第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.199 脚本家 野木亜紀子
夢破れても、それを糧に新たな道を歩めばいい
Heroes File Vol.199
掲載日:2019/5/24
2010年、第22回フジテレビヤングシナリオ大賞で大賞を受賞。その後、ドラマ「空飛ぶ広報室」「重版出来!」など原作モノの脚本を手掛け、「逃げるは恥だが役に立つ」の大ヒットで一気にお茶の間に知られる存在となった脚本家・野木亜紀子さん。
18年にはオリジナル脚本のドラマ「アンナチュラル」「獣になれない私たち」「フェイクニュース」が放送された。この3作品は優れた放送作品などに贈られるギャラクシー賞の優秀賞や奨励賞も受賞している。
そんな野木さんだが、脚本家になったのは35歳になってから。それまではどんな道を歩んできたのか、脚本家という仕事にどうやってたどり着き、どう向き合ってきたのか。これまでの軌跡を聞いた。
Profile
のぎ・あきこ/1974年生まれ、東京都出身。2010年に脚本家デビュー。主な作品に映画『図書館戦争』、ドラマ「空飛ぶ広報室」「逃げるは恥だが役に立つ」「アンナチュラル」など。20年に映画『罪の声』が公開予定。著書『獣になれない私たちシナリオブック』が発売中。
ドラマや映画で数々の話題作を世に送り出してきた人気脚本家の野木さん。2018年放送の連続ドラマ「獣になれない私たち」もヒットし、第37回向田邦子賞を受賞。その同作台本の全話を一冊にまとめた著書『獣になれない私たちシナリオブック』が19年4月23日に発売された。
「本音にふたをして周りに気を使い、心身をすり減らしながら頑張っている人を描いた作品です。シナリオブックでは制作の裏話や各話の詳細も解説しているので、ドラマと併せて楽しんでいただけたらと思っています」
野木さんは中学時代、演劇部に所属していた。自分よりもはるかに芝居がうまい子がいて、太刀打ちできないなと思いつつも演劇は好きだったので、高校を卒業したら劇団に入ろうと考えていた。「でも、そのうち裏方に興味が移り、映画監督になろうと思って映画学校へ通いました」。ところが、そこで先生からドキュメンタリー制作会社の面接を勧められ、言われるままに受けてみたらあっさりと合格。そのまま就職することになる。
「まったくの予想外で、成り行きです(笑)。その会社ではリサーチや企画書作成、スケジュール調整、取材やインタビューの書き起こしをしたり、ADとして現場で動き回って雑用をこなしたりと、人が少なかったのでとにかく何でもやりました」。海外ロケもあって勉強になることは多かったけれど、現場の仕事が、やればやるほど自分には向いていないなと感じたという。
「瞬発力が乏しく、現場で器用に立ち回れないんです。ドキュメンタリーの仕事を8年続けましたが、後半はかなりしんどくなっていました」。ただ、原稿作成や編集作業は好きだった。そんな時「そもそも私はフィクションをやりたかった」と思い出し、これから映画やドラマにかかわっていくには脚本を書くしかないと一念発起、それまでの仕事は辞めることにした。
脚本家になろうと決意した野木さんは、まず登竜門の一つであるフジテレビヤングシナリオ大賞での入賞を目指す。山ほどのアルバイトや派遣社員として働きながら、昼休みと夜にひたすら脚本を書き続け、毎年のように応募した。「35歳までに入賞できなかったらもう後はないと不退転の覚悟で臨みました」。結果、6年目にしてついに大賞に輝く。
夢が破れたり、自分の意思とは違う道を歩んだりしても、その経験を糧に野木さんは前へと進んだ。そして最終的には「脚本家になる」という目標を見つけ、達成。「興味があること、与えられたことにはまず挑戦してみる。それが思いと違うものだったとしても、案外そこから新たな道って見つかるものです」
良いものを作るために「逃げ道」は作らない
フジテレビヤングシナリオ大賞の大賞受賞を機に、35歳で脚本家デビューを果たした野木さん。でも、それで仕事がすぐに入ってくるわけではなかった。ドラマの企画書やプロット(筋)を書いてはボツになるという辛酸をなめる日々が続いた。
