第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.95俳優 鈴木浩介
気づけば役者を志して
Heroes File Vol.95
掲載日:2013/3/22
今やドラマや映画、舞台のみならず最近はバラエティー番組まで引く手あまたの実力派俳優。しかも、コミカルからシリアスまで実に様々なキャラクターを演じ分けそのつど強烈なインパクトを残す。そんな鈴木浩介さんの素顔に迫ってみた。
Profile
すずき・こうすけ 1974年福岡県生まれ。青山学院大学在学中に劇団青年座へ入団。退団後はドラマ、映画にも出演。2013年4月5日(金)~29日(月・祝)に舞台「今ひとたびの修羅」(東京・新国立劇場 中劇場)に出演予定(シス・カンパニー☎03-5423-5906)。また6月には舞台「効率の優先」(東京芸術劇場 シアターイースト)にも出演予定。
その時代がにおい立つ芝居を
舞台「今ひとたびの修羅」の立ち稽古が始まったばかりの頃、鈴木浩介さんを訪ねた。
この作品の舞台は昭和初期。侠客(きょうかく)道を貫く男たちと命懸けの愛に生きる女たちを描いた情念の物語。その中で鈴木さんが演じるのは、当時の世相を反映する社会活動家だ。
「日本の将来を憂い、何とかしなければと本気で考えている、エネルギーに満ちあふれた人。とは言え、彼がどんな思いで生きてきたかを十分につかめたとは言えず、五里霧中、暗中模索の状態。本番までに、そこに居るだけであの時代がにおい立ち、彼の思想やテンションが浮き上がるようにしたいと思っています」
飽くなき探求心で、出演作を重ねるごとに演技の幅を着実に広げている鈴木さん。
小学生の頃から俳優、西田敏行さんの大ファンだった。「テレビに出てくるだけで楽しくて、ワクワクしました。いつかお会いするのが夢でした」
中高生時代は学業とスポーツに明け暮れ、会いたいという夢を忘れていたが、大学1年の終わりにふと「そう言えばまだ会っていない」と気づく。「だから、役者になろうというのではなく、少しでも近づきたくて、西田さんの所属する劇団青年座に入ろうと思い立ち、研究所の試験を受けました」
2年の研究生を経て青年座へ入団。その直後、思いがけず西田さんに食事に誘ってもらうという機会に恵まれた。「そこで『僕に憧れてくれたのはうれしいけれど、これからは同じ舞台に立つ仲間だからね』と言ってもらい、感激しました。この人に会いに来て間違いはなかったと思いました(笑)」
もがいていた下積み時代
幼い頃の夢はかなったものの、現実は甘くない。入団後は稽古場付としてお茶を出したり、セリフを忘れた役者にそっと教えるプロンプをしたりする日々。たまに俳優として映像の仕事も入ったが、アルバイトをしなければ生活できないという状況に変わりはなかった。
「今さら就職する気にもなれない。と言うか、気づいたら役者以外、他にやりたいことが何もなかった。でも、なかなか役者として芽が出ない。さて困ったぞと。実際、約7年在籍し、大きな芝居に出演できたのは2本だけ。この先何年、こんな生活が続くのかと悶々(もんもん)としていました」
30歳の頃、少しでも新たな活路を見いだそうと考え、退団。「舞台に力を入れている芸能事務所をと思い、自分で今の所属事務所を見つけ、お願いに行きました」。そして行動はチャンスを呼び寄せた。これを機に、舞台だけでなくドラマや映画へも活動の場を広げることになる。
人の話をよく聞く。まずはそこから
現在38歳。役者歴は16年になるが、「いまだに役者でやっていける自信も覚悟もなくて。この仕事をさせてもらっていることが奇跡のように思える時もある」と語る。
そんな鈴木さんにとって、転機になったのは2010年の舞台「叔母との旅」。共演の先輩たちから、舞台に立つ人間としての姿勢を学んだと語る。
「浅野和之さんは誰よりも早く稽古場に来てストレッチなど準備を始め、段田安則さんは、毎日台本を読み込んできては演出家と気になるところを相談していた。あるいは高橋克実さんの一言で、煮詰まっていた稽古が流れるように一気に進んだり。経験豊富でいろんな手立てを持っている先輩たちを見ているだけで、豊かな気持ちになれたし、この人たちと同じ景色が見えるところまで役者として成長したいと強く思いました」
以来、準備も入念に行い、一つひとつコツコツと積み上げていくことに努力を惜しまないよう心掛けるようになった。
また、段田さんからは別の舞台で「まず相手のセリフを聞き、自分のセリフは感情を入れ過ぎず、相手の声を受けてしゃべりなさい」と教わった。「ある人から以前、人の話を聞きなさい。それを10年続ければ、あなたの中の幹ももう少し太くなっていくからと言われたことがあり、その言葉と見事につながりました」
「聞く」というのは案外難しい。誰だってつい自分がしゃべることばかりを考えてしまいがちだからだ。「でも、だからこそ、常に『聞く』ということは意識しなければいけないと思っています。舞台に限らず、日々の生活においても心にとどめています」
本番の繰り返しで見えてくるもの
舞台は稽古も本番も好きだ。「稽古は少しずつ何かが変化していく。本番は繰り返すからこそ新たに見えたり感じたりするものがある。そこがたまらない魅力。これからも、一本でも多く舞台に出してもらえるように頑張りたい」
普段は案外ぼんやりしていることが多く、のらりくらり。しかし、例えば研究生の試験を受けるかどうか、劇団に入るかどうか、そして退団するかどうかという、人生が右か左かで間違いなく変わるという決断の時だけは妙に早かったという。
大抵1分半ほどで「まあ、1回やってみよう」と腹をくくった。「要は、勇気というより、やらずに後悔するのが嫌なだけなのだと思います」。柔らかな口調で穏やかな雰囲気。しかし芯の部分に強い一念がある。
劇場では本番前に必ず舞台に対してあいさつをするという。そんな謙虚さが成長の大きな糧になっている。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
何も考えられない。役者以外にやりたいことがないんです。
人生に影響を与えた本は何ですか?
約2年前に読んだ星野道夫さんの著書「旅をする木」です。アラスカへ行きたいという思いだけで突き進んでいく姿にものすごく共感しました。この人にも「アラスカ」という一つのものしかなかったんだなって。一気読みするのがもったいなくて、毎朝、一章ずつ読んでいました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
舞台の本番に入ると、毎日全く同じ順番で行動します。同じ時間に劇場に入り、一服したらウオーミングアップをし、袖から舞台にあいさつをして着替えるといった具合に、全て同じタイミングで行動しています。
Infomation
シス・カンパニー公演
「今ひとたびの修羅」
昭和の国民的大河小説『人生劇場』を、劇作家の宮本研が戯曲化した傑作。任侠の道を貫く男たちと、命懸けの愛に生きる女たちの情念の物語を、演出家いのうえひでのりが独自の美学によって、美しく哀しく艶やかに演出。義理人情や男気が希薄になりつつある時代だからこそ、熱い男女の修羅の世界にどっぷり浸ってみるのも悪くない。
公演日程:2013年4月5日(金)~29日(月・祝)
演出:いのうえひでのり(劇団☆新感線)
脚本:宮本研
原作:尾﨑士郎『人生劇場』から
出演:堤真一、宮沢りえ、岡本健一、小出恵介、小池栄子、風間杜夫、鈴木浩介、浅野和之 他
公式サイト:http://www.siscompany.com/shura/