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第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

Vol.99シンガー・ソングライター 馬場俊英
でも、歌を諦めなかった

Heroes File Vol.99
掲載日:2013/5/24

馬場俊英さんの写真1

音楽活動18年目に入った馬場俊英さん。何げない日常にひそむさまざまな感情をつづった曲を歌う彼のその歩んできた音楽人生について伺った。

Profile

ばば・としひで 1967年埼玉県生まれ。96年にデビュー。自主活動を経て2005年にメジャー再始動。07年「NHK紅白歌合戦」で「スタートライン~新しい風」を歌う。近年は須藤晃氏と組み楽曲を制作。「BABA TOSHIHIDE ALL TIME BEST 1996-2013 ~ロードショーのあのメロディ」を5月にリリース。

曲がりくねったデコボコ道の始まり

何げない日常の光と陰を歌にしている馬場さん。活動18年目を迎え、この5月に初の本人監修となるベストアルバムを発売した。

「タイトルにある『ロードショーのあのメロディ』は、20代半ばに作った曲の名前です。昔の恋人に再会し、思い出を振り返るという内容の曲で、今回新たに歌い直しました。このアルバムを聴かれる方が、それぞれの思い出を振り返り、自身のサウンドトラックになるような作品になればという思いを込めて付けました」

西城秀樹の物まねをするのが好きだった少年は、高校の卒業と同時にプロを目指して上京。いろいろなアルバイトをしながら28歳でデビューする。本人いわく「デコボコでドロドロで曲がりくねった道」の始まりだった。

「最初は何が何だか分かりませんでした。自分の曲が商品だということも分からず、俺のCDなのに何で多くの人があれこれ言うの、みたいな(笑)。当時はデビューしたらすごいことになると信じていた。でも特別なことは起こらず、徐々に自信を失っていきました」

そして訪れた、レコード会社との契約終了の時。32歳。失意の底にあっても、まだ音楽を諦められなかった。

確かなものが何もない日々。自分を鼓舞した

馬場俊英さんの写真2

「自分を奮い立たせるような作品がもう一度出来たら、失った自信を取り戻せる」と、まず1枚CDを作ろうと決める。家での孤独な作業だったが、やることは満載。生活は元いたレコード会社が回してくれたレコーディングのサポートや、居酒屋で歌うことでつないだ。

「やり始めると前に進んでいる気がして楽しかった。でも当時の僕の支えは『自分の音楽はいいと思う』という強い思いだけ。確かなものは何もなく、不安になると止まらず、あの頃はCDショップに行けませんでした。自分がリリースしていなくても誰も困っていないし、CDがあふれている現実にいたたまれなくなって。外では自分を鼓舞するため『頑張れ頑張れ』と自らに言い聞かせながら歩いていましたね」 

そして、再起をかけたCDは満足のいく出来に。その喜びで、知人に営業の仕方を習い、CDを袋に詰めて店回りに意気揚々と出かけたが……。

「アーティストだった自分がCDを持っていったら喜んでくれると思っていたけど、手に取ってさえくれない店もあって。僕が持ち込んだあのCDは未来への希望であり自分の分身。それを『要らない』と言われると、自分がいなくていいと言われたようで、帰りは涙が止まらなかったですね」。悔しい青春の日々が続いた。

もう一度挑戦。大きな夢に向かって燃えた

レコード会社との契約終了後、再起をかけたCDを制作。その営業で、現実の厳しさを痛感した馬場さん。だが、曲を良かったと言ってくれる人の声や、ラジオから自分の曲が流れてきたことを力に変え、渾身(こんしん)のアルバムを続けて発表する。30代中ごろには、小規模ながら活動も安定してきた。

「その頃ふと、じきに40歳になると気づきショックを受けました。インディーズにいて、あえてメジャーの活動を見ないフリをしていたけど、実は人一倍意識していた。でも、せっかく好きな仕事をしているのだから、たとえ傷ついても40歳になる前にもう一度勝負がしたい。その日々をこれ以上ないほど燃えようと決めました」

