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スペシャル対談 vol.17 「夢中」の数々を仕事にする(前編)田中直樹×中川翔子

「お前たちは大丈夫」。先輩の言葉が支えに

田中:12年前、科学をテーマにしたバラエティー番組「飛び出せ!科学くん」でしょこたんと共演させていただきましたね。

中川:脳の柔らかな若い頃、私が好きでたまらなかった生き物や宇宙のことを全力で追究できて最高に楽しかった。深海にも潜らせてもらったし。田中さんも色々挑戦されていた。田中さんは好奇心旺盛でどんな生き物が出てきても体当たり。その姿に毎回感動していました。

田中:生き物は子どもの頃から好きでしたから。でも、この番組のおかげでお笑い以外の、こうした生物科学ものの仕事が増えてうれしかったです。

中川:そもそも、田中さんがお笑い芸人を目指したのはなぜなんですか?

田中:小さい頃からコメディー映画が好きで、お笑いに興味はあったのですが、目立つタイプでもなかったので諦めて、インテリアデザインの専門学校へ進学しました。でも、卒業間近に小・中学校の同級生だった遠藤(章造)さんが「お笑いをやらないか」と声をかけてくれた。不安はあったものの、何もしないで後悔するのも嫌だったので誘いを受け、どうすればお笑いの道へ進めるかも分からないまま上京しました。そんな時、偶然チラシで吉本興業主催のオーディションを知り、素人ながらもネタを考えて受けたんです。そしたら運良く合格。しかも、その晩のライブに出なさいと言われ、いきなりネタをお客さんの前で披露することになった。それが21歳の時です。

中川:すごいですね。遠藤さんと組んだココリコ初舞台の手応えは?

田中:ずっと20点ぐらいの薄い笑いだったのですが、1カ所だけ50点ぐらいの笑いが起きた。半分のお客さんが笑ってくれていることに感動しました。

中川:上京されてすぐデビューですね。

田中:それが、数年間はほとんど仕事がなくて生活も苦しかった。でも、先輩たちがご飯をおごってくれたり何かと面倒を見てくれました。何より心強かったのは、お笑い芸人の加藤浩次さんが「お前らは大丈夫だ」と言ってくれたこと。その言葉が支えでした。ようやくアルバイトをしなくてよくなったのが25歳の頃。人気のバラエティー番組のレギュラーが相次いで決まったんです。

5月9日(金)更新

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