

一つの可能性を捨てた先に次がある
為末:いつも思うのですが、人生の決断ってあきらめる心とあきらめたくない気持ちのせめぎ合いなのではないでしょうか。僕も100メートル走を続けていたら、もしかしたら日本初のメダリストになっていたかもしれない。でも、その可能性を捨てないと次に行けなかった。人生はすべてを選べない。だからこそ、自分がこれだと思うものにフォーカスしていくセンスも大切だと思います。
工藤:そのセンスはどうやって磨けばいいの?
為末:動きながらそのつど自分の本心に耳を傾けることですね。それと、昨日までやってきたから今日もやる、ではなく、今日もこれが一番でいいのかという観点で選ぶ。その繰り返しでしょうか。
工藤:僕は現役中、体や栄養、トレーニング方法などあらゆることを勉強しました。「こうすれば、こうなる」というゴールは見えなかったのですが、何かをしたら何かが見えるかもしれない、続けることで違うものが生まれるかもしれないという期待が常にあったから。そこをあきらめなかったからこそ、結果的に29年間続いたと思います。

為末:反対に、あきらめたことはあったのですか?
工藤:数え切れないです。何より僕は何度も挫折してどん底に落ちていますから(笑)。でも必ず誰か助けてくれる人がいました。だから、いろんな人との出会いを大事にしています。自分一人の力で人生を勝ち続けることなんてできないですからね。
為末:でも、人に惑わされずに自分の意思で歩んでこられたという印象があります。
工藤:西武入団3年目にアメリカの教育リーグに留学しました。野球選手にとってアメリカは非常に厳しい環境で、しかも実力が認められなければ、1週間で解雇。でも彼らはクビになっても辞めるとは言わない。何度もトライアウト(実技試験)を受け、メジャー昇格を狙うわけです。
為末:向こうの選手はハングリーですよね。
工藤:そう。それを見て「俺はプロとしてやるべきことを全然やっていない」と気づきました。そこで意識も変わり、帰国後、やらされる、ではなく、自分の意思でやる練習に切り替えました。そうしたら翌年、球速が10キロも速くなり、成績も残せた。それからです。これだけはやり抜くという覚悟を自分の中にちゃんと持つ、それができてこそプロだと思うようになったのは。
為末:僕は24歳でプロに転向したのですが、スポンサーも自分で獲得しなければならなかったので、自分という存在の商品価値を考えるようになりました。競技者としては、プロなんだから負けられないという気持ちが一段と強くなりましたね。
工藤:いいですねえ。僕も負けず嫌いなので、分かります(笑)。

失敗は必ず成功の引き出しになる
工藤:為末さんのサイトを拝見し、全国で、子供たちに陸上の指導をされていることを知りました。
為末:駆けっこが多いのですが、なぜか最近ハードルを教えたくなっていて(笑)。今はそういったスポーツの普及活動のほか、引退したスポーツ選手のセカンドキャリア支援などに携わっています。引退後も才能を輝かせ働く選手が増えれば、スポーツ人口も増えるだろうし、子供たちもスポーツに憧れてくれると期待して。
工藤:確かに野球界も、引退後に残れるのはほんの一握り。僕は、そういう辞めた選手たちが子供たちの育成に携われる施設を47都道府県に一つずつ造りたい。まだまだ実現は先だと思いますが。
為末:今やりたいことは。
工藤:まずは目の前のことですね。子供たちへの野球教室も1回しか行けない所があるので、一生懸命教えてあげたい。そして一緒に野球をしながら、「正しいか間違っているかが大事なのではなく、興味を持ったことを突き詰めることが結果的に力になるんだ」と、少しでも伝わればと思っています。

為末:「こんなやり方をすれば成功します」なんてすべてうそっぱち。そんなに人生は甘くない。逆に、簡単ではないプロセスがあるからこそ求めていたものをつかんだ時の喜びも大きい。そういうことを僕も子供たちに伝えていきたいですね。
工藤:最近は失敗を恐れる人が多いのですが、失敗は必ず次の成功につながるための引き出しになる。だから失敗を恐れないという感覚も育ててあげたい。実際、記録を出す選手、長く続ける選手には前向きに物事をとらえ、すぐに行動に出る人が多い気がします。
為末:僕も、動くことが大事だと思います。
工藤:本気でやりたいと思ったら人は動く。失敗を恐れて動けないのは本気で考えているのではなく、「どうしよう?」と思うことが考えることと同じだと錯覚しているだけ。
為末:ロンドン五輪の年、フランスのシャルル・ド・ゴール国際空港にパラリンピックのポスターが貼ってありました。そこには、片足が義足の女の子が足をハードルに載せている写真があり、次のような内容が書かれていました。事故で右足を失い、左足が残った。右足を見て生きるか、左足を見て生きるか。自分は「ある」ものを見て生きることを希望と呼ぶ、と。要は、前を向いて生きるというのは、そこにあるものを見ていくということです。立ち止まらず、できることの方を見て、それに対して最大限の努力をする、行動する。それが大事じゃないかと思います。
工藤:すてきな言葉ですね。とにかくあるものを見て進むことが、輝く明日につながっていくんだと改めて実感しました。


リーダーが語る、アシタを開く言葉
工藤公康さん
「前後裁断」
「過去も未来も断ち切って、今という瞬間に集中する」という意味。これまでの実績や先のことにとらわれず、今、自分が何をすべきか考えろということです。

為末大さん
「見方を変える」
人生には思いもよらない、実にさまざまなことが起きる。起こってしまった事実や状況は変えられないけれど、自分の見方を変えれば、見え方が変わる。そうすれば何か新しいものが見えてくる。僕はいつもそう思っています。

キボウノアシタ読者プレゼント

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応募締め切り:
2013年12月5日(木)23:59
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※ご入力いただいた個人情報は、当選者への連絡、景品(賞品)の抽選・発送の目的以外で使用することはありません。
※ご応募はお一人さま1回限りとなります。
工藤 公康

1963年愛知県生まれ。1981年に西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)に入団。11度のリーグ優勝、8度の日本一に貢献。以後、ダイエー、巨人、横浜を経て2011年、29年の最年長記録(当時)で現役引退。現在はプロ野球解説者として活躍。全国各地で少年野球の指導にも携わる。2014年4月から筑波大学大学院に入学し、スポーツ医学を研究する予定。近著に「折れない心を支える言葉」(幻冬舎)など。
為末 大

1978年広島県生まれ。2001年、2005年の世界選手権・男子400メートルハードルで銅メダル獲得。スプリント種目で2つのメダル獲得は日本人初。オリンピックは3大会連続出場し、2012年に現役引退。現在は陸上競技の普及に努めると共に、一般社団法人アスリートソサエティ、為末大学を通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行う。近著に「諦める力」(プレジデント社)など。