第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.182歌舞伎俳優 尾上右近
「悩むよりまず行動」で次の課題が見えてくる
Heroes File Vol.182
掲載日:2018/5/10
凜々(りり)しくも優しさ漂う顔立ち。女形も立役もこなす若手歌舞伎俳優・尾上右近さん。2018年1月に清元栄寿太夫を七代目として襲名し清元の語り手である太夫と歌舞伎俳優を両立させるという独自の道を歩き始めた。またそれだけでなく、最近は現代劇やラジオのパーソナリティーなど新たな挑戦も続けている。そんな右近さんの仕事への思いを聞いてみた。
Profile
おのえ・うこん/1992年東京都生まれ。清元節宗家の七代目清元延寿太夫の次男。2005年に二代目尾上右近を襲名。18年1月、七代目清元栄寿太夫を襲名。主演する舞台劇「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」が18年7月6日(金)〜22日(日)に東京・新宿にて上演予定。
2017年、「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」の公演中、負傷した市川猿之助さんの代役を見事に勤め上げ、一躍注目を集めた尾上右近さん。その快進撃が止まらない。18年夏は自身初となる翻訳現代劇の舞台「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」に挑戦する。「歌舞伎は、歌舞伎という表現力を借りて、ややデフォルメされた世界観で人間ドラマを描く芝居。それに対して現代劇は、素の自分に近い形でお芝居ができそうで、とても楽しみです」
歌舞伎の伴奏音楽を行う清元の宗家、七代目清元延寿太夫さんの次男として生まれた。だが3歳の時、曽祖父・六代目尾上菊五郎さんが演じた「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」の映像に魅せられ、歌舞伎を志す。7歳で初舞台を踏んだ時は、幼心にこれが自分の生きる道なんだと自覚した。
その後、七代目尾上菊五郎さんの元で修業を積み、12歳で二代目尾上右近を襲名する。恵まれた環境の中、瞬く間に踊りや演技で才能を発揮。あたかも順風満帆に進んだように見えるが、実は10代後半はうまくいかないことが多く、苦しい日々を過ごしたという。
「名前をいただいたからにはいろいろな役に挑戦したかったのですが、歌舞伎の世界では10代のうちってそんなに役がつかないんです」。それに声変わりや急激な体の成長など、自分の意に反するようなことが起き、以前の感覚で踊ったり動いたりすることができなくなった。
「だから、いざ役がもらえても自分はこんなもんじゃないと思いながら舞台に立つことになり、それがもう悔しくてやるせなくて。ただでさえ思春期なのに、そこに『役者としての思春期』も重なって、ひたすら勝手に焦って、勝手につまずいて傷ついていましたね」
そんな暗黒の日々を抜け出したのは、20歳を過ぎて自主公演をやるようになってからだ。「3歳の時に見た曽祖父の『春興鏡獅子』が僕の原点であり、永遠のテーマ。一日も早く演じてみたかったのですが、大役なので歌舞伎座などの本興行で20歳の若造に役が回ってくるはずもありません。それで待ちきれなくて、自分で挑戦の場を設けたんです」
でもいざ自主公演に臨むと、自分のできなさ加減にがくぜんとし、思うように体を動かせないことにも腹が立った。「だけど、やってみたことで何ができないかが分かったし、次に何を頑張ればいいのかも見えた。自主公演をするようになってから、悩む前にとにかく行動し、それから考えようという発想に切り替わりました。まだまだ苦しいことはありますが、気分的にはとても楽になりましたね」
恥をかくのは楽しい。絶対直そうと思うから
尾上右近さんは18年1月、お家芸である清元栄寿太夫を七代目として襲名し、歌舞伎俳優と並行して、歌舞伎の伴奏音楽を担う清元としても活動することになった。かつて二つを兼業した例はなく、極めて異例のことだ。
「清元の家に生まれたのに、歌舞伎の道へ進んだ時点で、故郷を捨て二度と帰らないというぐらいの覚悟を持っていました。ただ、声で表現する清元自体は好きで、小さいころから稽古もしていたのですが、それを自分の生業にする気持ちはみじんもなかった。ところが突然、父から歌舞伎と両方やってみてはどうかと提案があったんです。とても驚きましたが、でも許されるなら両方やりたいと思い、清元の名を襲名させていただきました」
