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「まだ本気出してないだけ」とはもう言えない――会社員から漫画家になった矢島さん

好きを仕事にしたらこうなった

2016.2.18


IT企業でデザイナーとして働くアラサーこじらせ女子の恋愛模様を描くWEBコミック『彼女のいる彼氏』が、ひそかな話題になっています。新進気鋭の漫画家・矢島光さんは、彼女自身もほんの1年前までIT企業に勤務する会社員でした。入社3年目で退職を決断し、子どものころからあこがれていた世界へと飛び込んだ矢島さん。好きなことを仕事にする働き方について、お話を伺いました。


子どものころに読んだ作品が漫画家を志すきっかけに

物心ついた時から、絵を描くのが大好きだったという矢島さん。いわゆる趣味の“お絵描き”が“漫画”へと昇華したのは、小学校3年生の時。寝転がりながら何気なく読んでいた雑誌『りぼん』がきっかけだったそう。


「種村有菜先生の『イ・オ・ン』という作品を読んで、衝撃を受けたんです。種村先生の描く登場人物の“瞳”はハイライトの入れ方が独特で、それまで見たこともないタッチでした。いてもたってもいられず、すぐに模写したのを覚えています」


それが漫画だからこその表現だと痛感したことが、漫画家を志すきっかけになったとか。


「それ以来、小学生のころはいつもノートに漫画を描いていました。中高生になると、バトン部の活動に夢中で、漫画を描くことはほとんどなくなってしまいましたが、教室のホワイトボードに、イケメンだった体育の先生と、同級生の子をモデルにした恋愛漫画をいたずら書きして遊んでいました」


このちょっとした「連載」は、ほかのクラスから見に来る人もいるほど同級生たちから人気を博し、時にはほかの先生から「俺も描いてくれよ」と“依頼”されることもあったそうです。


初めての漫画新人賞への挑戦で、見えてきた課題

そんな矢島さんが本格的な漫画の執筆に取り組み始めるのは、大学に進学してからのことでした。


「大学ではメディアアートを専攻していたのですが、私が漫画に興味を持っていることを知った研究室の先輩が、『一緒にやろうよ』と誘ってくれたのが、再び描き始めたきっかけ。それまでは、全然描いていないくせに、なぜか“いつか自分は漫画家になれるはず”と思い込んでいる、典型的なダメ人間でした。先輩との合作はスイッチを切り替えるいい転機になりましたね」


先輩がストーリーを考え、矢島さんが作画を担当し、一つの作品が完成。それを新人賞に応募したところ、見事に一次選考を通過。自信作だっただけに、続く二次選考で落選したのは悔しい体験でしたが、これをバネに翌年、今度は自らストーリーを考え、バレエを題材にした作品で同じ賞に挑戦。バレエ経験者に監修してもらうなど、万全を期して執筆するも、またしても受賞には至りませんでした。


「やっぱり悔しかったですけど、まだまだ画力が未熟だということがよく分かりました。それに何より2作目のバレエ漫画は、我ながらストーリーがイマイチでしたからね……。落選も当然だったと思います」


IT企業の内定と、漫画新人賞を同時に手に入れて

やがて3年生になると、さまざまなWEBサービスを手掛ける大手IT企業へのインターンの話が舞い込みます。あくまで漫画家志望ではありましたが、「声を掛けてくれた先輩がカッコ良かったので(笑)」という軽い気持ちからインターンに参加。


大学生の立場ながら、フロントエンジニアとしてウェブサービスの制作に携った日々は刺激に満ちたもので、矢島さんはIT業界へのあこがれを強くしたそうです。


しかし、だからといって漫画家になる夢をあきらめたわけではありません。バレエ漫画の落選を受け、矢島さんの胸には一つの期する思いがありました。


「次は、自分の中でずっと出し惜しみをしていた、バトンを題材にしようと考えました。バレエと違い、バトンは使う筋肉の一つひとつを自分でよく理解しています。それはそのまま、デッサンの精度にも生かされますし、自分にとってこん身のテーマでした」


このバトン漫画は4年生の春から描き始め、9月に完成。結果的にこれが、週刊モーニング主催の新人賞で入賞を果たすことになり、ついに漫画家への道が開けたのです。


しかし、同時期に就職活動も行っていた矢島さん。インターン先のIT企業から内定を得ていました。入社直前に漫画賞への入賞という結果を得たことで、一度は内定辞退も考えたそう。しかしこれは、担当編集者から「一度就職して、業界の頂上を見てきなさい」とのアドバイスに従い、翻意することに。


会社員生活と漫画を両立する過酷な日々……

果たして、漫画家という夢を携えたまま出帆した社会人生活は、インターンの時と同じく、刺激的で楽しい日々でした。


「入社して良かったことは、周りに美大出身の人が大勢いたこと。私は絵をちゃんと学んでいないので、美大出身の同僚を呼び出しては、色の塗り方など技術的なことを教わっていました。もっとも、私が『大友克洋さんや松本大洋さんみたいな絵が描きたいんだよね~』と絵空事ばかり言うものだから、『デッサンは教えられるけど、センスは教えられないよ!』とよく怒られていましたけど(笑)」


