結婚・出産

製薬会社で
働いていた金澤さんが、
「娘との入院生活に
意味を与えたい」
という思いから始めた
「あたらしい生き方」

PROFILE

私のあたらしい生き方

結婚・出産

  • 名前:金澤 裕香
  • 年齢:30歳
  • 出身地:福岡県
  • 現在の居住地:東京都
  • 今の仕事・働き方:一般社団法人の代表理事 法人経営
  • 以前の職業:製薬会社のMR・学術担当 正社員
今の働き方・仕事について、詳しく教えてください。

一般社団法人日本障がい疾患家族支援協会の代表理事を務め、病気や障がいを持つ当事者とその支援者のためのオンラインコミュニティ「CARE LAND」(https://careland.org/)を運営しています。

CARE LANDの目的は、情報共有サポートと仲間づくり。疾患や障がいの名称で区別せず、症状も軽度から重度まで、さまざまな人たちが利用できるプラットフォームを目指しています。現在、機能としては利用者が日々の状況を記録できる「病状日誌」と、質問や相談を書き込める「掲示板」があり、ご登録疾患数は約400にのぼります。

私自身、生まれつき重い障がいを持つ4歳の娘がおり、訪問看護士などのサポートを受けながら在宅看護を続けています。その合間を縫ってCARE LANDの運営に携わっていますが、私が大切にしているのは、当事者の一人として利用者の声に耳を傾けること。事務局に送られてくるメッセージをチェックすることはもちろん、オンラインで直接利用者とコミュニケーションを取ることもあります。そこで聞いた評価や意見、要望を参考にして、サービスの改善に活かしたり、対外的にサービスの特徴を発信したりする役割を担っています。

なぜ今の働き方・仕事を選んだのですか? これまでのキャリアや経緯を教えてください。

大分の大学を卒業後、熊本で製薬会社のMRとして働き、結婚を機に上京してからは別の製薬会社で学術担当として働いていました。間もなく妊娠し、26歳のときに娘を出産。最初は異変に気づきませんでしたが、3カ月経っても体重が生後1カ月のときと変わらず、不安に感じて都立病院に行ったところ、そのまま入院することになりました。さまざまな検査をしたものの、原因は不明。大学病院に転院しても病名はわからないまま、娘と私の入院生活は3年間も続きました。

最初の病院では、娘のように重い病気の子が少なく、周りに相談もできず孤独を感じていましたが、大学病院に移ってからは、同じような立場の患者や家族が多く、友達もたくさんできました。情報交換もできるようになって、ママ会などを開催する機会も増えたのですが、子供の体調の問題などで当日集まれないことも多く、「オンラインで安全に交流できる場があれば良いのに」と考えるようになりました。

そのアイデアをいろいろな方に相談していたところ、知人からコミュニティサイトの運営経験を持つIT企業の女性経営者を紹介されました。彼女自身も精神障がいの家族を持ち、必要な情報にも仲間にも巡り会えない経験から、私と同じ思いを持っていたんです。

出会ってから半年で社団法人を設立、それから3カ月後にCARE LANDをリリースしました。自分が代表となって社団法人を立ち上げることには少し不安もありましたが、「娘と一緒に病院で過ごした3年間に意味を与えたい」という思いから、チャレンジすることを決めました。

「あたらしい生き方」に変えて、どうなりましたか? 変わったこと、得たものを教えてください。

大きく価値観が変わりました。MRとして働いていた頃は、営業成績を上げて高い収入を得ることが何よりも価値のあることだと思っていました。だから、娘の付き添い入院をしている間、1円も稼げない自分に存在価値を感じられず、虚しくなることもありました。

それが、CARE LANDのプロジェクトを通じて、人とのつながりを強く感じるようになってから、人の役に立つことや家族との時間、思いを共有できる仲間の存在など、お金以外にも価値のあることがたくさんあると気づいたんです。

また、付き添い入院をしていた頃は、娘のために自分の時間を捧げている状況に対し、心のどこかで「この子のせいで」という思いがありました。でも、今は娘が生まれてきてくれたから、世の中の役に立つことが少しずつ実現できている。娘との辛い入院生活があったからこそ、同じ状況で苦しんでいる人を自分事として支援することができる。すべて「この子のおかげで」と思えるようになりました。

まだ、CARE LANDは私たちがやりたいことの1%も実現できていません。今後はその存在を広めると同時に、より便利な機能も追加し、多くの人の役に立つサービスにしていきたいと考えています。

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