いろんなことをやればやるほど自分の中の、仕事に対する「覚悟具合」みたいなものが強くなっていく。それを実感する瞬間が幸せだと右近さんは語る。そんな思いもあるせいか、果敢に責任の重いことや新たなことに次々と挑み続けているのだろう。この4、5月も、17年に話題となった「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」が再演となり、主人公のルフィ役を市川猿之助さんとダブルキャストで勤めている。
さらに7月からは、翻訳現代劇「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」の公演が始まる。「この作品で僕は、心に幾つもの傷を持つ青年を演じます。彼とは環境や経験していることがまったく異なりますが、幾つもの高い壁に直面し、それを乗り越えなければならない状況にあるという点では今の僕自身と重なる部分があり、とても強く共感しています」
とはいえ現代劇への出演は初めてのこと。不安は? と聞くと「ないですね。これまでも幾度となく舞台への漠然とした恐怖感を抱く経験はあって、それに慣れているところもあるので」という答え。それに「どんな舞台でも失敗はするけれど、怖くはない。むしろ恥をかくのは楽しい」とさえ言い切る。「もちろんそれなりに落ち込むのですが、自分が恥をかいたところって絶対に直したいって思える。だからそれはうれしいこと。何より、恥をかいたからって死ぬわけじゃないですし」と笑う。
そんな右近さんが今、一番磨きをかけたいのは人間力だそうだ。「特に清元や現代劇の世界ではまだ新人。うまい下手ではなく、まずは一人の人間として、先輩たちに認めてもらえるだけの人間力を養いたい。そのために大事なのは日常をどう生きるか、物事をどう考えるかです。それらはすべて舞台に出てしまうし、人間関係にも影響すると思うんですね」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
お坊さん。答えはないけれど人のために力を尽くす仕事という点でとても役者に近いものがあると思うんです。役者はそこに「人を楽しませる」というオプションがついていて、それが魅力でもあるんだけれど、もし生まれ変わるなら、シンプルに「答えがなくても人のために働く」というお坊さんがいいなと考えています。
人生に影響を与えた本は何ですか?
『葉っぱのフレディ』です。幼いころに読んで号泣したのを覚えています。おそらく生まれて初めて、両親や兄弟、友達ともいつかは別れる時が来るんだろうなって意識したのが、この本を読んだ時だったと思います。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
深呼吸。それとカレーですね。必ず初日などは支度の1時間ぐらい前に食べておなかいっぱいになり、カレーのにおいを漂わせながら舞台に出ます(笑)。
Infomation
舞台「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」に出演!
尾上右近さんが2018年夏、初めて翻訳現代劇の舞台に立つ! それが「PARCOプロデュース2018『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル ~スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ~』」だ。バーチャルな空間で出会うさまざまな問題を抱えた人たちが、サイトを通じて心を通わせながら自分の人生をそれぞれ取り戻していく——。同作は12年にピュリツァー賞戯曲部門賞を受賞した珠玉の物語。本作を熱望した劇作家で演出家のG2さんが自ら翻訳、そして演出を担当し、歌舞伎界の新鋭である右近さんを主演にいよいよ日本で初演する。現代劇の舞台に始めて立つ右近さんは「自分の中の越えるべき問題に向き合うという部分で、エリオットという役に共感できる人も多いと思う。彼の気持ちの機微や変化を見て感じて欲しいですね。ぜひ劇場に足をお運びください」と意気込む。
日程:2018年7月6日(金)~22日(日)
会場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京・新宿)
原作:キアラ・アレグリア・ヒュディス
出演:尾上右近、篠井英介、南沢奈央、葛山信吾、鈴木壮麻、村川絵梨、陰山泰
公式サイト:http://www.parco-play.com/
問い合わせ先:パルコステージ(電話03-3477-5858/月~土11:00~19:00、日・祝11:00~15:00)