大阪城と日比谷の野外音楽堂(野音)で3千人ライブをする。そう掲げた夢に向け、熱い毎日が始まった。当時、世間からは不可能と思われ揶揄(やゆ)もされたが、活動は注目される。やがて自作の曲「ボーイズ・オン・ザ・ラン」がコブクロによってカバーされ話題に。過去の苦難は声や曲に深みを与え、観客は倍々となり、40歳で野音ライブの夢はかなった。

「僕はそれまで、強い望みがあっても、どうせダメだと先回りして諦めることで、傷つくことを避けてきました。でもこの経験で、諦めなければ夢はかなうと思えるようになった。それに、夢を持つと実現に向けて努力する毎日が輝き出し、充実することが分かったんです」

その時の環境と出会いの中で、ベストを尽くす

馬場俊英さんの写真3

その後、「リストラを乗り越えたシンガー」として社会的に注目され、「NHK紅白歌合戦」にも出演。悩める大人を癒やす応援歌を歌う、というイメージが定着する。そうすると、その期待に応えたいと、曲作りで自主規制したり、多少窮屈になったりしていった。

そんな気持ちを解いたのは、現在、制作活動を共にする音楽プロデューサーの須藤晃さんとの出会いだった。「須藤さんは、やりたいことはすぐにやろうという熱い方。僕が何かにとらわれていると『そんなことどうでもいいじゃない』と。結果、自分の中の未知の扉が次々と開いていきました」 

解放されたかのように様々な曲が生まれ、デュエットや弾き語りライブの再開など、46歳の今新たな挑戦に意欲的だ。

「その時々の環境と出会いの中で懸命に挑戦してきて、失敗したり、思い描いた結果と違ってしまったりしたこともある。でも傷つくことを恐れ何もしないことが一番いけないと今は実感しています。僕なりの理想像はあったけど、歩みの中でお前はそうじゃないと、べりべりと皮を剥がされ、ようやく自分が分かってきました。そんな今が本当のスタートなのかもしれません」

ヒーローへの3つの質問

馬場俊英さんの写真4

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

料理人ですね。昔、レストランでアルバイトをしていたこともあり、料理をするのが好きなんです。何よりもものづくりが好きで、お客さんの反応があることが好きなので。

人生に影響を与えた本は何ですか?

宮沢章夫さんの「よくわからないねじ」です。宮沢さんの日常生活への視点には、とても影響を受けています。彼の視点からは、普通の暮らしがこんなにも楽しさにあふれているものなのだということを教えられる。宮沢さんの著書はすべて好きですね。

あなたの「勝負●●」は何ですか?

コンサートの舞台に上がる前、靴ひもをギュッと締め直します。そうすることで本番がうまくいくように思えるんです。

Infomation

5月15日に、自身の初監修によるオールタイムベストアルバム「BABA TOSHIHIDE ALL TIME BEST 1996-2013 ~ロードショーのあのメロディ」をリリース

自身の音楽生活17年を振り返り総括するアルバム。フォ-ライフ、インディーズ時代、ワーナーミュージック・ジャパンとレーベルの垣根を超えて編成されたベストアルバムだ。ディスク1が「ROAD MOVIE」、ディスク2は「LOVE STORY」をテーマに編集し、コブクロの小渕健太郎との共同作「三つ葉のクローバー」や新曲「向かい風は未来からの風」などを収録。「ロードショーのあのメロディ」と「オセロゲーム」は今回新たにレコーディングしたニューバージョン。初回盤には17年の音楽生活を振り返るDVDも付く。現在このアルバムを携えた全国ライブツアーを展開中。
また6月27日(木)に、伊勢正三さんと二人で行う「FM COCOLO プレミアムステージ 『君と焚き火とオーディナリーLIVE』」が大阪で開催される。

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