喜んでもらうことが自分の喜びになった
土屋:伊沢君は今、クイズの会社を経営しているんですよね。
伊沢:はい。2016年から東京大学クイズ研究会のメンバーでウェブ展開していた「クイズノック」を19年に法人化。ここが一つの節目になりました。基本理念は「楽しい」から始まる学び。クイズにエンターテインメントと教育を合体させ、動画やアプリで発信。僕がテレビなどに出ているのも会社の広報活動の一環だったりします。と言いつつ現場では無邪気に楽しんでいますが(笑)。礼央さんが大きく変化した時期はいつですか?
土屋:結婚して子どもが生まれてから、前世や来世ほど変わりましたね。昔は自分のことしか考えていなかったけど、今は家族のために生きることが一番の幸せになったし、目の前にいる人に喜んでもらうことこそが自分の喜びになった。無数の三角形の集合体で円はできるけど、大小さまざまな三角形の人たちを集めて円を描くことが今は楽しい。昔は自分とまったく同じ形の人だけを集めていた気がする。
伊沢:そう聞くと僕はまだ変われていないな。親しい仲間からは、お前は本当に他人に興味がないなと言われますし。
土屋:いいねえ。それが最高だよ。
伊沢:いいんですか!? まだ自己と他者との境界線が分からぬままエゴを発揮している段階。身に降りかかる火の粉だけ振り払う動物の本能みたいな感じです。
土屋:いやいやそれでいいんです。僕は大きな山を登り切って一度下山し始めた気でいます。振り返るとあの時こうすればよかったという「たられば」後悔はたくさんあるけど、今は下山していて見える景色もいいもんだなと。でもそれは44歳になるまでの経験があったからこそ。20代の伊沢君には登れる所まで登って行ってほしい。僕の話を聞いてまだ変われていないかもと思うのは20代として正しい感性だけど、分からないまま突き進んでほしいし、失敗もしてほしいよね。
伊沢:面白いなあ。いつか礼央さんの境地までいけるよう、今は突き進みます。
土屋:おじさんの僕は、今この瞬間に出会った人に楽しかったと思ってもらえるようなことを日々積み重ねていきたい。自分の人生は自分にしか歩めないのだと強く意識するようになって、そんなふうになりました。
まねの組み合わせもオリジナルになる
伊沢:21年3月に新刊が出たそうですね。
土屋:『ボクは食器洗いをやっていただけで、家事をやっていなかった。』という本ですが、家族との関係から見えてきた、人間関係を育むコツをまとめています。
伊沢:夫婦って大変そうですよね。
土屋:確かに(笑)。でも、ゲームだって難易度が上がるほど面白いでしょ。それと同じですよ。ところで伊沢君は今後、どんなことを目指していますか?
伊沢:今はクイズプレーヤーと名乗っていますが、職業名で仕事をくくりたくない。自分がやりたい仕事をやっていきたいですね。特に会社の仲間は僕の人間性を発掘してくれた人たちなので、彼らと共に進んでいけるうちはそうしたい。
土屋:いいねえ、その原動力は?
伊沢:憧れです。一度憧れると徹底的にまねします。学生時代もあるアーティストに憧れ、完全コピーしていました。ただ僕にはオリジナルがない。あるとしたらまねで得たものの組み合わせ。だから常にオリジナルを生み出している礼央さんはすごい、尊敬しています。
土屋:でも、伊沢君はその組み合わせこそがオリジナルだと思うよ。
伊沢:礼央さんは音楽だけでなく、ラジオやユーチューブで鉄道、野球、落語と、好きなことをどんどん仕事につなげていますよね。コツはあるんですか。
土屋:「好き」を自分の中だけで終わらせないことに尽きるね。自分が好きなことをどれだけ多くの人が「おっ!」と思うところまで持っていけるか。要は、いかに目の前の人に楽しんでもらえるかというサービス精神と好きなことのかけ算になれば、絶対にうまくいくと思います。
伊沢:なるほど。僕も同意見で、そのためには時間と段階がかかるなあと日々感じています。ユーチューブで「クイズノック」を展開し始め、最初苦戦しながらも1年で10万人の登録者数になったのですが、その間に自分の目指す方向と他人の求めるものの折り合いの付けどころが何となくつかめたんです。人は最初から他人と価値観を合わせられないからこそ、データを分析しながら時間をかけて思考錯誤する段階は必要だなって。
土屋:失敗を次にどうつなげるか、ワクワクしながら考えている伊沢君をテレビで見るのを楽しみにしています。
リーダーが語る、アシタを開く言葉
土屋さん
「ラジオは企画に逃げるな、人(にん)でいけ」
初めてラジオの帯番組を担当した時、事務所の会長に言われました。ラジオはDJの人柄に引かれて聴くもの。だから企画で勝負しても消費されるだけ。それよりも良い人でいろと。ラジオだけでなくすべてに通じることなので今も守っています。
伊沢さん
「無知であることを恥じず。無知に甘えることを恥じる」
桂文珍さんの言葉ですが、クイズプレーヤーとしての心構えにさせてもらっています。世の中に有る知識は無限なので、知らないことは仕方ない。ただ、知らなかったことは必ず復習する。これだけは心掛けています。
土屋礼央
1976年東京都生まれ。2001年、アカペラ男性ボーカルグループRAG FAIRでデビュー。11年よりソロプロジェクトTTREをスタート。以後、ラジオ、出版など多方面で活躍。YouTube「土屋礼央レオらくごチャンネル」、ニコ生「チャンネル土屋礼央」でも配信中。3月に新刊『ボクは食器洗いをやっていただけで、家事をやっていなかった。』を発売。
伊沢拓司
1994年埼玉県生まれ。開成高校時代に「全国高等学校クイズ選手権」で2連覇。東京大学文科2類入学後、TBSのクイズ番組「東大王」へレギュラー出演。2016年、Webメディア「QuizKnock」を立ち上げる。19年、農業経済専攻の東京大学大学院を中退し、同名の株式会社設立。著書に『伊沢拓司の軌跡』『勉強大全』など多数。