生一丁!」というコンサートを国内外で続けてきた。そこで演奏し続けてきた、津軽じょんがら節、津軽よされ節、秋田荷方節など民謡の古典を全10曲ソロで新録したアルバムが「十季」。「自分の足もとを見つめるアルバムになりました」(上妻さん)。もう1枚はデビューから10年間の軌跡をたどるベストアルバム「THE BEST OF HIROMITSU AGATSUMA-Freedom」。「これを聴くと、毎年苦労して三味線で新曲を作ったことや、さまざまな楽器や内外のアーティストとセッションしてきた出会いと経験が僕の活動の場を広げ、創作意欲を高めてくれたことを実感します」。収録曲は「風」「時の旅人」「風林火山~月冴ゆ夜~」「乱~『その男』メイン・テーマ」など全15曲。

古典独演アルバム「十季」
定価/¥2,500(税込)
発売元/EMIミュージック・ジャパン

ベストアルバム「THE BEST OF HIROMITSU AGATSUMA-Freedom-」
定価/¥2,500(税込)
発売元/EMIミュージック・ジャパン

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