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第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

Vol.149料理家 栗原友
30歳を過ぎて、最後の仕事を決めたくなった

Heroes File Vol.149
掲載日:2016/5/20

栗原友さんの写真1

料理家として活躍目覚ましい栗原友さんは、著名な料理家・栗原はるみさんの長女。母と同じ職業ではあるが、最初からこの道を選んで歩んできたわけではない。だからこそ、今に至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。自らの力でチャンスをつかみ取り、母とはまた違うタイプの料理家として注目を集めている栗原さんに、その半生を聞いた。

Profile

くりはら・とも 1975年東京都生まれ。2005年から料理家として活動を開始。得意とするのは簡単でおしゃれな魚料理。16年5月現在、朝日新聞デジタルでコラム「クリトモのさかな道」を連載中。6月には扶桑社から著書『クリトモの大人もおいしい離乳食』(仮題)を出版予定。

クリトモこと栗原友さんは、著名な料理家・栗原はるみさんの娘にして自身もまた料理家。クッキングスクールの主宰を中心に、雑誌やテレビ出演など多方面で活躍している。「魚を知りたい」と飛び込んだ築地の魚屋でも修業中で、2016年で5年目を迎えた。

得意とするのは簡単でおしゃれな魚料理。ハーブやスパイスを使うなど、ちょっと外国風にアレンジするのがクリトモ流だ。「難しいと敬遠されがちな魚料理を、こうすればもっと気軽においしく食べられるよ! と伝えたいですね」

母と同じ料理の道。でもそれは既定路線ではなく、実は今に至るまで意外なほど遠回りをした。高校卒業後、ファッションへの興味から服飾の専門学校へ。在学中に、クラブ情報誌のライターやショーの演出家のアシスタントなどさまざまな職を経験した。

20歳でブランドPRの仕事に就くが、7年経ったところで自分を見つめ直したくなりイギリスに語学留学。帰国後は友人から声を掛けられ、初めて正社員として広告制作会社に入社したが、更に良い条件でアパレル会社からPRをやらないかと声を掛けてもらい、2年でアパレル会社に転職。「条件はいいし、仕事は楽しいし」で大満足で働いていたころ、思わぬところから降ってわいたのが料理の仕事だった。

栗原友さんの写真2

「編集プロダクションを経営している友人から通販会社の小冊子に料理のレシピを書いてみないかと誘われました。何で私が? と聞いたら『はるみさんの娘だし、料理できそうだよね』と。母に相談したら、いいじゃない! と大賛成。じゃあやってみようかと取り組み始めました」

子どものころから母と一緒に台所に立ってきたので、料理の技術も舌も基本はできている。小冊子に初めて掲載したレシピは、スペアリブ。それからはおいしいと思うものを自由に紹介し、そのスタイルが受けて少しずつ料理の仕事が増えていった。そして縁あって「ASEAN食の親善大使」という役目を務めたことで、こうした依頼は一気に加速する。

もともと好奇心が旺盛で、行動力は抜群に良かった。声が掛かれば、まずは何でもやってみる。だからこそ、これまでも出合いに身を委ねてさまざまな職を経験してきた。「器用貧乏って言うんですか、色んなことに興味があって、それなりに何とかやってきた。でも30歳を過ぎ、そろそろ最後に手掛ける仕事を決めたくなった」

それが料理の世界だった。このジャンルで食べていこう。そう決めた栗原さんは、思い切って会社勤めを辞め、腹を決めて本格的に料理の道に歩み出していく。

夢を追い掛ける姿が周りを応援隊に

栗原友さんの写真3

著名な料理家・栗原はるみさんを母に持つ、クリトモこと栗原友さん。もともと料理家になるつもりはなく、別のさまざまな仕事を経験し、それなりに活躍してきた。でも思わぬ縁で料理の道へ。そしてこの仕事で食べていこうと決めた時、栗原さんは30歳を過ぎていた。

「目指す道を歩みながら、アルバイトもしました。でもどうせなら料理の仕事に役立つことをしようと、当時ケータリングの仕事をしていたこともあり、日本の四季の料理が学べるよう向島の料亭で働くことにしたんです」

仕事の内容は芸者のサポート。自らも着物を着て髪を結い、お座敷に出る。「和」の文化に触れられるこの仕事は確かに、栗原さんの料理の幅を広げ深めるのに役立った。

「1年経ったころ、きちんとお稽古をして芸者にならないかと勧められたんです。実際、この仕事に向いていると思ったし面白くなってきたところだったけれど、いやいやブレちゃいけないと考えて辞めました(笑)」

幸い料理の仕事は順調に入ってきて、何とか食べていけるようになっていた。そんなある時、鮮魚をさばかなければならない場面に立たされる。実はそれが苦手だった栗原さん。本人いわく大恥をかくことになった。

「結局、その場にいた料理上手なライターさんにさばいてもらったんですね。料理家としてこれじゃいけない、魚のことをもっと勉強しなきゃと反省しました。そして築地で働いてみることにしたのです」

築地の魚屋に片っ端から電話し、現在修業中の斉藤水産の社長にOKをもらった。初めはなかなか魚に触らせてもらえなかったが、やがてワガママを聞いてもらい、ついに魚のさばき方をマスター。多くいる料理家の中でも「魚料理が得意」という立ち位置をゲットした。

思い立ったら即、行動。仕事に必要な知識も経験も人脈も、体当たりでつかみ取る。そのがむしゃらに夢を追い掛ける姿に、いつしか周りも巻き込まれて応援隊になっていく。そうやって、母とはまったく別のところで料理家としての道を切り開いてきた。

一児の母となった今も、コラムを書き、自ら売り込んで離乳食の本を出版するなどチャレンジ精神は健在だ。「1歳の子供がいるとパソコンを開くのも大変。だから家中に『ひらめきノート』を置き、仕事のことで思いついたら何でも書き込むようにしています」

将来は大好きな旅と食を結びつけて仕事をしたいと話す。エネルギッシュな栗原さんなら、必ずやその夢をかなえるに違いない。

ヒーローへの3つの質問

栗原友さんの写真4

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

20代の8年間、ファッション関係のPRの仕事をしていました。コミュニケーション力はあるほうなので、とても楽しかったし向いていた! 料理家でなければ断然、この仕事ですね。

人生に影響を与えた本は何ですか?

特にありません。

あなたの「勝負●●」は何ですか?

自分に気合を入れたい時は、築地市場で働く夫に包丁を研いでもらっています。不思議と気持ちが落ち着き、良い仕事ができるような気がするんです。

Infomation

著書『クリトモの大人もおいしい離乳食』が出版予定!

2016年6月に扶桑社から著書『クリトモの大人もおいしい離乳食』(仮題)が出版される予定。自身の1歳になる子供の離乳食の写真をSNSにアップしていたところ、子育て中のお母さんたちから「本にして欲しい」という声が届き、栗原さん自ら出版を持ち掛けて実現させた。大人がおいしいと思えるものを離乳食にする、というコンセプトのレシピ本だ。

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