第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.107俳優 山本耕史
覚悟して自分を貫く
Heroes File Vol.107
掲載日:2013/9/20
芝居だけでなく、歌やダンスでも卓越した才能を発揮し観る者を魅了してやまない俳優・山本耕史さん。クリクリッとした少年のような眼差しのせいかやわらかな印象だが、心の奥底には確固たる「自分」を持つ人だ。
Profile
やまもと・こうじ 1976年生まれ、新宿区出身。幼少時から俳優として活動。近年ではドラマ「平清盛」「激流 ~私を憶えていますか?~」、映画「ステキな金縛り」、舞台「ロックオペラ モーツァルト」「おのれナポレオン」など。2013年10月4日(金)~14日(月・祝)に東京・赤坂ACTシアターにて公演される音楽劇「ヴォイツェク」に主演予定。
破滅に向かう精神をうそなく演じる
コメディーからミュージカル、時代劇まであらゆるジャンルで際立った存在感を放つ実力派だ。近年さらにすごみを増している俳優・山本さんが2013年秋に挑戦するのは、音楽劇「ヴォイツェク」の主演。
舞台は19世紀ドイツ。社会の底辺に生きる貧しい兵士が、内縁の妻の浮気を知り、幻聴にさいなまれ、精神的に追い込まれて、とうとう妻を殺してしまうという物語。山本さんは兵士ヴォイツェクを演じる。
「彼は自分で勝手に破滅に陥ったのではなく、おそらく周囲の心ない言動などに翻弄(ほんろう)され、疑心を募らせた結果、そうなってしまったのではないかと思う。人間社会にはそんな残酷さが潜んでいる。その部分をうそなく誠実に表現できたらと思っています」
山本さんは幼少の頃からモデルを始め、10歳の時「レ・ミゼラブル」で舞台デビュー。物心ついた時にはもう「演じる人だった」という。「だから、僕にとって俳優であることは日常の一コマのよう。今日は好きな体育だけど、明日は苦手な国語だから嫌だな、ぐらいの感覚で現場へ通っていましたね」
転機は21歳の頃。ミュージカル「RENT」に出演し、「ああ、僕はこんな歌い方ができるんだ、こんな風に感情が動いていくんだとか、いろんな気づきがあって、自分の細胞が反応するのを感じた。本当に、感情に突き動かされるがまま泣いたのも初めてでした」
自分らしさを失わず新たなフィールドへ
この舞台を機に自分のやりたいことが明確になった。それはよかったのだが、同時に自分で自分の首を絞めることにもなってしまった。
「やりたいこと以外やりたくないから、これは自分のやりたいものではないなと思うと、すごく苦痛に感じるようになってしまったんです。場合によってはお断りしたりすることもありました」
約8年間、そんなジレンマとの闘いが続いたが、NHK「大河ドラマ『新選組!』」で意識が少し変化したという。
「同世代の共演者たちの存在が大きかった。ものすごく充実した現場を1年間経験したことで、どの作品にどんな出合いがあるか分からない。そのチャンスを自ら捨てることはないなと思うようになったんです。もちろん、自分の核にある、好きな芝居の基準みたいなものは今もあって、それは安易に変えられないし、変えたくない。でも、だったら、どんな作品に対しても自分の核を大事にしつつ入っていけばいいかな、と」
だからといって、仕事を広げすぎてもいけないと自戒する。常に俯瞰(ふかん)で自身を見つめ、その立ち位置を確かめながら歩んでいる。
何かを捨てると大事なものが手に入る
山本さんはこれまで、ずっと個人事務所でやってきた。その理由は「特に僕は大きな組織や劇団などに入って、みんなで足並みそろえて頑張るタイプではないから」という。そして、そもそも俳優とは本来一人で歩むものだという思いがあるからだ、と。
「何だかその一線だけは守りたいんです。長いものに巻かれず、自分がここだ! と思える場所に立ち続ける自由さだけは大切にしたい、常に持ち合わせていたいって思っているのかもしれません」
以前に比べると、どんな仕事も柔軟に対応するようになった。だが、今でも場合によっては断る。当然、それが原因で仕事が減ることもある。
「おもしろいもので、減っていくのは案外自分が気乗りしない類いの仕事。反対に自分が心底やりたいと思えるテイストの仕事は増えています。もし何でもやりますというスタンスだったら、こうはならなかったと思う」。とは言え断るというのも勇気のいること。それができてしまうのは、山本さんに、いつでも辞めてもいいという思いがあるからだ。
「人生の中で仕事が一番だとは思っていないんです。大好きで、全力で頑張っているけれど、同時にもっと気楽に仕事を捉えている部分もある」
例えば演技においてもそう。どうしてもうまくいかない時は、多少落ち込んでもすぐに「もういいや」と開き直ることにしている。
「前向きにやり続けているのに埒(らち)が明かなくて、もういいやと思って後ろを向いたら、意外にいいアイデアがいっぱい落ちていたりすることってあるでしょう。だから、どうもダメだなと思ったら、いったん放り出して他を見る。視点を変えれば視野が広がり、新たなものも見えてくる。そうやって気分転換しながら前へ進んでいる感じです」
人とぶつからず自分らしく振る舞う
気取りなく、自分の思ったことは包み隠さず話す。それゆえに若い頃は人とぶつかることも多かったという。
「分からないことを分かりましたと言って受けるということも絶対にしなかったですからね。何があっても自分の気持ちにうそをつかなかった」
思いのすべてを話すのは、勇気も責任もいること。でも、正直に自分を貫いてきたからこそ今があると山本さんは思っている。「と言いながら、最近はけんかをする体力もなくなり、そうですねと言いながらスルッとかわし、自分を通すという円滑な方法を処世術として身に付けました」(笑)
柔軟さと頑(かたく)ななまでの自主性が絶妙なバランスで共存する。魅力の源泉がそこにある。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
幼い頃は体操の選手になりたかった。アクロバットが好きだったのです。
人生に影響を与えた本は何ですか?
活字は苦手で、もっぱら読むのはマンガなんです。「ドラゴンボール」は僕のバイブル。芝居で迷った時にポーズや表現の参考にしちゃいます。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
休みの前日にお酒を飲むことくらいかな。僕にとっては休日が本番と思っているので、逆に本番に向けての「勝負●●」ってことで(笑)。
Infomation
「音楽劇 ヴォイツェク」
若干23歳で夭折した19世紀ドイツの天才作家ゲオルク・ビューヒナーが、とある殺人事件を基に書いた未完の戯曲「ヴォイツェク」。この名作が赤堀雅秋脚本、白井晃演出という演劇界注目のタッグで2013年秋、よみがえることに! 主演は、近年さらにすごみを増している山本耕史。圧倒的な歌唱力も併せ持つ彼が哀しく切なく力強く演じ切るさまは、まさに必見だ。
原作:ゲオルク・ビューヒナー
脚本:赤堀雅秋、演出:白井晃、音楽:三宅純
出演:山本耕史、マイコ、石黒英雄、良知真次、池下重大、青山草太、半海一晃、春海四方、真行寺君枝、今村ねずみ、団時朗、他
東京公演:2013年10月4日(金)~14日(月・祝)赤坂ACTシアター、問い合わせ先(チケットスペース 電話03-3234-9999)
大阪公演:2013年10月25日(金)~27日(日)シアターBRAVA!、問い合わせ先(キョードーインフォメーション 電話06-7732-8888)