第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.230 女優 シム・ウンギョン
後悔した経験もいつか自分の身になる
Heroes File Vol.230
掲載日:2021/4/2
「よろしくお願いします!」と日本語であいさつし、春風のような軽やかさで現われた女優シム・ウンギョンさん。
母国・韓国では数多くの人気映画やドラマに出演し、2017年からは日本でも本格的に女優業を開始。日本の映画、そしてドラマや舞台でも活躍し、演技者として高い評価を得ている。
間違いなく今最も旬な女優の一人、シムさんに仕事への思いを伺った。
Profile
シム・ウンギョン/1994年生まれ、韓国出身。2004年に子役でデビュー。主な出演映画は『サニー 永遠の仲間たち』『怪しい彼女』『新感染 ファイナル・エクスプレス』『新聞記者』『ブルーアワーにぶっ飛ばす』など。21年4月9日(金)から主演映画『椿の庭』が公開予定。
話題を集めた映画『新聞記者』に主演し、2020年の日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞に輝いたシムさん。一気に注目を集めたシムさんが今回、21年4月9日(金)公開予定の映画『椿の庭』で富司純子さんとダブル主演する。
四季折々の花が咲き誇る一軒家で穏やかに暮らす祖母と孫、そしてそこを訪れる人々の一年を描いた静かな趣のある作品。「私が演じた孫の渚はピュアで、どこかずっと自分探しをしているような人。そんな渚の成長と、本作のテーマである、自然が持つありのままの深い美しさを楽しんでもらえたらうれしいです」
シムさんの出身地は韓国。シャイな性格を心配した両親に勧められて演劇学校に入り、9歳でドラマデビュー。初めての撮影が楽しくて「演劇を頑張りたい」という気持ちが芽生えた。そして出演映画『サニー 永遠の仲間たち』が大ヒット、韓国で一躍人気者になる。
しかし、そのキャリアをいったん中断し、高校進学のタイミングでアメリカへ留学。「子どもの頃から仕事をしていたので、普通の学生が経験するようなことをしておきたかったのです。ただ、英語をほとんどしゃべれないまま渡米したため、コミュニケーションを取るのが難しくて苦労しました」
当時は「アメリカの環境が自分には合わないかもしれない、留学は失敗だった」と後悔もした。「でも、ジャズやクラシックを聴くようになったり、美術館でアートをたくさん鑑賞したりと、文化的に影響されたものも多いんです。その経験は多少なりとも自分の身になっていると思います。あの時代がなかったら今の日本での活動はなかったかもしれません」
知人からの紹介で日本文化にハマったのもその頃。Jポップから始まり、夏目漱石や太宰治などの日本文学をたくさん読み、邦画も数多く見た。「中学の頃から是枝裕和監督や岩井俊二監督の作品が好きでしたが、留学中にほかの監督作品も色々見ました。日本映画にはそれまで自分が触れてきたものとは違う世界観があって、とても新鮮でした」。次第に、いつか自分も日本の映画に出たいと夢は膨らんでいく。
韓国へ戻ったシムさんはヒット映画『怪しい彼女』を始めさまざまな韓国作品に出演しながら、空いた時間ができると一人で日本を旅行したりして、その文化を楽しんでいた。「わりと素直な性格なので(笑)、日本で仕事ができたらうれしいなって周囲によく話していました」。そんな願いがついにかなう。17年に現在所属する日本の芸能事務所とマネジメント契約が成立し、日本でも本格的に女優として活動することになったのだ。
夢をかなえるために自身をちゃんと見つめる
日本で活動を始めて4年。シムさんは母国・韓国だけでなく、日本でもその演技力への評価が着実に高まっている。すでにさまざまな日本の映画やドラマに出演しているが、シムさん自身、最も印象に残っているのは21年4月9日(金)公開予定の映画『椿の庭』だという。
「実は日本で初めて撮影に参加したのがこの作品でした。まだ来日して間もない私が、富司純子さんという大俳優と共演させていただき、世界的な写真家である上田義彦さんの初監督作品に出演できたことに今でも感謝しています。この経験があったから、その後の日本での仕事を続けられているのだと思います」