しかし当然、激務なIT業界で仕事と漫画を両立する日々は、楽なものではありません。夜遅く帰宅し、睡眠時間を削って漫画を執筆。時には出社前に漫画を編集者に持ち込み、ダメ出しを受けて落ち込みながら出社することもあったそう。


更に仕事が忙しくなるにつれて、漫画への焦りが募っていきます。やがて、漫画を描いていない時間を不安に感じるようになり、同僚たちとの飲み会に出席していても、「早く帰って漫画を描かなければ」という強迫観念に襲われることも……。


その結果、完全なるオーバーワークの状態に。入社から3年目に入ったところで心身の疲弊は限界に達し、矢島さんは休職することになってしまいました。


「既に担当編集者もついていましたから、入社後も2本ほど作品を描いて見てもらっていたのですが、どちらもボツで。成果が出ないことに不慣れな未熟者だったこともあり、精神的にもしんどかったですね。休職を決めた直後は、漫画を見る気も起きなかったので、料理をしたり温泉に行ったり、人間らしい生活を心掛けてリフレッシュに努めました。そうしているうちに余裕を取り戻すと、また自然と漫画を描きたいと思えるようになってきたんです」


心身のリフレッシュで、漫画への思いが再燃

モチベーションを取り戻した矢島さんは、著名編集者に会いに行って作品の意見を求めたり、気になる媒体に売り込みをかけたり、再び積極的に動き始めます。


「この休職中の時期はいろんな人に会いましたけど、いつもボロクソに言われました(笑)。ギャグ漫画を描いてみようと思って、原稿を持って行ったら、『矢島さん、ギャグの才能はないよ』と言われたり、『矢島さんは面倒くさい女なんだから、面倒くさい女が出てくる話を描いたらいいのでは?』と言われたり。コノヤロー! と思いながらも、がむしゃらに前へ進んでいた感じです」


そんな毎日を過ごすうちに体調も回復し、無事に職場復帰を果たした矢島さん。しかし、かつてのような情熱を仕事に向けることができず、漫画への情熱だけが高まっていくばかりでした。そのころ、ようやく“どう描くと読者に受けるのか”という手ごたえが感じられるようになっていたそうです。


ある時、厳しい評価を受けていた担当編集者から立て続けに「次回のネームはまだですか?」という連絡を受け、漫画家としての自分の未来に光明が見えたそう。この時点では、まだ連載の話は正式にありませんでしたが、矢島さんの決意は固く、ついに会社を辞め漫画家を専業することに。退職後、すぐに『彼女のいる彼氏』の連載が決まったのは幸運な偶然でしたが、それも前を向いて動きまわった結果の産物なのでしょう。


「好きなこと」を仕事にするということ

そうして専業漫画家となって1年。ついに夢をかなえた矢島さんですが、現在の生活についてこう語ります。


「一日中漫画を描いていられるこの生活は、やることすべてが自分の未来につながっているので充実感があります。でも、楽しいばかりじゃない。『まだ自分は本気出してないだけ』って言い訳がもう言えないんですよ。一番好きなことを職業にするということは、逃げ場を失うことでもあるんです。自分が好きでやっていることだから、なおさら一生懸命やらなければいけない。それに、漫画を描いて生活できることが無条件にうれしくて、その勢いで漫画を描けたのは、最初のうちだけ。それが日常化してしまうと、別の原動力を持たなきゃなんですよね」


また、会社員生活と今の生活で大きく違うのは、“インプット量”と“仲間”と語ります。


「会社員をしていたころと比べると、インプット量が減ってしまっているので、意識して映画や漫画に触れたり、友だちと会って会社での話を聞いたりしていますね。リアルな会社員のセリフがだんだん出せなくなってきてしまうので。それと、会社員時代と大きく違うのは一緒に戦える“仲間”がいないこと。孤独な仕事だなと思います」


漫画家になれたからこそ、見えてきた課題と展望

それでも、会社員との兼業には戻りたくないと矢島さんは語ります。そして現状に甘んじず、こんな課題と展望も。


「『彼女のいる彼氏』は、掲載していただいている媒体を引っ張っていけるくらいの人気作にしていきたいです。そして、育てて下さった編集担当者さんに恩返しがしたいですね。今連載している内容は恋愛漫画ですから、ストーリー上、いつまでも続けられるものではありません。そろそろ、次の作品についても、考えなければならないタイミングに差し掛かっていると思います」


2作目こそが本当の勝負であると、矢島さんは目に力を込めて明言します。


次は、人生の中の少なくない時間を費やしたバトンを題材にした作品を描きたいと、新たなキャリアプランを思い描いている矢島さん。その表情からは、長らく望み続けた念願の職業だからこその、妥協も油断もない意思がうかがえるのです。


(友清 哲+ノオト)


取材協力/矢島光

漫画家。大学在学中に週刊モーニング主催の新人賞、「MANGA OPEN」(現「THE GATE」)で入賞。卒業後はサイバーエージェントに入社、アメーバピグの運営に携わる。社員時代も創作活動を続けながら漫画のスキルを磨き、2015年春に退社、晴れて漫画家として本格的な活動をスタート。新潮社ROLAにて「彼女のいる彼氏」を連載中(https://rola.tokyo/?cat=95)。

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