第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.97指揮者 西本智実
下積みが未来を切り開く
Heroes File Vol.97
掲載日:2013/4/19
世界を舞台に活躍する指揮者・西本智実さん。海外の数々の名門楽団で培った経験を生かし2012年にはこれまでの既成概念を打ち破る形のオーケストラを自ら発足。音楽の様々な可能性を信じ、常に新たな挑戦をし続けている。
Profile
にしもと・ともみ 1970年大阪府生まれ。現在、イルミナートフィルハーモニーオーケストラ芸術監督兼首席指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団ミュージックパートナー、オリンパスホール八王子エグゼクティブプロデューサー。5月25日(土)に静岡市民文化会館にて「西本智実&黒柳徹子 オペラ語りコンサート」を開催予定。
新緑の揺れが決意させてくれた
高2の春。新緑のモミジが折り重なり、風に揺れながら光と陰を成す様子があまりに美しく見ほれた。葉の形は似ているのに決して同じではない。一枚一枚揺れ方も違う。
「オーケストラもこういうことなんだと強く感じたのと同時に、指揮者を目指そうと心の奥で決意した瞬間でした」
穏やかな笑顔。たおやかで親しみやすい雰囲気。だが、指揮台に立つと一変。ダイナミックで華麗な指揮と、気迫に満ちた力強いまなざしで百戦錬磨の演奏家たちをまとめ上げ、多彩な音楽を紡ぎ出す。女性指揮者として世界を舞台に活躍する西本智実さん。
音楽大学出身の母親の影響で幼い頃からクラシックに親しんで育った。小学4年の時、同じ曲でもレコードによって音色やテンポが異なるのが気になり、母親に尋ねると「指揮者が違うからよ」と教えられた。それから指揮者に興味を覚えたという。
「指揮者は楽器を持っていないのに音楽を自由に変化させてしまう。そこが不思議だったし、魅力を感じました」
大阪音楽大学在学中から、現場を知りたくて地元のオペラ団体で現場での仕事を始めた。「譜面の仕上げ、照明や字幕の合図出し、ピアノの代役など何でも手伝いました」
やがて副指揮も任されるようになる。リハーサルの数カ月間、本番指揮者に代わって団体の指揮をする仕事だ。
リハーサルが私の本番だった
「特にオペラは、歌手、オーケストラだけでなく、照明や美術、衣装など多くの人々によってつくり上げる総合芸術。それを現場で副指揮をしながら学べたことは何ものにも代えがたい貴重な経験でした。リハーサルとは言え、駆け出しの私にとっては本番。指揮者にとって理想的なアシスタントになることを目標に、気づいたことは率先してやりました」
常に「この道でやっていけるのか」という不安はあったが、現場が楽しく、その仕事を通して、「区切りとして27歳で芽が出なかったら諦めよう」と考え、大学卒業後も副指揮を続けていた。
そんな矢先、来日した海外の指揮者3人から立て続けに「君は指揮者になれる。留学しなさい」とアドバイスされた。「さすがに行かなければという気になり、半年後にロシアの国立音楽院へ留学しました」
所持金は100万円。お金が底を突くと帰国し、アルバイトをしてロシアに戻るという生活を繰り返し、トータル2年留学。そして28歳の時、京都市交響楽団の指揮で国内デビュー。気づけば、指揮者としてやっていけるかどうかという迷いは消えていた。
指揮者として世界一周
ロシアで指揮者の主要ポストを得た後、ハンガリー、チェコ、モナコ、オーストリア、イギリスなどヨーロッパの名門オーケストラ、歌劇場に指揮者として招かれた。そして、2010年にはアメリカのカーネギーホールで公演し、世界一周を果たす。
ロシアに留学中、恩師が「たとえ遠回りでも必要だと思うことは飛ばしてはいけない。後に必ず使えるものが出てくるから」と言っていた。「その言葉を胸に地道にキャリアを積み重ねてきた。30代はそんな時期でしたね」
指揮者が迷うとオーケストラの皆が迷ってしまう。それだけに強い意志と決断力が重要な仕事だと西本さんは言う。
