武蔵野と言う響きが大好きである。 狭山市とふじみ野市の丁度中間辺りに、狭山市大字堀兼という所がある。 近くに、堀兼神社、堀兼上赤坂公園などがある一帯だ。 地球環境の為の「緑のトラスト」運動の9号地になっており、堀兼・上赤坂の森とも呼ばれている。 僕は、この一帯に今でも数少なくなった武蔵野の面影を感じ、「緑のトラスト」運動を進めているボランテァの方々に感謝しつつ、散策したりしている今日この頃である。
多くの人達は、武蔵野というと、真っ先に思い浮かべるのは、国木田独歩の小説かも知れない。 彼は、この小説の中で武蔵野の素晴らしさを描いているが、その範囲は埼玉の川越付近から、埼玉県と東京都の境界線に沿って小金井や武蔵境辺りまでを指しているのだが、一方、その範囲以外でも、武蔵野の雰囲気を漂わせている場所を武蔵野と捕らえても良いのではとも述べている。 要するに、国木田独歩は、ブナやクヌギなど、ほどよい雑木林があり、鳥の囀り、実の落ちる音、落ち葉を踏みならす音、時雨が葉に当たってささやくような音、そして木々の間からの木漏れ日などに武蔵野を感じると書いているのだ。 しかし、こう感じるのは、何も彼だけでは無く、多くの武蔵野を愛する人達の共通した感覚と言えるのではないだろうか。 そんな彼が感じた武蔵野は、次々と開拓され、住宅地か工場や倉庫群に変わってしまい、日々その範囲を広げている。 それでもまだ若干そんな面影を残している所が、この堀兼付近と思っている。
国木田独歩以外にも多くの小説に描かれている武蔵野、是非、この一帯をそんな小説を思い浮かべながら歩き、武蔵野を味わって頂きたいと思い、ここに記載したのだが、如何であろうか。