第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.176映画監督 大九明子
もうダメって感じたら次を見つけに動こう
Heroes File Vol.176
掲載日:2017/12/14
映画監督としてはちょっとユニークな経歴の持ち主。事務職、芸人、役者を経て30歳を過ぎてから監督として商業映画デビューした大九明子さん。「何か違う」と感じたらすぐに仕事を変えてきたが、監督業だけは違ったという。天職とまで言えるような職業に巡り合うまで大九さんにどのような紆余曲折(うよきょくせつ)があったのか伺った。
Profile
おおく・あきこ/1968年神奈川県生まれ。明治大学卒業。99年に監督・脚本作品『意外と死なない』でデビュー。その後『恋するマドリ』『モンスター』『でーれーガールズ』などを手掛ける。12月23日(土・祝)から、松岡茉優主演作『勝手にふるえてろ』が全国公開予定。
主人公の24歳OLヨシカが二つの恋に悩み、暴走する姿を描いたラブコメディー映画『勝手にふるえてろ』が2017年12月23日(土・祝)から公開される。原作は綿矢りささんの同名小説で、監督・脚本を大九さんが務めた。
「タイトルの響きだけで私はいろいろな思いが浮かび、原作を読み進むと20代の自分がどんどん思い出されました」。これまでの人生でため込んできたものをマグマのように爆発させる勢いで、一気に脚本を書き上げたという大九さん。20代はヨシカのように世の中を斜に構えて見ているところがあり、何をやってもうまくいかず、辛酸をなめる日々だったと語る。
大学を出て官庁の外郭団体へ就職するが、仕事が性に合わず4カ月で退職。「実はお笑いが好きで、学生時代はアマチュアのコント集団に所属していました」。そこでその道で食べていけたらと、芸能事務所主宰の芸人養成学校に入学する。しかしプロの世界は厳しかった。
ピン芸人としてライブに出ていたが全然ウケない。ネタを作るのも苦しいし、どんどん売れていく同期を横目で見ながら敗北感だけが募っていった。そんな折、俳優事務所が声を掛けてくれたのもあって、今度は役者に挑戦。「でもなかなか仕事がなく、元々自分がやりたいことでもなかったので、自分でも何が何だか分からなくなって悶々(もんもん)としていました」
光の見えない状況が延々と続く中、偶然、映画美学校の生徒募集のチラシを見つける。「映画は好き。だけど監督になるなんてまったく考えることなく、好きな監督たちが講師陣に名を連ねていたのに引かれて応募しました」
ここで運命は大きく変わる。入学2年目、シナリオコンペで大九さんの作品が選ばれた。入賞作品は映画にすることができる。「こんなチャンスは人生で二度とない」と全力で制作。それが中編コメディーの『意外と死なない』で、これを機にラジオドラマの脚本などの仕事が入るようになった。ただ、自身は純粋に映画を撮りたかったという。「監督業はすべての作業がもの作り。それが私には魅力だったので、その後も自主映画を撮り続けました」
天職のような仕事を見つけた大九さん。過去を振り返って思うのは、仕事には我慢も大事だけど、つら過ぎると感じた時はその場にとどまらなくてもいいということ。「さすがにもうダメだと感じたら、私は次を見つけるために動きます。今よりは良いことがあると信じて。そうこうしているうちに自然に自分がやりたい方向へと進んでこられた気がします。かなりの遠回りではあったのですが(笑)」
離れたくない仕事なら何としてもしがみつく
現代女性を優しい視線で描いてきた映画監督の大九さん。『恋するマドリ』で商業映画デビューを果たすも、その後、2作目となる『東京無印女子物語』を撮るまでの4年間、まったく映画監督としての仕事が入ってこなかった。
「監督って撮っていないと無職も同然。つら過ぎて、その4年間何をやっていたかも思い出せないほどです。でも不思議に転職しようとは思わなかった。しがみついてでも映画界に居続け、作品を撮りたいと思っていました」
そして2作目以降は、声を掛けてくれる人がその都度現れて、コンスタントに映画を撮り続けられるようになっていく。
