第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.160劇作家/演出家 倉持裕
何もしない貧乏より何かに挑む貧乏を選ぶ
Heroes File Vol.160
掲載日:2016/12/22
多くの俳優たちがこの人の作品への出演を望んでいる。人気の劇作家・演出家であり映像の脚本も手掛ける倉持裕さんがその人。クールなまなざしで、いかにも冷静沈着、物事に動じないような雰囲気なのだが発せられる演劇に関する言葉には力があり、熱がある。そんな倉持さんの仕事観、演劇への思いを伺った。
Profile
くらもち・ゆたか 1972年神奈川県生まれ。学習院大学卒業。劇団ペンギンプルペイルパイルズ主宰。2004年に岸田國士戯曲賞受賞。NHK「LIFE!~人生に捧げるコント~」ではコント執筆。17年2月10日(金)から東京・シアタートラムにて舞台「お勢登場」上演予定。
演劇のみならずテレビ・ラジオ番組の脚本なども手掛け、活躍目覚ましい劇作家で演出家。すでに2017年の新作舞台も4本決まっているという人気ぶりだ。その第一弾「お勢登場」が2月に上演される。江戸川乱歩の短編8作を一つの新たな戯曲に編み上げたもので、その複雑さが乱歩の迷宮めいた世界をより強調させるような作品に仕上がっている。
「複数の話が混じり合うことで、僕自身も予測できなかった面白さが生まれました。ラストに向かうにつれ、複雑怪奇なパズルがピタッとハマっていく快感を味わってもらえると思います。お勢を演じる黒木華さんの悪女ぶりにも、ぜひ期待してください」
倉持さんが演劇に興味を持ったのは高校時代。深夜、テレビで見たイッセー尾形さんの一人芝居がきっかけだった。「舞台の収録番組で、本当にかっこ良かった。テレビのバラエティーとはジャンルの違う笑いがありました」
あんな舞台をやってみたい。そう思い大学で演劇部へ入るが、歌や踊りが中心で、やりたい演劇とはタイプが違うと感じた。そんな矢先、東京・下北沢の本多劇場で岩松了さん作・演出の「竹中直人の会」を見る。
「ああ、これだ! と人生2度目のショックを受けました。とにかく岩松さんに近づきたいと思い、役者オーディションを受けて作品に出演させていただき、その後は自分の脚本を読んでもらったり、自作の舞台を見に来てもらったりしました。事細かに感想やダメ出しをしてくれるのが勉強になって、数年このやり取りをさせていただきましたね」
実は倉持さんは経済学部出身。大学へ入るまでは会社員になろうと思っていたが、次第に演劇の魅力にハマっていき、就職活動もしなかったという。「いろいろ褒めてもらえたことが自信になっていたので、迷いはなかった」
ただ大学卒業後の約5年間は、相当くすぶっていたそうだ。同世代の劇作家が世に出始めたのに、自分は生活のためにアルバイトを辞められず、演劇に専念できない。焦りと劣等感が募った。「何とか一発逆転できないかと思い、テレビのシナリオ大賞などに幾つも応募しましたが、全然ダメでした」
そんなことに時間を費やすより、自作を発表する場を作った方が世に出るチャンスは広がる。そう考えて、劇団ペンギンプルペイルパイルズを立ち上げた。「劇団をやると貧乏になる。でも、うだつの上がらないまま貧乏でいるより、何かに挑む貧乏の方がいいなと思って決断しました」
チャンスをつかむには、ただひたすら誠実に
倉持さんが劇団ペンギンプルペイルパイルズを結成し、活動を開始したのは2000年だ。
長い劇団名は「ペンギンが青ざめた杭を引き抜く」という意味。「当時、少し冷めた感じで現実世界を描くような芝居がはやっていました。そんな風潮を、僕ら=ペンギンが打ち破るという思いを込めた名前です。演劇はしょせん作り事。だったらむしろうそ臭さがあった方が、演劇においてはよりリアルではないかと考えました。お客さんもその方が絶対楽しいと思いましたし」
実際、シチュエーションコメディーやSF、ミステリー、家庭劇などさまざまな作品を作・演出しているが、いずれもどこかファンタジックで不可思議。これは虚構なのだと思わせておいて劇的に真実を光らせるのにたけている。