そんな野木さんに1年後、チャンスが訪れる。フジテレビのプロデューサーから、「月9」の新しい連続ドラマで脚本を何本か書いてみないかと声が掛かったのだ。こうして10話中6話を担当。その時出会った監督との縁で映画『図書館戦争』の脚本を手掛けることになり、更にそれをきっかけにTBS系ドラマ「空飛ぶ広報室」の脚本を書くことが決まる。
「特に、私の中で大きな転機となったのが『空飛ぶ広報室』です。連続ドラマの全話を自分一人で書いた経験がなかったにもかかわらず、すべて任せてもらえてやり切ることができ、それが大きな自信につながりました」。その後、映画『俺物語!!』『アイアムアヒーロー』、ドラマ「重版出来!」「逃げるは恥だが役に立つ」「アンナチュラル」「獣になれない私たち」などの脚本を担い、今や最も新作が期待される脚本家とまで言われるほどになる。
野木さんの作品は抜群の構成力と、知性とユーモアをたたえた会話の応酬に定評がある。19年4月発売の著書『獣になれない私たちシナリオブック』にまとめられたドラマの台本にも、奇をてらったセリフはほとんどなく、今を生きる人々のリアルな気持ちを映し出したものが多い。「シンプルな言葉で伝えることが自分でも一番好きなんです。凝った言い回しはあまり使わないようにしています」
また、作品によっては徹底的に取材を重ねることもしばしばで、労を惜しまないのも信条だ。「自分が納得できていないものは出したくない。だから最後の最後まであきらめずに書くということを心掛けています。プロデューサーなど周囲の意見も大事にしつつ、でも、違うよなって感じたらそう伝えます」。誰かに判断を委ねたり、人のせいにしたりすることもしないようにしている。気持ちに「逃げ道」を作ってしまうからだ。
「最近、脚本家になったのが35歳で良かったなって思うんです。これが20代だったら偉い人に意見もできなかった(笑)。それに、いろんな仕事を経験してきたお陰で社会や会社について知識があるし、今を生きる人たちのリアルな気持ちも分かるから、そのことが書ける」
今の一番の喜びは、完成した作品が自分の脚本を超えて素晴らしい出来になった時。その瞬間を見たいがために、これからも書き続ける。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
報道記者ですね。真剣にやったらすごく面白そうだし、大切な職業だと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
影響とまでは言えませんが、好きだったのは福音館書店の「土曜日文庫」シリーズの一つ『ドーム郡ものがたり』(芝田勝茂著)です。小学校の図書館が大好きでよく通っていたのですが、そこで見つけて読みました。ファンタジーなのですが、3回くらい借りて読み返した記憶があります。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
新しい作品に取り組むことになって、第1話の初稿をこれから書くぞという時はお風呂に入ります。
Infomation
著書『獣になれない私たちシナリオブック』発売中!
IT系企業に勤める会社員・深海晶、30歳。彼女は常に笑顔で仕事も完璧、職場での信頼も厚いが、実は周囲への気遣いで心身をすり減らしている。一方、根元恒星は世渡り上手で人当たりの良い男性で、女性にもモテる敏腕会計士だが、本当は誰も信用しておらず、さらに仕事でも思いがけず危ない案件に足を突っ込んでしまっている33歳。人生ままならない2人が、クラフトビールバーで出会い――。野木亜紀子さんが脚本を手掛けた人気ドラマ、そのシナリオ本が2019年4月23日に発売された。野木さんによるあとがきには、登場人物の名前の由来やシーンの解説などエピソードもたっぷり収録。「まずはサーッと読んでもらって、いろいろ想像してほしいですね。そのうえでもう一度ドラマを見ていただいて、どんな演出がされたか、どういうお芝居で表現したのかなどを見て楽しんでもらえたら!」と野木さん。
発売元:河出書房新社
定価:1,700円(税別)