第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.208 女優 趣里
人の気持ちに寄り添う、そんな仕事をしたい
Heroes File Vol.208
掲載日:2019/11/29
主役、脇役にかかわらず、見た人の心に深く残るような演技で注目され、近年めきめきと頭角を現してきた女優・趣里さん。
10代半ばまではバレエダンサーを目指して自身のすべてを捧げてきたが、ケガで挫折。しかし、その経験こそが今の彼女の根幹になっているようだ。
そんな趣里さんに、今の仕事にたどり着いた道のりや、人と向き合う姿勢などについて伺った。
Profile
しゅり/1990年東京都生まれ。2011年にドラマで俳優デビュー。主演映画『生きてるだけで、愛。』で数々の映画賞に輝く。19年11月30日(土)から舞台「シス・カンパニー公演 日本文学シアターVol.6【坂口安吾】『風博士』」(東京・世田谷パブリックシアター)に出演予定。
愛らしい表情と独特のオーラが魅力の女優・趣里さんが、2019年11月30日(土)から舞台「風博士」に出演する。「劇作家の北村想さんが、無頼派と呼ばれた坂口安吾という作家から着想を得て紡いだ新作です。主人公のフーさんを中井貴一さんが演じ、コミカルな部分も多くて、歌も楽しい。何よりセリフが美しいので、演じていてすごく心地良い作品です」
趣里さんが女優を志したのは18歳のころ。実はそれ以前に、「私の人生、終わった」と思うほどの大きな挫折を味わっていた。
物心ついたころからバレエ一筋だった趣里さんは、海外での活躍を目指して中学卒業と同時にイギリスへ留学。だが、まさかの大ケガで夢を断念せざるを得なくなってしまう。「バレエダンサーになること以外何も考えてこなかったので、いきなり絶望の淵に突き落とされた感じで身も心もボロボロ。しばらく立ち直れませんでした」
とはいえ、生きていくためには泣いてばかりもいられない。高卒認定試験を受け、予備校へ通って勉強し、大学に進学する。「その過程で将来に色々な夢を持つ友だちや先生と出会い、バレエ以外にも人生の選択肢はあるなって分かってきました」
では何がいいか? 趣里さんはふと、バレエをやっていた時に見た芝居のことを思い出す。「岩松了さん演出の作品だったのですが、見始めてすぐにその世界にグッと引き込まれてしまったんです。その後も映画やお芝居を見に行くと、やはりつらいことを忘れられた。こんなにも人の心を救うものがあるんだと感動し、私も人に何かを感じてもらえる役者という仕事がしたいと思うようになりました」
まずはレッスンを受けてみようと、俳優の故・塩屋俊さんが主宰する演技スクールへ。ここで趣里さんは演技することの面白さに目覚めていった。「何でもネガティブに捉えがちな私を塩屋さんは肯定し、『お前は大丈夫、頑張れ』と励まして自信を持たせてくださいました。それに海外のメソッドによって、自分を解放するすべなど、私自身に一番足りないものを教えてもらうことができました」
バレエのケガで「明日の自分がどうなっているかなんて分からない」ということを身をもって経験していた趣里さんは、「後悔は絶対したくないという思いがあり、とにかく演じることが楽しいし、バレエ同様、表現することだから役者をやってみよう」と決意する。
そしてスクールへ入って2年目、オーディションを受けてドラマ「3年B組金八先生」で俳優デビューを果たした。
ネガティブになったら、人と会い、会話する
11年の俳優デビュー以降、趣里さんはNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」をはじめ「リバース」「ブラックペアン」など話題のドラマや映画に多数出演。特に昨年主演した映画『生きてるだけで、愛。』での演技は高く評価され、数々の賞を受賞した。
更に舞台でも、多彩な演出家の作品に次々に出演し、19年は現在上演中の「風博士」がすでに舞台3作目となるほど目まぐるしい活躍を見せている。
「仕事だから本気で取り組むのは当たり前。今舞台で共演中の渡辺えりさんが以前、『趣里ちゃんは魂のこもった役者だ』と言ってくださったのがすごくうれしかった。そう感じてもらえる役者でありたいと思っています」