「以前通っていた映画美学校で強烈に覚えているのは、『君たちはもう映画ファンではなくなった』という教えです。作り手になったんだから覚悟しなさい、と。それは常に頭にあって、どの現場でも、決して長いものに巻かれず映画と真正面に向き合ってきたという自負があります。毎回必死に撮って、終えると誰かが『一緒にやりませんか』と声を掛けてくれる。本当に夢のようですが、でも、それが細々とだけどつながってきたから今があるんです」
商業映画デビューから丸10年。「ようやくここ2、3年で、監督業を一生やっていきたいという欲望がメラメラと湧き上がってきています」と笑う。もの作りの喜びだけでなく、現場にはさまざまな学びがあることに気づき、より一層この仕事が好きになったそうだ。
「映画は一人ではなく集団で作るもの。その中でお願いすることと、OKを出すのが監督の仕事なのですが、これが正直なかなか難しい。だから、どう言ったら人に伝わるか、どうしたらその場の空気が良くなるかということを常に考えながら行動するようになりました。そういう気づきを与えてくれ、学ばせてくれているところが私にとっては魅力の一つなんです」
そんな大九さんが今回、監督・脚本を務めた最新作『勝手にふるえてろ』が、第30回東京国際映画祭コンペティション部門で観客賞を、主演の松岡茉優さんが東京ジェムストーン賞を受賞した。「限られた予算ではありましたが、その中でかなり自由に撮らせてもらった作品です。迷った時も客観的な判断は捨て、徹底して自分がやりたいことをやり切らせていただいた。それだけでも満足なのに、このようなステキな賞をもらえたことは本当に夢のよう。映画にしがみついてきて良かったと心から思います」
順風満帆ではなかったものの、映画監督という道を見つけてからは一筋に歩む。「離れたくない」と思える仕事、だから向上していける。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
書道の先生でしょうか。4歳から先生が亡くなるまでの30年間習っていたのもあって。その先生はもはや親のようで、いろいろと学ばせて頂きました。例えば字を書く時の、白い半紙と墨のバランスの大事さとか。その感覚は今、撮影カットの構図で生かされ、人にどう立ってもらうかを決める際にすごく役立っています。
人生に影響を与えた本は何ですか?
小4の時に読んだ星新一さんの『ボッコちゃん』です。シンプルだけど美しい言葉、分かりやすい言葉、心に染みる言葉がいっぱいあって、これをきっかけに星さんの本を全部読みあさり、星さんが影響を受けたという太宰治の本も読み始めたりしました。そういう意味で一番影響を受けたのが『ボッコちゃん』。今でもシナリオを書いていて気取ったセリフを使いたくなるとこの本に立ち返ります。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
赤が大好きなので仕事の時には必ず赤いものを身につけます。ブレスレットとか、ひっそりと赤のパンツをはくとか。今回撮った映画『勝手にふるえてろ』の原作にも赤い付箋(ふせん)が出てきたので、映画の中で赤いモチーフをいっぱい使いました。
Infomation
大九監督最新作『勝手にふるえてろ』が公開!
片思いしか経験のない24歳のOLヨシカ。中学の時から10年間片思いしていた同級生「イチ」と、ヨシカにとっての初めての告白をしてくれた会社の同僚「ニ」との間で、ヨシカはジタバタしながらも本当の自分を解き放っていく。そんな“妄想力爆発の恋愛”が展開する痛快ラブコメディー『勝手にふるえてろ』が、2017年12月23日(土・祝)から新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開。原作は芥川賞作家・綿矢りささんの同名小説。主役は今最も注目を浴びる女優の一人で、今回が映画初主演となる松岡茉優さん。監督・脚本を務めた大九さんは「全国のヨシカ的な素直ではない女子や、マグマのような何かを抱えている若い人にきちんと届けたいという思いで作りました。でも『オレ、ヨシカだよ』という男性とか、キラキラした女性なのに『私にもヨシカ的なところがあって』と意外な反響も頂いています。老若男女かかわらず、いろんな人に楽しんでもらえたらいいなと思います」と語る。
出演:松岡茉優、渡辺大知(黒猫チェルシー)、石橋杏奈、北村匠海(DISH//)ほか