第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.222 小説家 山内マリコ
夢に専念できるのは案外、人生で一度かも
Heroes File Vol.222
掲載日:2020/9/4
山内マリコさんの小説やエッセーには、人生に迷ったり、周りに影響されすぎて自分を見失ったりした時に、心のよりどころとなる珠玉の名言がたくさん詰まっている。
なぜこんなにも人の心に優しく寄り添うような文章が書けるのか。それは山内さん自身にも、夢をかなえるために20代から日々格闘し、迷い悩みながら生きてきたという実体験があるから。
ではどうやって山内さんは小説家になるという夢をかなえたのか。じっくりと聞いてみた。
Profile
やまうち・まりこ/1980年富山県生まれ。2012年『ここは退屈迎えに来て』でデビュー。最新刊『The Young Women's Handbook 〜女の子、どう生きる?〜』が発売中。20年9月19日(土)から開催予定の富山県美術館の企画展「TADのベスト版」でゲストキュレーターを担当。
2020年5月、山内さんによるエッセー集『The Young Women's Handbook 〜女の子、どう生きる?〜』が刊行された。恋や仕事に悩む20代女性の心に寄り添い、優しく語りかけるメッセージの数々が世代を超えて多くの人の共感を呼んでいる。「私の20代はひたすら自分を探しているような感じでした。あのころの感覚を掘り起こし、年を重ねた今だから言えることをまとめた一冊です」
小説家になりたいと思ったのは14歳の時。ただ、映画も好きだったので監督を目指そうと大阪芸術大学の映像学科へ。でもすぐに共同作業が苦手だと分かり、軽く挫折する。「私に向いているのはやはり小説家かも」と思いつつも、卒業後は京都の雑貨店でアルバイトを始めた。「雇ってもらえたのはうれしかったのですが、本当にやりたい仕事ではなかったので少しくさっていました。だから少しでも書く仕事がしたいと情報誌のライターも始めたんです」
最初は文章を書けるだけで幸せだったが、でも次第に小説で食べていける人になりたいという思いが膨らんでいった。そしてついに25歳で大英断。小説家になるため東京へ行くことにした。一切の退路を断って。
借りたアパートに引きこもり、ひたすら小説を書いて新人賞に応募し続ける日々。「ストイックに自分を追い込んでいました。たまに映画館や図書館へ行きましたが、親に仕送りをしてもらう完全なニート状態で、こんなことをしていていいのかという思いが常につきまとい、気持ちが晴れることはなかったですね」
しかしやがて地道な努力は報われ、上京2年目で新人文学賞を受賞。何とか20代で小説家になれると喜んだのもつかの間、今度は別の意味で地獄が始まった。「受賞作が短編だったので、一冊の本にするには相当の分量を書き足さなければならなかったのです。それでひたすら書いては担当編集者に送ったのですが、その方と意思疎通がうまくいかなかったこともあり、結局本を出すことはかないませんでした」
気づいたら30歳。そこへ救世主のように現れたのが別の出版社の編集者だった。書きためていたものを一冊にまとめ、2年後に無事小説家としてデビューできた。14歳からの思いがようやく結実したことで、「映画のエンドロールが流れるような感慨があった」という。
「なかなか芽が出ず苦しかったけれど、人生に保険をかけず、一つの夢にあそこまでがむしゃらになれたのは20代だったから。そんなチャンスって実は一生に一度しかないのかも知れない。だから、今の私にはあのころがキラキラと輝いてみえるんです」
自分を使い尽くすという感覚が好き
小説『ここは退屈迎えに来て』でデビューしたのは山内さんが32歳の時。それは同時に社会人生活のスタートでもあった。
「25歳で上京し、デビューまでずっと小説を一人で書いていたので、社会からは完全にはじかれていたような感覚がありました。ところが、デビュー作が地方在住の女性のリアルな生き方を描いた小説で、それまでほとんどなかったというのもあってか色んな出版社が声を掛けてくださり、取材もたくさん受けました。人と会う機会が格段に増え、『ザ・社会人生活』がそこから始まったという感じです。人の仕事の仕方を観察しながら社会人マナーを自分なりに身に付けていくなど、すべてが新鮮でしたね」