役者という仕事を、あくまで職業として真摯(しんし)に見つめている。だから役を引きずることはないと語る。
「もちろん、台本を読んだらすごく考えます。自分の人生と重なる部分があればその時の感情を思い出しておく。でも、現場ではそれをいったん手放し、共演者の方々や演出家とのやり取りを大事にして、演出家の目指しているものをみんなで創(つく)り上げていくことに専念しようと、そう心掛けています」
趣里さんの原動力となっているのは「見て良かった」「楽しかった」と言ってもらえること。「私自身もそうだったのですが、どんなにつらいことがあっても、素敵な作品を見ると少し心が豊かになったような気持ちになります。もしかしたらそれで勇気づけられる人がいるかもしれないと思うと、何か頑張れるんです」
来年(20年)30歳。役者を始めたころはかなり肩に力が入っていたけれど、経験を重ねていくうちに力の抜きどころが分かってきたという。
「元々人の顔色をうかがってしまうところがあって、知らず知らずのうちに人に合わせてしまっていることがありました。今もまだそういうところがあるのですが、そうしなくてもいいんだという加減が最近つかめてきた気がします。より仕事が楽しくなってきました」
多忙にもかかわらず、人間の内面にも興味があって、今、合間を縫って心理カウンセラーの勉強をしたいと考えている。「私自身、ついネガティブに考えてしまう性格だと思います。そういう時こそ、人に会い、色々な考えを聞くようにしています。誰かの何気ない一言がすごく力になったりするんです」
心理カウンセラーに興味があるのは、自分が誰かの話を聞いてあげられる立場になりたいという思いがあるからだ。ガッツも、そして好奇心にも満ちた人である。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
心理カウンセラー。元々人の心に興味があったことと、一人の人の話をじっくりと深く聞くことが好きだからです。海外では仕事帰りにカウンセラーと話して、スッキリして帰ることが普通のことだと聞いたことがあります。それで救われる人はいると思うので、日本もそうなればいいなと思っています。
人生に影響を与えた本は何ですか?
戯曲『ダニーと紺碧の海』です。お芝居のレッスンを始めた18歳のころに読みました。互いのエネルギーをぶつけ合うような激しい男女の2人芝居で、涙があふれるほど感動しました。30歳になった時にこの作品に出られるほど、お芝居がうまくなっていたらいいなと18歳の私が目標にした作品です。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
体力的に大変そうだなと思う現場に入る時は、パワーをつけるために必ず焼き肉を食べます。一人でも食べに行きますよ。
Infomation
舞台「風博士」に出演!
舞台「シス・カンパニー公演 日本文学シアターVol.6【坂口安吾】『風博士』」に趣里さんが出演する。敗色濃厚な戦時下。大陸で生き抜くフーさんという男がいた。風を読み、風を知るその男の周りには、どこか不思議な人々が集まってきて……。日本文学へのリスペクトを込めたオリジナル戯曲を上演するシリーズ公演「日本文学シアター」。第1弾の太宰治から始まり、夏目漱石、長谷川伸、能「黒塚」、江戸川乱歩ときて、第6弾は坂口安吾という無頼の作家から着想を得て誕生した、劇作家・北村想さんの新作戯曲! 主人公の「風博士」フーさんを演じる中井貴一さんをはじめ、キャスト陣も豪華な顔ぶれだ。趣里さんは本作の戯曲を読んだ瞬間、たちまちその独特の世界観に魅了されたという。「見終えた後、自分のそばにフーさんがフワリフワリと現われるような、ちょっと不思議な余韻が味わえる作品です。歌もすごく心地良いですし、胸に残るシーンもたくさんあるので多くの方に楽しんでもらえたらうれしいです」と趣里さん。
日程:2019年11月30日(土)~12月28日(土)
会場:東京・世田谷パブリックシアター
作:北村想
演出:寺十吾
音楽:坂本弘道
出演:中井貴一、段田安則、吉田羊、趣里、林遣都、松澤一之、渡辺えり ほか
公式サイト:http://www.siscompany.com/kazehakase/
※大阪公演もあり