第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.185 俳優 松坂桃李
気づきを得るには「聞くこと」が大切
Heroes File Vol.185
掲載日:2018/7/6
ドラマや映画、舞台に引っ張りだこの俳優・松坂桃李さん。
桃李という名前の由来には、中国の歴史家・司馬遷の言葉「桃李もの言わざれども下自ら蹊(みち)を成す」(徳のある者は弁舌を用いなくても、人から慕われる人格者になる)がある。
松坂さんはその名のとおり、雄弁に語るのではなく、仕事への取り組み姿勢や確かな演技力によって多くの人を魅了し続けている俳優だ。
Profile
まつざか・とおり/1988年神奈川県生まれ。主演舞台「マクガワン・トリロジー」が2018年7月13日(金)から東京・世田谷パブリックシアターにて上演予定。15日(日)スタート予定の連続ドラマ「日曜劇場『この世界の片隅に』」(TBS系)に出演。
映画、ドラマ、舞台で大活躍。まさに破竹の勢いで存在感を増している俳優の松坂さん。現在挑んでいるのは2018年7月13日(金)から上演予定の舞台「マクガワン・トリロジー」だ。アイルランド共和軍(IRA)の殺人マシーンとして出世を果たす男の悲劇を描いた、ニューヨークで話題の問題作である。「演出家・小川絵梨子さんのエッセンスと、少し猟奇的な物語が絶妙なバランスで混じり合ったコメディータッチの作品に仕上がっています。恐ろしいぐらい面白い舞台ですよ」と自信をのぞかせる。
友達の誘いで雑誌モデルのオーディションを受け、芸能界へ。すぐに特撮ドラマ「侍戦隊シンケンジャー」でデビュー。俳優を目指していたわけではなかったが、この出演が決まると急に忙しくなって大学を休学せざるを得なくなった。「それを親に話したら、猛反対されてけんかになり、勢いで『俳優で食ってくから』とタンカを切ってしまった。当時はまだそこまでの覚悟は全然なくて、やばい、仕事がなかったらどうしようと内心ドキドキしていました」
俳優としての自覚が芽生えたのは、いろいろな作品に参加するうち徐々にという感じだという。「印象に残っているのは、新人のころに出演した映画『僕たちは世界を変えることができない。』の現場です。初の海外ロケで見聞きすることすべてが新鮮だったのですが、撮影や演出の仕方がそれまでの現場と全然違っていて、こういう作品作りもあるんだと衝撃を受けました。そんな具合に作品ごとに、自分の中にある小さなスイッチを次々に押されていく感じで、さまざまな刺激を受けながらこの仕事への興味がどんどん高まっていった気がします」
デビューするまでまったく演技経験がなかったという松坂さん。共演する先輩やキャリアのある同世代の演技を見て学んだ。「芝居って明確な正解がないので、とにかく先輩たちの芝居を見て、すごいなあと思う部分をひたすら脳裏に焼きつけました。それと、分からないことは何でも監督や共演者に聞きましたね」
「聞く」ということは10年目の今も大切にしている。人の話や言葉だけでなく、現場で感じるものも含めて「聞く」ことで吸収するのだと語る。そうすることで新たな気づきを得ることができるからだ。「自分の立ち位置を見つめ直すこともできますしね。キャリアを重ねると自分の物差しができてしまうから価値観も固まりがちになる。僕はそれが怖い。だから今は、あえて昔よりも意識して聞くようにしています。でもこれってたぶん、ほかの仕事においても大事だったりしますよね」
怠ける性格だから、あえて負荷を掛ける
ここ数年、松坂さんは等身大の好青年役だけでなく、軍人や刑事、ゲイや連続殺人鬼、男娼(だんしょう)など全くタイプの異なる役柄を演じてきた。今回主演する舞台「マクガワン・トリロジー」でも、過激で暴力的でありながら、心の内に悲しみをはらんだ異色の主人公役に取り組んでいる。この作品も含め、いずれもかつてのイメージを大きく打ち破るものであり、松坂さんの挑戦的な姿勢が感じられる。
