第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.51シンガー・ソングライター 高橋優
心の奥底をリアルに歌う
Heroes File Vol.51
掲載日:2011/5/20
大学入学をきっかけに始めた路上ライブ。そこで鍛えた実力をたずさえ、自分が感じる今の想いをリアルに歌い上げる高橋優さん。"リアルタイム・シンガーソングライター"と呼ばれる彼が今まさに考えていることとは?
Profile
たかはし・ゆう 1983年秋田県生まれ。2009年に初の全国流通盤「僕らの平成ロックンロール」を発表。10年4月東京メトロのCMソングに「福笑い」が起用され、同年7月「素晴らしき日常」でメジャーデビュー。続くセカンドシングル「ほんとのきもち」はテレビドラマ「Q10」の主題歌となった。11年4月20日にアルバム「リアルタイム・シンガーソングライター」を発売。6月29日にシングル「誰がために鐘は鳴る」もリリース予定。
歌える場所を求め路上ライブへ
一度耳にしたら離れない歌声と楽曲。社会や恋、孤独などを、荒ぶる魂に情感を込めて歌う高橋優さん。自分の気持ちの初期衝動に導かれた言葉と旋律で現代を描くことから、「リアルタイム・シンガーソングライター」と呼ばれる。その名称をタイトルにしたファースト・フル・アルバムはいきなりオリコンチャート8位となり、鮮烈なアルバムデビューを飾った。
秋田県で育ち、本や絵を描くことが好きな内的世界の才能豊かな子どもだった。中学時代はコピーバンドのボーカルを担当し、スポットライトをあびて歌うその気持ち良さを知ったそう。高校時代からオリジナルの楽曲を試行錯誤で作り始め、路上ライブで現在の土台を築いていく。そのきっかけは北海道の大学への進学だった。
「実家は隣家まで距離があり、常に声を張り上げて歌える環境だったんです。歌うことが自分のアイデンティティーになっていたので、北海道の6畳一間のアパートで隣に遠慮して歌えないことが気持ち悪くて。ものすごく閉鎖的な気分になったので早めに打破しようと、札幌に着いた2日目、入学式より早く路上ライブを始めました。経験はなかったけれど、一人でカラオケ店に入る方が恥ずかしくて」
自分の内面を思いきりさらけだすことで開眼
ギターを持って見知らぬ札幌の街をさまよい、偶然見つけた商店街のアーケードで歌った。初日にたまたま熱心に聴いてくれた人から「いつもここで歌っているのか」と問われ、思わず「はい!」と返事をして以来6年間、そこが彼の指定席となった。
当時、札幌の路上には聴衆を多くひきつける歌い手がたくさんいた。しかし高橋さんの前には人が集まらない。
「悔しかったです。どうしたら人の心に響くのか。声の出し方、ギターの弾き方と研究を重ねましたが、人は全く立ち止まってくれなくて。就職活動が始まる頃には、自分は音楽で生きていくと覚悟していたので、皆の就活以上に懸命に音楽にアプローチしなければと、やるべきことを一心に考えました。その時、楽曲にメッセージ性を強く持たせるためには、自分をもっと突き詰めた方がいいと分かった。そして恥ずかしい部分や怒りを包み隠さず全部出すことで、ようやく音楽への姿勢に腹が据わったんです」
以来、彼の世界は一転。路上ライブは盛況となり、ライブハウスからも声がかかり始める。さらに自主制作CDをリリースするとすぐ完売し、東京のプロダクションから誘いがかかる。しかし彼にとって東京は、まだ怖い場所だった。
むき出しの怒りだけではなく寂しさや弱さも表現
もともと疑り深い性格で、ライブハウスからの依頼にさえ慎重だった高橋さん。上京した当初は東京の空気感や人の多さになじめず、最初の1年は閉じこもり、自分を励ます曲ばかり書いていた。だが徐々に高橋さんへの応援の輪は広がり、彼の歌にほれ込んだクリエーターの箭内道彦さんがプロデュースを手がけることも決まる。
「東京でもう1枚アルバムを出した時、『高橋はむきだしの感情をあらわに、いつも何かに怒っている』との声を多く頂いて。うれしい半面、社会的な怒りはあるけど、いつも怒っているわけじゃないし、もちろん笑ったりもする。ならば他にも寂しい気持ちや弱気な部分を曲作りに出した方がいいんじゃないかと、改めて自分を見直しました」
2011年2月には、「世界の共通言語は英語ではなく笑顔」と歌う、メジャーデビュー前から話題となった「福笑い」という曲をリリース。曲のメッセージを証明するため、ニューヨークの新聞に自ら意見広告を出し、ニューヨークで路上ライブも敢行した。
「『世界の共通言語は笑顔』と証明しに行ったのに、最初は僕の顔がこわばってしまった。でも歌に立ち止まってくれた人の笑顔を見てこちらも笑えたし、逆にメッセージを確認できた。また異国の路上で歌うことで、札幌で路上ライブを行った時の原点に戻れ、新鮮な気持ちになりました」
自分にうそをつかず強く思ったことを伝えたい
2011年4月にリリースしたアルバムには、まさに今の高橋さんのリアルな気持ちが表現されている。例えば世界が終焉する時にキスをしてくれる相手はどこにいるかと問いかける「終焉のディープキス」、そして暗闇の中にも明日はあると呼びかける「希望の歌」など。これらはもちろん震災前に作られた曲だが、今の時勢に迫るものがある。
「曲を作る時は聴く方の状況を限定したくないので、たとえ日本が戦場になっても聴いてもらえるよう極限を想像して作ろうと心がけています。元来、僕は明日に希望はあると信じていますが、それをそのまま言うと薄っぺらく感じてしまうので、光を歌いたい時には深い闇を歌い、最後にふっと差す一筋の光を際立たせたいんです」
彼が大事にしてきたのは自分にうそをつかないこと。たとえ99人が正しいと言っても、自分で見たり情報を把握してから言葉にしたいのだという。
「悩みや友情、恋愛。これからも自分が自信を持って言えることだけを表現したい。そして、今のような状況でもやっぱり世界はよくなる、希望は絶対に訪れると強く信じて歌っていきたいです」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
映画が好きなので、映画館で働くなど、何か映画に関わる仕事をしていたと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
夏目漱石の「こころ」です。中学生の時に読みましたが、言い回しが丁寧でとても深い。ストーリーは案外進まないけれど、最後まであのスタイルで文章が続くのがおもしろくて、この本をきっかけに本を読むことがとても好きになりました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
勝負メガネです。今日、しているのがそうです。いろいろ持っていますが、ここぞという時にはこのメガネをするようにしています。
Infomation
高橋優さんのファースト・フル・アルバム
「リアルタイム・シンガーソングライター」
アルバムのタイトル通り、今の時代を鮮烈に切り取り、聞く者の耳をとらえる印象的な楽曲がそろう。東京メトロ「TOKYO HEART」CMソングとなった「福笑い」や、テレビドラマ「Q10」の主題歌となった「ほんとのきもち」なども収録。
「どれも『これが高橋優です!』と言える、精魂を込めて作った曲です」(高橋優さん)。
「リアルタイム・シンガーソングライター」
価格/初回生産限定盤(CD+DVD) ¥3,500(税込)
通常盤(CDのみ) ¥3,150(税込)
発売元/ワーナーミュージック・ジャパン