第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.192 女優 蒼井優
私っぽいって吹っ切れば、嫌なことも消えていく
Heroes File Vol.192
掲載日:2018/11/30
どんな役も難なく演じきってしまうような際立つ才能を見せる女優、蒼井優さん。
そんな蒼井さんも、20代後半の頃は何となく自身に違和感を持ち、変に無理しすぎて「人生の肉離れを起こしていた」という。それがスパッと切り替わったのは30歳の誕生日。
14歳でデビューして以降、蒼井さんはどんな思いで仕事に向き合ってきたのか。その時々の葛藤や気づきなどについてお話を伺った。
Profile
あおい・ゆう/1985年福岡県生まれ。2001年『リリイ・シュシュのすべて』で映画初出演。映画、ドラマ、舞台など幅広く活躍し、現在は出演映画『斬、』が公開中。また、12月6日(木)から24日(月・振休)まで舞台「スカイライト」(東京・新国立劇場 小劇場)に出演予定。
「舞台上は常に2人のみ。なのにこんなにもいろんなことが起こって物語は動いていく。人が2人いるって素晴らしいことなんだと、この作品を通してかいあらためて思っているところです」
蒼井さんが目を輝かせてそう語るのは、12月6日(木)から始まる出演舞台「スカイライト」。かつて不倫関係にあった男女が再会し、緊張感あふれる言葉の応酬を通して互いの価値観や人生観の違いに気づいていく物語だ。
デビューはミュージカル「アニー」。瞬く間に才能を開花させて人気女優になった蒼井さんだが、自身の胸中は複雑だった。「勉強が嫌でこの世界へ入ったので、自分は逃げているという負い目があった。仕事は現実逃避、いつか学業に戻らなければと思っていました」
その気持ちが変わったのは19歳、映画『花とアリス』で釜山国際映画祭に参加した時だ。
「初めてレッドカーペットを歩いたのですが、熱狂的な映画ファンに囲まれて歓声もすごかった。こんなにも盛り上がる場に、映画という共通項で自分もいられるということが素直にうれしかったんです。あふれる気持ちを抑えきれず、ホテルの部屋で一人跳びはねたほど」。そしてその夜、「学業を言い訳にするのをやめ、責任を持って女優をやっていこう」と心に決めた。
20代に入り、ますます演技に磨きがかかって次々に映画やドラマに出演。勢いよく女優の道を進んでいく。しかし、20代後半に入ったころから足元がぐらつき始めたと語る。
「自己評価が定まっていなかったからだと思うのですが、もう30になるのに何もできていないと自己嫌悪に陥ったり、外部の評価に過剰に反応したり。子供の運動会でお父さんが張り切って走って肉離れを起こすことがありますが、あれをまさに自分の人生でしてしまった感じです。昔はできていたという残像にすがって突き進もうとしていた。冷静に考えると大したことではないのですが、当時は深刻に受け止め、何かいつもモヤモヤとしていました」
ところが、30歳の誕生日を迎えた日にそんな迷いから一瞬にして抜け出した。「30歳という数字が背中を押してくれた感覚が確かにありました」。それに、もんもんと悩んで過ごした時期に対しても後悔はない。「そういう時があったから今があるわけですし。最近は嫌なことがあると間髪入れず、明るく『私っぽーい』って言い放つようにしています。そうするとネガティブな自分を振り払うことができるんです」
こんなふうに自分の感情を操れる言葉を持つと、随分と生きるのもラクになりそうだ。経験が成せる処世術である。
表現者というよりも労働者として生きる
独特の透明感と聡明さをたたえ、作品ごとにまったく異なった表情を見せる。演じることへの真摯(しんし)な取り組みが実力に結びついている女優の蒼井さん。14歳でデビューし、来年で20年になる。数々の映画やドラマ、舞台などに出演し、転機となる出来事も多々あった。そんななかで今も大事にしているのが、20歳のころに先輩の役者から言われた言葉だ。