その後、数々の小説を生み出していった山内さん。デビュー作から一貫してテーマにしてきたのは「女性」と「地方」だ。特に女性同士の友情を描きたいという思いが強いという。「昔から『表現』への欲求はあったものの、ありふれた地方都市で生まれ育ち、平凡な人生を歩んでいるという自覚があって、実は取り立てて小説にするようなテーマが私にはないのではないかと一時期悩んでいました」
でも、そんな自分が唯一誇れるものとして親友との関係があると気づいた。「20歳前後の、まだ人格形成もちゃんとできていない柔らかい時に親友と出会い、一緒にさまざまなことを経験しながら2人で『自分』というものを確立していった感じです。彼女がいなければ、たぶん今の自分はいない。私にとってこの実体験はとても大切なもので、十分書くに値すると思ったのです」。小説家を目指す過程で何度も訪れた試練に立ち向かえたのも、彼女の存在があったからだと語る。
また山内さんは、自分で自分を励ますために普段から「言葉集め」をしているという。いざという時、自身の背中を押すうえでとても効果があるからと。「中でも特につらかった時に背中を押して頑張らせてくれたのが、女優ドリュー・バリモアのドキュメンタリー映画に出てきた言葉『リスクを冒さないのは人生の浪費だ』。それから、アニメ映画のセリフ『夢を実現させようと頑張らなければ、その夢は一生君を苦しめる』も。この世は理不尽で、努力だけではどうにもならない夢も多いけれど、夢を抱いてしまったら最後、やり遂げないと後悔する人生になる。そう思って自分を鼓舞しました」
小説家になって8年。自分でも驚くほど仕事に専念し、それがしっくりきているという。「書いている時は死ぬほど疲れる。それでも完成した時の達成感は何とも心地良い。何より私、自分を使い尽くすという感覚が好きなんです」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
小説家以外のプランがないまま来てしまったのですが、しいて挙げるなら、若いころなりたいと思っていた映画監督でしょうか。
人生に影響を与えた本は何ですか?
トム・ロビンズの『カウガール・ブルース』。ユマ・サーマン主演の映画版が好きで、23歳のころ原作を読んだところ、すごく面白くて! ちょうど真剣に小説を書きたいという気持ちが大きくなり始めたタイミングだったのもあって、「ああ、いつかこんな小説が書きたい」と思いました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
靴ブランド「クリスチャン・ルブタン」のパンプスかな。取材やイベント、あるいは目上の方と対談する際など、ちょっと気分を上げるために履きます。と言っても、悩ましい外反母趾(ぼし)のせいで5分以上は歩くのが無理なので、現地へ持参し、直前に履き替えています。
Infomation
最新刊発売中!
2018年から19年にかけて女性ファッション誌『JJ』に、毎月の特集テーマに合わせたエッセーを連載。それをまとめた『The Young Women's Handbook 〜女の子、どう生きる?〜』(光文社)が20年5月に発刊された。「JJを愛読しながらも、一方で決してこうはなれないかもと思い傷ついてしまう。そんな読者の心に寄り添うように書きました」と山内さん。人生に迷ったり、時には周りに嫉妬してしまったりする女性の、心のよりどころとなる珠玉のメッセージが詰まった一冊。本のカバーにフランスの紙製品メーカー「クレールフォンテーヌ」のノート柄を使い、サイズもコンパクト。「気持ちが弱っている女性の方に、お守り代わりに持ち歩いていただけたらうれしいですね」
富山県美術館のゲストキュレーター!
富山県美術館にて企画展「TADのベスト版 コレクション+(プラス)—あなたならどう見る?—」が20年9月19日(土)~11月3日(火・祝)に開催予定。同美術館を代表する収蔵作品を過去最大の規模で紹介するだけでなく、異なる分野で活躍する人たちとコラボレーションした展示コーナーも設置。そのコラボを担うゲストキュレーターは、アーティストの開発好明さん、アートテラーのとに~さん、美術批評家の林道郎さん、そして山内マリコさん。山内さん独特の作品の見方、楽しみ方に出会うことができる。