「20代前半の僕は、明るくて爽やかな役を中心にやっていました。そのパブリックイメージどおりの役柄を突き通すという選択肢もあったのですが、本来が怠け者なので、このままいくと自分の中にどんどん甘えが出てきてしまうなって思ったんです。新しいオファーをいただいても『あ、こんな感じかな』とテンプレート的な芝居をして満足してしまうような。でも、そんな俳優にはなりたくないと思ったので、20代後半はあえて負荷が掛かるよう、それまで触れてこなかったジャンルに挑戦していこうと決めたんです。そしてその経験が、30代以降の自分につながっていくとも思ったので」
そんな積極的な姿勢があって、最近はもっぱら新たなジャンルに挑む日々だ。何かしらの緊張感を伴うが、未知の領域だからこそ全力で取り組めるのが心地いいと語る。またさらに、これまで出会うことのなかった監督や演出家、共演者たちと一緒に仕事をすることで、刺激を受け、自分の中に眠っていた可能性を見いだしたり、今まで持ち合わせていなかった新たな引き出しができたりするのも大きなだいご味だと話す。「毎回、違う何かが得られるのですごく充実感があります」
そして今年(2018年)10月、いよいよ30歳となる。20代後半は30代のために経験を積んできた。では次は何を目指すのか。「40代のために仕事をします(笑)。ただ、20代後半にやってきたことが30代でどう実を結んでいくのかまだ全く分からない。そもそも俳優ってゴールのない仕事だと思うんです。でもだからこそ、40歳になった時にどうなっていたいのかという一つのゴールを見定め、そこに向かって30代でやるべきことをやっていけたらいいなと思っています」
ただし、ゴールポイントが5年10年先だと行き着くまでにくじける恐れがある。そのため要所要所にちょっとした目標を置くことも忘れないようにしている。「大きなゴールにたどり着くために、小さな目標を幾つか設定し、それらを一つひとつクリアしていこうと努力する。そのこと自体が僕にとっての原動力にもなっているんです」
スタイリスト:丸山 晃 ヘアメイク:髙橋幸一(Nestation)
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
会社員。大学では経営学部だったのですが、将来は企画のプレゼンなどができるような部署で働くことを漠然と思い描いていました。
人生に影響を与えた本は何ですか?
『はらぺこあおむし』という絵本です。小さい頃、この絵本に出会って絵が好きになり、色鉛筆や絵の具で黙々と絵を描いていました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
映像のクランクインや舞台初日の前日は、部屋をきれいにしたり、早めにお風呂に入ったりします。リセットのため身を清めるといった感じです。ただ、早めにお風呂に入って早めに寝たいのに、実際には緊張して眠れないので、たいてい初日は寝不足です(笑)。
Infomation
舞台「マクガワン・トリロジー」に主演!
アイルランドの作家シェーマス・スキャンロンによって書かれ、2014年にニューヨークの第1回アイルランド演劇祭で上演されて複数の賞を受賞した作品。南北アイルランドを舞台に、アイルランド共和軍(IRA)の殺人マシーンとして出世を果たすヴィクター・マクガワンの、暴力性と悲哀に満ちた3年の歳月がコメディータッチの悲劇として三つのパートで描かれる。「アイルランドのことを知らなくても楽しめます」と主演を務める松坂さん。「自分たちの感覚にはないものを観(み)ることができます。劇場でお待ちしています!」
日程:2018年7月13日(金)〜29日(日)
会場:世田谷パブリックシアター
翻訳:浦辺千鶴
演出:小川絵梨子
出演:松坂桃李、浜中文一、趣里、小柳心、谷田歩、高橋惠子
公式サイト:http://www.mcgowantrilogy.com/
問い合わせ先:チケットスペース(電話03-3234-9999)