第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.137タレント パトリック・ハーラン
流れに身を任せてみた
Heroes File Vol.137
掲載日:2015/7/30
22歳で来日。「ダメもとで頑張って、失敗したらいつでもアメリカへ帰るつもりだった」が気づけば22年。コメディアンやコメンテーター、大学講師などさまざまな分野で活躍するパックンことパトリック・ハーランさん。「予想もしなかった道だけど、自分のここまでの歩みをステキに思う。それと同時に歩まなかった道にも恋しさを感じる」と言う。そんな独自の人生観など、お話を伺った。
Profile
1970年米コロラド州生まれ。ハーバード大学比較宗教学部卒業。93年来日。97年に吉田眞(マックン)とお笑いコンビ「パックンマックン」を結成し、テレビなどで活躍。2012年10月から東京工業大学非常勤講師として「コミュニケーションと国際関係」を担当。その東工大での白熱講義を書籍化した『ツカむ!話術』が好評発売中。
ダメもと精神が夢を追う原動力に
アメリカの名門校ハーバード大学出身という異色のコメディアン。お笑いコンビ「パックンマックン」のパックンことパトリック・ハーランさん。頭の回転の速さを感じさせる鋭いツッコミと、ユーモアあふれるトークでテレビのバラエティー番組や情報番組に引っ張りだこだ。
大学卒業後の進路を思いあぐねていた時、幼なじみに誘われて来日し、福井県へ。英会話学校で講師として働きながら、アマチュア劇団での活動やラジオのDJなどを経験した。
「福井にいた2年半で奨学金の返済ができ、自由になれた感触があって無性に冒険したくなりました。昔からの夢は役者になること。英会話講師として安穏と暮らすより、絶対無理だけどダメもと精神で夢に挑戦してみようと思い、上京しました」
いくつかの外国人タレント事務所に登録し、モデル、エキストラ、DJなど、声が掛かればどんな仕事でも引き受け、全力で取り組んだ。
「自分で選んで始めたことだから食わず嫌いはダメ。何でも楽しんでやろうと決めていました。それに仕事がない時は、『遊びにおいで』という社交辞令をうのみにして事務所へ足を運び、仕事をくれるまで帰らなかったり。自分としては当然と思っていたけれど、多少しつこかったかも!」
そのかいあって収入は安定し、生活には困らなかった。
「ただ25、26歳のころは仕事が増えても現状に満足できずにいた。成功するはずがないと思いつつも、変に自信過剰でもっと売れるはずなのにって考えていました。一番もんもんとしていた時期だった気がします」
人からの助言に従いお笑いの道へ
そんななか、大きな転機となったのが、マックンこと吉田眞さんと出会い、お笑いコンビを結成したことだ。
「喜劇役者になるため日本の笑いを学ぼうと思って始めたんです。実際、マックンが『面白いことを言えば、顔は大げさな表情をしなくていい』など、日本でウケるコツをいろいろと伝授してくれた。それが僕の笑いのセンスのベースになっています」
その後、テレビ番組「爆笑オンエアバトル」で注目され、「英語でしゃべらナイト」など多くの番組に出演。着実に知名度を上げていった。
「勉強の場と思って始めたお笑いが、いつしか本業になってしまった。役者の夢はまだ途上だけれど、どんな仕事でも自分が楽しいと思えたら、流れに身を任せてやればいいのかなと思う。実際、それで道が開けていったので」
失敗したらそれを土産話にアメリカへ帰ればいい。そう思い続け、気づけば22年が経とうとしている。
学んで柔軟に対応する自分が好き
コメディアンのほか、コメンテーター、MC(進行役)、声優などの仕事もこなす、パックンことパトリック・ハーランさん。通りの良い声でここまで滑らかな日本語を話す外国人タレントもそう多くはない。それもパックンさんの大きな魅力であり、武器になっている。
「アメリカ人が日本語を話せたらカッコいいし、モテると思って必死に勉強し、来日2年目に日本語能力試験1級を取得しました。芸能界で仕事を始め、プロ意識に目覚めてからはイントネーションをずっと訓練しています」
今も毎日、移動中はNHKのニュースを聞き、それを追いかけながら復唱しているという。そんな具合にどんなことでも真摯(しんし)に学ぶし、それができる自分が好きと言い切る。
「学生時代も、先生に言われたことをまじめに受け止め、言われたようにできるまで努力しました。運動神経でほかの子に負けても学習能力で弱点を克服し、スタメン入りするタイプ。どんな状況にも柔軟に対応すれば、自己成長につながる。それが気持ちいいので頑張るんだと思います」
現在も若い時と同様どんな仕事も来るものは拒まず、未経験でも依頼は快く引き受ける。
「ただ、チャンスというのは偶然と準備が重なった時に訪れるもの。日ごろから準備しておかないと、機会が訪れた時に気づかずに見過ごしてしまう。だから常にアンテナを張っているし、こんなことをやりたいという意欲や覚悟を周りにアピールするよう心掛けています」
時間は万能薬と信じている
2012年から東京工業大学で非常勤講師としてコミュニケーション論を教えている。その講義を基にした、相手の心をつかむ話し方をまとめた著書『ツカむ!話術』は8刷を重ねるほどヒット。
「アメリカの詩人ロバート・フロストの詩に『森の中に二つ道があって、僕は人が通っていないほうを選んだ』というようなフレーズがあって、僕も誰とも違う人生を歩めたことに喜びを感じている。でも同時に、選ばなかった道にも恋しさがあって、そちらを選んでいても幸せを得ていた気がします」
人は、うまくいかないと選んだ道を後悔する。しかしパックンさんは違う。自分の幸せに続く道はたくさんあり、今はその中の一つを歩んでいるに過ぎないというとらえ方をする。
「両親も姉弟も、四苦八苦した時期があったけれど今はみんな幸せ。結局、自分をあきらめなければ幸福はつかめる。何より時間が万能薬となって嫌なことはすべて解決してくれます」
心の奥底からそう信じている。だからめげないし、陽気に突破していけるのだ。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
アップル社の社長かも! 目立ちたがり屋なので何かしら目立つことをしていたのかな。とはいえ正直なところは分からない。まさか今のような仕事に就くなんて想像もしていなかったから。
人生に影響を与えた本は何ですか?
俳優のマイケル・ケインが書いた演技論の本。俳優として成功するにはどうしたらいいのかというハウツー本なのですが、俳優でなくても「自分が生きていくうえで何を大事にすべきか、どういう行動を取るべきか」の指針になってくれる一冊です。『映画の演技』という日本語版がありますよ。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
勝負睡眠。大きな仕事がある時は取りあえず寝ます。十分に睡眠をとって英気を養ったうえで勝負に臨みます。
Infomation
すでに8刷! パックンが教えるハーバード流トーク術
著書『ツカむ!話術』
練習すれば口下手は治る! ハーバード大卒のお笑い芸人でもあるパックンことパトリック・ハーランさんが、相手の心をツカむ話術を伝授する。2014年4月に発売されて以来、なんと8刷! 「エトス・パトス・ロゴス」といった「弁論術」の基礎的な理論から、アメリカの歴代大統領のスピーチ術、芸人としての笑いの研究などの実践例を軽妙な筆致で紹介。どんな相手にも通用する話術とその鍛え方を習得できる一冊だ。ジャーナリスト・池上彰さんとの「伝える力」対談も収録。価格:800円(税別)、出版社:角川書店。