第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.64ダンサー 森山開次
6畳一間、迷路からの脱出
Heroes File Vol.64
掲載日:2011/11/25
しなやかで鋭利なダンスが国内外で評価されているダンサー、森山開次さん。引っ込み思案だった幼少期から、体操で五輪選手を目指した小学校時代のこと、その後ミュージカルとの出会いをきっかけに、ダンスで独自の表現に行き着くまで経験してきた挫折や葛藤などについて語ってくれた。
Profile
もりやま・かいじ 1973年神奈川県生まれ。1994年にミュージカル劇団に研究生として入団し、2001年からソロ活動を開始。初ソロ公演「夕鶴」以降、和の素材を用いた独自の表現が国内外で注目される。11月27日から帝国劇場(東京)にて上演されるミュージカル「ダンス オブ ヴァンパイア」に出演予定(2012年1月に大阪公演も予定)。
化身の吸血鬼として孤独と葛藤を踊る
国内外で「驚異のダンサー」と称される、森山開次さん。一瞬にして静謐(せいひつ)で異質な空間を作る、妖しくも鋭利なダンス。「美獣」と異名をとる彼が、この冬、「ヴァンパイア」となる。映画『吸血鬼』を基に作られたミュージカル「ダンス オブ ヴァンパイア」で、山口祐一郎さん演じる主役クロロック伯爵の化身として葛藤と孤独をダンスで表現する。
「この作品に出るのは2回目ですが、前回は客席も巻き込んで、笑えて泣けて、しかも非常に考えさせられる舞台でした。クロロック伯爵の吸血行為の根底にあるのは、欲望や人に対する愛。僕は単に伯爵だけでなく、誰の心の中にでもある欲望や孤独を表現したい。キバをつけた口を開けて空(くう)をかみ、言葉にならない言葉を発するように、思いを込めて演じたいと思います。この作品を観(み)て、愛や夢、何かを求める気持ちに踏み出す勇気を持っていただければうれしいです」
事故で失った自分の何かが目覚めたミュージカル
ダンスについての森山さんの最初の思い出は、引っ込み思案だった幼稚園の頃、盆踊りの輪に入れなかったことだとか。小学校では徐々にわんぱくになり、好きだったのは忍者ごっこ。そして小学校高学年の時、家でロサンゼルス五輪の男子体操の優勝シーンを観たことで、自分も五輪を目指したいと体操教室に入る。しかし6年生の時に交通事故に遭い、体操は諦めることになった。
「事故は車のボンネットにぶつかって空に投げ出され、何回も宙返りをして落ちたという感覚でした。意識不明の間、まるで死後の世界のような真っ白い空間を歩いていたんです。この事故のけがで五輪を目指す目標を失っただけでなく、自分の中から何かが抜け落ちてしまった。その後、中学や高校でバレーボールやバンド、サッカーなどいろいろやったけれど、何をしても心ここにあらずで、自分が迷子になったような感覚でした」
新聞配達をしながら大学に通い始めるが、徐々に大学へは行かなくなる。何かを表現したかったが、その方法が分からず、6畳一間のアパートでもがいていた。「部屋中に自分の手を描いた絵を貼ったり、俺々ソングを作って歌ったり、バイクで大きな音をたててみたり。そんな時、初めてミュージカルの舞台を観たんです。そこにはキラキラした人たちが笑い、踊り、歌い、スポットライトを浴びていた。6畳一間でもんもんとする自分とは何という違いなのかと衝撃を受けました」
「この世界に自分も入る!」。そう決めるといきなり大学をやめ、森山さんはオーディションに臨んだ。21歳の時だった。
命を懸けると決めた世界で見つけた自分の表現
ミュージカル劇団の研究所のオーディションを受けた時、森山開次さんはダンスは初めて、歌も自己流だった。しかし、命を懸ける意気込みで人を睨みつけて臨み、合格する。その後、歌や演技に加えダンスのレッスンも始め、電車ではつり革で筋トレ、ご飯の時や睡眠中も体のポジションに気を配り一日中踊りに夢中になった。