04年に自作「ワンマン・ショー」で岸田國士戯曲賞を受賞して以降、さらにその才能は広く知られるようになり、劇団活動をベースにしながらも他劇団への書き下ろし、翻訳劇の台本、テレビ・ラジオ番組の脚本、コラムの執筆など仕事は多彩になっていった。
そんな倉持さんの、演出家としての転機は11年5月に上演した「鎌塚氏、放り投げる」だ。「コメディーと銘打って宣伝し始めた矢先、東日本大震災が起きて上演していいものかどうか悩みました」。でも、こんな時だからこそコメディーをやるべきだと覚悟を持って上演。
「そうしたら、最初はお客さんが全然入らなかったのですが、途中から目に見えて増えていきました。初めて演劇を見たという人も存分に楽しんでくれた。勇気づけられましたね。大勢の人が喜んでくれることが、僕らも素直にうれしいものなんだって確信しました。それ以降、多くの人に喜ばれるっていう、そういう作品を作るのが僕の目標になりました」
どんな仕事もひたすら誠実に取り組む。「ちょっとでも手を抜くと、その手抜き加減が作品のカラーとして出てしまい、それなりの評価しか得られない。お客さんの心を揺さぶるなんて絶対無理です。逆に一生懸命やったものには、必ずそれだけの評価が返ってくる。何より真面目にやっていれば誰かには伝わります。そして、それが次の仕事につながったりもする。だからどんな仕事も、地道に誠実にやるということしかないんですよ」
定時に会社へ向かう父親の姿にあこがれのようなものを抱き、会社員になろうと思ったこともあった。「実際には真逆みたいな道を歩んでしまったけれど」と笑うが、謙虚に働く父親の、その姿勢はしっかりと受け継いでいる。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
会社員です。毎日、定時に会社へ向かう父親に少なからずあこがれのようなものを感じていましたから。年齢を重ねるにつれ、目に見えるステップアップがあり、それに伴って身につける物もこれ見よがしではなく、いい物に変わっていくのもいいなと思って見ていました。
人生に影響を与えた本は何ですか?
池波正太郎さんの『男の作法』です。男の粋というか、粋な生き方を教えてくれる一冊。今でも時々読んでいます。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
一番のお気に入りの万年筆です。書き味がいま一つ気に入らないので、普段はほとんど使わないのですが、新しいノートにした時は必ず、その万年筆を使って表紙に使い始めた日付と自分の名前を書いています。
Infomation
新作舞台「お勢登場」2017年2月上演!
江戸川乱歩の8本の短編小説を、倉持さんが複雑な手法で一本の演劇作品に再構成。そのうち主軸となるのが『お勢登場』だ。若く妖しい女・お勢の夫がある日、長持ちの中で不審な死を遂げる。果たして犯人は……。それぞれの短編作品が、パラレルワールドのように展開しながら次第に絡まり合っていく。個性派俳優が集結し、ほとんどの俳優が複数の役を演じるのも見どころの一つ。「迷宮に迷い込んだような感覚、パズルがピタリとハマった時の快感を味わっていただけると思います。ぜひ乱歩ファンの方にも見てほしいですね」と倉持さん。
〈東京公演〉
日程:2017年2月10日(金)~26日(日)
会場:シアタートラム
原作:江戸川乱歩(本格推理ものから『二銭銅貨』『二癈人』『D坂の殺人事件』、怪奇・幻想ものから『お勢登場』『押絵と旅する男』『木馬は廻る』『赤い部屋』『一人二役』)
作・演出:倉持裕
出演:黒木華、片桐はいり、水田航生、川口覚、粕谷吉洋、千葉雅子、寺十吾、梶原善
公式サイト:https://setagaya-pt.jp/performances/201702
osei.html
問い合わせ先:世田谷パブリックシアターチケットセンター(電話03-5432-1515)
〈福岡公演〉
2017年3月1日(水)福岡市民会館
〈大阪公演〉
2017年3月4日(土)・5日(日)梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