「私たちの仕事は、表現者ではなく労働者だからね、と。キャリアを重ねるとそれが分からなくなる役者が多いから、早めにこの言葉を渡しておくねって。最初はよく理解できなかったのですが、その後も素敵だなと思う先輩と話すと、大抵の方が『労働者だから』と。その度にこの言葉が腑(ふ)に落ちていく実感がありました。大事な感覚だと思っています」
「労働」とは頭と体を使い、自分のためというよりも誰かのために働くことだと考える。「現場で最優先に大事にしたいのは、みんなで楽しくより良い作品を作ること。そのためには自分の役割を責任を持って果たしたいと思っています。だから労働者というのが自分にはしっくりくるんです。美しく撮られることにもそんなに興味はないですし」
何より人と一緒にモノを作るのが大好きで、それが喜びだと語る。現在取り組んでいる舞台「スカイライト」もそう。演出の小川絵梨子さんと、世代の異なる3人の出演者で稽古中は徹底的に話し合い、人物像を作り上げていった。「どうすれば会話のテンポや醸し出す空気感から登場人物たちの過去が観客に伝わるか、あれこれ話し合いを重ねました」。その作業が楽しくて仕方がなかったという。
今30代半ばに差し掛かり、20代後半に経験した「常にモヤモヤした感覚」からは解放されている。しかし、まだまだ未熟だと自己を分析する。「まだ時々、人とかかわる中で無駄に自我を通そうとしたり、自分がどう思われたかということを気にしたりしています。その度にそんな自分を恥じていますが、反省する回数をもう少し減らしたいですね」
今後の抱負を尋ねると、じっと考え込んだ後に満面の笑みで「優しくなりたい」と一言。そしてこう続けた。「優というのは本名ですが、この文字が自分のテーマとしてずっとあるんです。30代のうちに『優しいとはどういうことなのか』に対し、自分なりの解釈を持ちたい。要は自分を好きになりたいということなんです」
話すほどに蒼井さんの「人となり」がこぼれ落ちてくる。発する言葉が実に豊か。だからその演技は人の心を魅了するのだろう。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
“数学”関係の道に進みたかったというのはあります。答えが明解に出る数字というものがすごく好きだったので。
人生に影響を与えた本は何ですか?
星野道夫さんの『旅をする木』。ずっとこれです。今でも何かあると読み返しますし、ちょっと海外へ出掛けるっていう時は必ず持っていきます。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
もともとは化粧道具やスリッパをきちんと向きをそろえて置かないと気が済まないような性格だったのですが、そういうことにとらわれていると疲れるだけだと気づき、23歳のころに一切やめました。だから私の場合、「勝負“脱勝負”」になりますね。
Infomation
舞台「スカイライト」に主演!
かつて不倫関係にあった男女が再び出会い、会話が交わされる。未練、不信感…… 共有する意識の間で揺れ動く2人の一夜を描いた舞台「スカイライト」。登場人物はわずか3人。しかも舞台にいるのは常に2人だけというミニマムな人間関係を、小川絵梨子さんがいかに演出するかが見どころの一つだ。「台本をいただいた時は膨大なセリフ量に驚いて、引き受けた自分が無謀に思えましたが、このセリフこそが本作の要。対話するトムとキラ、キラとエドワードのセリフのテンポ感や醸し出す空気感から、その人間模様が浮かび上がってきます。楽しいお芝居ですのでぜひ劇場に足をお運びください」と蒼井さん。
日程:2018年12月6日(木)~12月24日(月・振休)
会場:新国立劇場 小劇場(初台駅)
作:デイヴィッド・ヘア
翻訳:浦辺千鶴
出演:蒼井優、葉山奨之、浅野雅博
公式サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/play/skylight/
問い合わせ先:新国立劇場ボックスオフィス(電話03-5352-9999/10:00~18:00)