『椿の庭』は季節ごとに撮るという形だったので、次の撮影までの合間は、映画『新聞記者』『ブルーアワーにぶっ飛ばす』『架空OL日記』などの現場に参加していた。そんななかで役者としてうれしい発見があった。
「以前は、すごく頑張ったつもりなのに完成作を見ると自分には何かが足りていないと感じることが多くありました。それが、日本では日本語の練習をしなければいけないということもあって、韓国語の仕事以上に台本を読むようになり、ハタと気づいたんです。台本には、作品の世界観やキャラクターの性格などすべての正解が書かれているって。あ、これだ、台本の読み込みが足りていなかったんだと、物語や役への理解が浅かったことを反省しました。それからは、撮影終了まで台本を持ち歩き何度も読むようになりました」
韓国も日本も関係なく、いったん現場に入ると周りが見えなくなるほどその作品の世界、そして役に没入するという。「楽しいだけではない仕事だというのは、小さな頃からやっているので分かっています。ただ、夢中で演じていると自分でも信じられないほどのパワーがあふれ出てくるんです。そこに行くまでが結構大変で苦しむことも多いのですが、たどり着けた時はとてもうれしい。まだまだこの仕事を続けられる! っていう気持ちになります」
シリアスな作品からコメディーまで何でもこなす。シムさんにとって日本語は外国語だけれど、それを乗り越えてでも日本で芝居をしたかった。そんな夢をかなえるためにいつも心掛けているのは、自分自身をちゃんと見つめること。「自分がどんな人間なのか、何を求めているのかを常に考えるようにしています。そこでやりたいと思ったことには挑戦する。たとえ緊張しても内心ビビっていても(笑)」
穏やかで丁寧な語り口ではあるけれど、言葉の向こうにある秘めた熱い思いと、芯の強さが静かに伝わってくる。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
音楽が好きなのでミュージック関係の仕事に就いていたと思います。音楽プロデューサーなどをやってみたかったですね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
高校時代、留学先のアメリカでハマったのが日本文学。夏目漱石の全集をはじめ、太宰治の『人間失格』、遠藤周作の『深い河』などを読みました。どれも静かな作品世界なのですが、鋭いメッセージが心の深い所に刺さる感じがして、そこがたまらなく好きですね。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
お肉です。舞台の稽古に入る前とか、お肉をしっかり食べます。そもそも食べないとエネルギーも出てきません。食べることはとても大事だと思っています。
Infomation
主演映画『椿の庭』が公開予定!
富司純子さんとシム・ウンギョンさんほか豪華俳優陣が紡ぎ出す映画『椿の庭』が2021年4月9日(金)から全国公開予定だ。監督・脚本・撮影を手がけたのは世界的に評価の高い写真家・上田義彦さん。草木をめでながら長年住み続けた家を守る絹子役に富司純子さん、絹子の娘の忘れ形見である孫娘・渚役をシム・ウンギョンさん、そして絹子のもう一人の娘・陶子役を鈴木京香さんが演じ、3世代の女性の生き様を四季折々の変化と共にたおやかに表現している。富司さんとダブル主演したシムさんは作品についてこう話す。「自分が求める光と影、繊細なタッチをとことん追求する上田監督、そして誰よりも『椿の庭』という作品を愛している富司純子さん。お二人のそばにいるだけですごく勉強になりました。公開は21年の今ですが、17年に私が日本の仕事を始めて最初に参加した日本作品なので、自分で言うのも恥ずかしいですが、初々しい私を見ていただけます(笑)。また、撮影はデジタルカメラではなく最近では珍しいフィルムカメラだったので、ほかの作品とはちょっと違った感覚が楽しめると思います! ぜひ劇場でご覧ください」
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/tsubaki/