「100人もの団員と共に、限られたリハーサルの間に一気に調和へと持っていく必要があります」
人種の壁や女性であることについても気になるが、「それはいつも日本特有の質問ですね(笑)。どんな仕事でも本気でやっている人にとってはあまり大きな問題ではないと思います」ときっぱり。
第二ステージでは源流を探る
世界一周を果たした西本さんだが、すでに新たな目標に向かって歩み始めている。
昨年、立ち上げたイルミナートフィルハーモニーオーケストラもその一つ。自ら芸術監督も務め、クラシックの垣根を越えてダンサーや美術、空間デザイナーなど様々な分野のプロフェッショナルとコラボレーションし、今までにない総合芸術をつくり上げていきたいと取り組んでいる。
「それと最近、音楽に関して自分の血、本能といったところからたどってみたくなって、ルーツを探っています。遠い先祖が長崎・生月島(いきつきしま)の隠れキリシタンだったことが分かったり、口伝えでその土地に残っているオラショと呼ばれる祈りの歌が、原曲誕生のスペインでは伝承されていないことを知ったり。いずれも非常に興味深いことばかりで、さらに調べているところです」
音楽への好奇心は尽きることがない。実際、指揮者としてまだまだ理想を探している途中だと西本さんは言う。
「色んな国で仕事をさせてもらっているということから、また新しい景色が見えてきました。理想はもっと先にある。そう思える限り、音楽家としての旅を続けたい」。その中で、今の自分にできる音楽をそのつど表現していけたら、と。
そして、本当に好きなことならば、どんなにつらくても乗り越えられるし、何かを犠牲にしてでも追求したいという。「そういうストイックさは、実は誰だって持ち合わせているはずです」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
やはり芸術に携わる仕事でしょうね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
中国の思想家、荘子が好きです。漢文って音楽の行間とちょっと似ていると思いませんか? 教訓にしていた物語は「寿陵余子(じゅりょうよし)」。田舎町に住む青年が憧れの邯鄲(かんたん)という街へ出ていき、歩き方を習おうとしたのだけれど、結局は故国の歩き方も忘れ、蛇のように這って帰ってきたという内容です。むやみに他のまねをすれば、自分本来のものも忘れてしまい、両方を失うという意味。ロシアに留学中、「私はそうはならない、絶対に蛇のように這っては帰らない」と固く心に誓い、この故事を紙に書き壁に貼って自分に言い聞かせていました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
指揮の本番では、ダークな色の燕尾(えんび)服や固いスーツを着ることが多いので、靴下など外からは分からない所に赤やオレンジなど、明るめの色のものを身に着けるようにしています。自分に気合を入れ、テンションを上げるためです。
Infomation
西本智実さんが芸術監督&指揮を務める「イルミナートフィルハーモニーオーケストラ」コンサート情報
2012年に西本智実さんが立ち上げた、国籍や国境なき新しいスタイルのオーケストラ、イルミナートフィルハーモニーオーケストラ。オーケストラの他にもイルミナートバレエを有する。今後はイルミナート合唱団も結成予定。5月に静岡市民文化会館にて開催される「西本智実&黒柳徹子 オペラ語りコンサート」など、公演情報は公式サイトにて。
●「静岡朝日テレビ開局35周年記念 プレミアムクラシックシリーズ『西本智実&黒柳徹子 オペラ語りコンサート』」
日程:2013年5月25日(土)午後3時開演
会場:静岡市民文化会館・大ホール
問い合わせ先:静岡朝日テレビ 事業部 054-251-3302
●西本智実公式サイト
http://www.tomomi-n.com/jp/
●イルミナートフィルハーモニーオーケストラ公式サイト
http://illuminartphil.com/