「クラシックバレエのレッスンでは、女の子がレオタードでどれだけ足を開けるかを競っていた。その姿に目のやり場がなかったりと、カルチャーショックで(笑)。そんな中、僕もタイツ姿で練習に臨みましたが、女性にみっともない姿は見せられないと思い、それが原動力になった。カッコよく踊りたい。これが僕の根本です」
当初は歌いたい気持ちが強かった森山さんだが、思うように歌えず、夢のミュージカルの舞台に立ちながら、大学時代と同じように自分の表現したいことを自問していた。
「徐々に、踊りの型のようなことより、緊張する時や悲しい時に自分の手がどうなるかなど体の表情に興味を持ち、踊りの深みに魅せられていきました」
劇団の解散後は路上で踊ったり、有名なダンサーたちの舞台で共演するなどダンス修業を積み、2001年に日本の戯曲「夕鶴」をテーマにした公演でソロデビュー。その後、日本の伝統文化を題材にすることも増え、彼の独特なダンスは国内外で注目されていった。
遅いスタートも意気込みとなりメリットに
「ミュージカルのダンスは『僕はここにいる』という自己アピールだったけれど、僕が興味のあるのは『ここにいません』という不在感だと分かった。それは自分ではなく、動物の化身や能の物の怪(け)がふっと現れている状態。だから僕は日本の伝統芸能を題材にとることが多いんでしょうね」
近年は映画やテレビ番組への出演など活動の幅を更に広げている。ダンスの開始として21歳は決して早くないスタートだが、森山さんはデメリットは何一つないと言い切った。
「サッカーや新聞配達などいろいろなことをやってきて人生経験を積んだ分、ダンスで表現できることの幅が広がったと思う。また精神的にも、趣味ではなくシビアな闘いとしてダンスを始め、それが自分なりのカラーになったと思います。カッコつけたいという気持ちで始めたので、それを煩悩だと排除しようとしたこともあった。今は祈りや求愛、激励などいろいろな意味を込めて踊っている。でも、やはり原点の気持ちはいとおしい。今後は長く踊り続けることでその時々の感情表現をしたいですね。実現するには身体的な闘いもあるけれど、おじいさんになった時の踊りも楽しみかな」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
歌手になりたかったです。あともう1つは喫茶店の経営。 人がほっとする空間を作りたいという気持ちがあります。
人生に影響を与えた本は何ですか?
サン・テグジュペリの「星の王子さま」です。 自分自身が子供の頃に読んでいたこともありますが、過去に2度公演で関わっているので何度も読んでいます。1回目がミュージカル劇団研究生の時。その時は出演しなかったのですが、2回目は退団後、外部の舞台で憧れだったヘビ役で出演しました。今は、自分の子供に読み聞かせており、あの世界に知らず知らずのうちに影響されていると思いますね。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
アミノ酸を飲むことですね。舞台などの開演30分前に飲みます。 6年前にけがをしてからの習慣ですが、最近は本番前に飲まないと落ち着かないです。
Infomation
森山開次さん出演のミュージカル
「ダンス オブ ヴァンパイア」
ロマン・ポランスキー監督の映画『吸血鬼』をもとに、1997年にウィーンで初演されたミュージカル「ダンス オブ ヴァンパイア」。その後ヨーロッパのみならずブロードウェイに進出し、日本での上演は今回が3回目。
「僕は2回目の出演となりますが、前回の公演では、カーテンコールまで出演者も観客も一体化する盛り上がりでした。観客参加型の、笑って泣いて考えさせられる、深い作品です」(森山開次さん)
「ダンス オブ ヴァンパイア」
東京公演/2011年11月27日(日)~12月24日(土)
会場/帝国劇場
音楽・追補/ジム・スタインマン
脚本・歌詞/ミヒャエル・クンツェ
出演:山口祐一郎、知念里奈/高橋愛、浦井健治/山崎育三郎、森山開次/新上裕也、石川禅 他
問い合わせ/帝国劇場 03-3213-7221
公式サイト/http://www.tohostage.com/vampire
※1月7日(土)~12日(木)梅田芸術劇場にて大阪公演あり