第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.60俳優 加瀬亮
「なじめなさ」から、前進
Heroes File Vol.60
掲載日:2011/9/30
幅広いジャンルの映画で活躍している加瀬亮さん。素朴で繊細な青年役の印象が強いが、最近は狂気を内に秘めた男を演じることも多い。作品ごとに毎回違った「色」で私たちを魅了し続ける彼が演じること、映画の世界と出会ったきっかけなどについて語ってくれた。
Profile
かせ・りょう 1974年神奈川県生まれ。2000年『五条霊戦記 GOJOE』で映画デビュー。以降、『硫黄島からの手紙』『それでもボクはやってない』『重力ピエロ』など数多くの作品に出演。10月22日(土)から出演映画『東京オアシス』が公開予定。
いい意味で「非常識」なチームの新作映画
「登場人物はみんな行き詰まっていて、現実の流れに対して心は止まったまま。そんな人たちが東京という街で偶然出会い、短いけれど静かで濃密な時間を過ごす。マイナス×マイナスで心をプラスにしていく、そんな物語だと思います」
加瀬亮さんがそう話すのは映画『東京オアシス』のこと。『かもめ食堂』を皮切りに場所と人との関わりを独特の空気感で描き続けてきたプロジェクトの新作だ。加瀬さんは2作目『めがね』からこのプロジェクトに出演している。
「このチームはいい意味で非常識なんです(笑)。例えば、もしも泣いている人がいたら『クヨクヨするなよ』ではなく『ちゃんとクヨクヨしなさい』って言う。今作の登場人物についても、社会人として仕事で逃げてはいけないけれど、まあ1回ぐらいはいいんじゃないと許してしまう。なんかそういう独自の美学というか、雰囲気があって。それが人を前へ進ませもするから不思議」
もともと、落ち込んだ時は「頑張れよ」とポジティブに言われるより、何も言わず横に居てくれる方が励まされるタイプだと言う。「だからかもしれないですが、常識や世間体にとらわれず、静かな柔らかいもので大切な何かを伝えていこうという、このチームの空気感が僕はとても好きなんです」
現場では、小林聡美さんやもたいまさこさんなど共演者から毎回様々な刺激を受ける。
「特に今回は海辺のシーンで、小林さんの非常に軽やかで、かつ深さのある演技に圧倒されました。女優としてすごい方だと改めて思いました」
悩んでいたから心動いた芝居に打ち込む人の姿
加瀬さん自身にも迷い、戸惑った時期がある。ちょうど就職活動の頃だ。大学ではボードセーリングに熱中し、部活中心の生活だった。それが引退となった途端、周囲は人が変わったように気持ちを切り替え、熱心に就活を始めた。
「僕もサラリーマンになるんだろうなとは思っていたのですが、すぐに切り替えることができずポカンとしていました」
そんな時、地元の先輩の舞台を観(み)に行った。一生懸命芝居に打ち込む姿に心が動いた。
「たぶん、新たに打ち込める何かを探していたからこそ揺さぶられたんだと思います。すぐに彼が演技を学ぶ劇団を聞いてオーディションを受け、何度か舞台にも立ちました」
だがなぜかしっくりこない。違和感を感じた加瀬さんは、同じように舞台になじめずにいた共演者と友達になった。彼の家へ行くとそれまで自分が観たことのない映画のポスターが貼ってあるのを見つける。この出合いが結果的に映画の道を志すきっかけとなった。
目指すべき人を見つけ自ら事務所にアプローチ
映画のポスターを見せてくれた友人に『こわれゆく女』と『クーリンチェ少年殺人事件』のビデオを借りた。「こんなインデペンデントな世界があるんだと衝撃を受けました。それからはハリウッド以外の映画を片っ端から観(み)ました。邦画もいろいろ鑑賞し、作品の中で存在するたたずまいがすごくいいなと印象に残ったのが俳優の浅野忠信さんでした」
加瀬さんはすぐに浅野さんの所属事務所を調べ、手紙と履歴書を送った。面接を受け、最初の1年は浅野さんの付き人として働くことになる。
「でも、付き人を始めてすぐにこの人は参考にならないなと理解しました(笑)。なぜなら天性のものが備わった特別な人だからです、浅野さんは。ただ、たくさんの現場へ行かせてもらえたのはよかった。それと演技のことだけでなく、人とのコミュニケーションでも何でも、まず自分で考えることの大切さを浅野さんから学びました」
やがて、役者としてオーディションを受けるようになり映画『五条霊戦記 GOJOE』でデビュー。その後も積極的にオーディションを受け、着実に映画出演の機会を増やしていく。2004年には『アンテナ』で初主演を果たし、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』や周防正行監督の『それでもボクはやってない』を始め、国内外の話題作に出演し続けている。
目標は、映画の仕事を続けていくこと
そんな加瀬さんの転機となった作品をたずねると「全部です。世間的に僕の節目と評価される作品はあるのですが、僕にとっては全てが転機だった。常に、これでよくなかったらもうダメだ、次はないという気持ちだったから。それだけにどんな作品に対しても絶対余力を残さず、がむしゃらに取り組んできました。今もそれは変わらないですね」
最近は『海炭市叙景』『アウトレイジ』などこれまでのイメージとは全く異なる役にも積極的に挑戦している。
「自分には無理かもしれないと思う役でも、実際にやってみることで今までの自分とは違った側面が開けていく。その瞬間は何よりうれしいし、そんな機会を与えてもらえることに本当に感謝しています」
役によって自身の世間的イメージが変わってもそれは全然かまわないと言う。「自分を表現したくて役者をやっているわけではないですから」
今後はと聞くと「映画の仕事を続けていくことが目標です。10年以上続けているものが、僕には映画しかないので」と答えてくれた。一つひとつの質問にじっくりと考え、うそのない言葉で返す。温和ながら、心に秘められた強いものを感じた。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
具体的にはわかりませんが、やっぱりサラリーマンになっていたんじゃないかと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
映画監督のヴェルナー・ヘルツォークの著書「氷上旅日記 ミュンヘン-パリを歩いて」です。大学時代に読みました。自分の信じるところへ向かっていけばいいんだということを教えられた1冊です。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
僕の場合は神頼み、ですね。
Infomation
10月22日(土)より、加瀬亮さん出演映画
「東京オアシス」が公開!
映画「かもめ食堂」「めがね」「プール」「マザーウォーター」と、人と場所との関係をシンプルに見つめてきたプロジェクトチームが新作の舞台に選んだのは、東京。現実の人生で迷子になった女優の主人公が、この街の別々の場所で3人の男女と出会いながら少しずつ変化していく様子を静かに描く。「心が淋しくなった時に、ぜひ観てもらえたら」と加瀬亮さん。
キャスト/小林聡美、加瀬亮、黒木華、原田知世 他
監督・脚本/松本佳奈、中村佳代
脚本/白木朋子
公式HP/http://www.tokyo-oasis-movie.com/